犯罪の発生に,環境からの要因が大きく影響していることには異論がないであろうし,この意味では,犯罪は環境の産物であるということもできる。そして,犯罪の被害もまた,同様の意味で環境の産物ということができよう。犯罪や被害に対する環境からの要因には,様々なものがあるが,文化的・歴史的要因や社会的・経済的要因等に加えて,地域的要因も無視することはできない。むしろ,地域的要因の中にこそ,様々な要因が凝縮しているといってよいであろう。なぜなら,人は地域に居住し,地域内での条件に規制されながら生活し,地域内での様々な人間関係を通じて,罪を犯し,被害にあうからである。特に,我が国のように,国土が寒冷の北から,熱暑の南にまで広がっている上,超過密と過疎,経済力や情報量の較差など多様な環境的変化の中に生活している国民にとっては,犯罪と被害の問題もまた,地域的環境からの影響を無視し得ないものがある。
そこで,本章においては,犯罪被害の地域的特性という標題の下に,代表的な犯罪の認知状況を,都道府県別に対比しながら見ていくことにした。各都道府県の地域性は,犯罪情勢の面にも強く影響していると思われるので,これを相互に対比することによって,それぞれの地域的特性が浮かび上がるのではないかと考えたからである。使用した資料は,警察庁の犯罪統計である。犯罪統計から被害を論ずるのは当を得ないとの考えもあろうが,本章では,犯罪として一般的かつ典型的な罪名を中心に取り上げることによって,努めて犯罪及び被害の問題と地域的特性との関連を明らかにすることとした。
警察統計による犯罪認知件数は,実際に発生した犯罪数を示すものではなく,そのうち,当該年度に警察が認知し得た犯罪数を意味するものにすぎない。警察活動が活発な時は認知件数は増加するが,逆の場合には減少することもあり得る。しかし,我が国の警察は広く国民から信頼されている上,刑法犯の検挙率は,各年とも安定して推移している。検挙率が安定していることは,発生件数と検挙件数の関係が安定していることを意味し,同時に発生件数と認知件数の関係にも,著しい変化のないことを推認させるものである。そして,他に適切な資料が見当たらない現状において,各年の認知件数から,地域別の犯罪や被害の特性を見ることとしても,地域間の特性を比較する限度においては,さして大きな誤りはないということができよう。特に,殺人,強盗,交通関係業過のように,暗数が少ないと考えられる犯罪,傷害や窃盗のように,各年の暗数の率に大きな変化はないと考えられる犯罪,暗数率の推定は困難であるが,警察が徹底的取締りを推進している覚せい剤事犯などの6罪については,認知件数(覚せい剤については統計上の制約から警察による送致件数)による被害の地域間比較には,十分な意味があると考えられる。
IV-1表 都道府県別の年間平均人口
また,各犯罪の認知件数は,警察活動の重点施策等の年度間における変化のほかに,何らかの社会的要因からの影響を受けることによって,一時的に急増したり,急減したりすることがある。そこで,地域間の特性を比較するためには,このような一時的な増減の影響をできる限り排除して,ある程度長期的・全体的に見ることが必要である。そこで,本章においては,できる限り犯罪発生の実数と暗数のギャップを少なくし,各年の偶発的要因の影響を排除するための一方策として,昭和50年代の10年間の犯罪認知件数を合算し,この10分の1を1年間の平均認知件数と見て,これと,その10年間における当該地域の人口の平均に対する10万人当たりの認知率(以下本章において「犯罪発生率」という。)を出し,各地域間で比較検討するという方法を採ることにした。なお,これに使用する昭和50年代の10年間における都道府県別の年間の平均人口は,IV-1表のとおりである。