(1) 覚せい剤事犯の動向
覚せい剤事犯は,前述のとおり昭和20年代後半から30年代初めにかけて,第一の流行期が見られたが,その後,長期間にわたり鎮静化していた。しかし,40年代後半以降再び増加傾向を示し,48年の罰則強化を中心とする覚せい剤取締法の一部改正が行われた翌年には,一時減少したものの,以後再び増加の一途をたどり,第二の流行期を迎えるに至った。60年には,検挙件数で3万6,115件,検挙人員で2万3,344人と,前年に比べて,件数で1,624件(4.3%),人員で1,028人(4.2%)とそれぞれ減少したが,55年以降毎年検挙人員は2万人を超えており,依然として高水準で推移している。
I-11図は,I-17表により,覚せい剤事犯の検挙人員の推移を昭和50年を100とする指数で見たものである。男子は,50年を100(検挙人員7,244人)とすると,59年には276(同1万9,988人)となったが,60年には264(同1万9,108人)とやや低下し,57年以降横ばい状況が続いている。女子では,50年を100(検挙人員1,178人)とすると以後一貫して上昇を続け,59年には372(同4,384人)とこれまでの最高を示し,60年には若干下降して360(同4,236人)となったものの,指数では男子を大きく上回っている。
I-11図 覚せい剤事犯検挙人員指数の推移
I-18表は,最近5年間における覚せい剤事犯の態様別検挙人員を見たものである。密輸出入による検挙人員は,昭和58年まで減少傾向を示していたが,59年には急増して222人となった。60年には165人と前年よりも57人減少したが,58年以前と比べ検挙人員は依然として多い。また,密製造は,第二の流行期においては少なく,57年以降検挙者は全くない。しかし,使用事犯は,逐年増加が著しく,59年にはこれまでの最高の1万1,790人となり,60年では,前年に比べ315人減少して1万1,475人となったが,検挙人員総数に占める比率は,49.2%と前年を上回っている。
I-18表 覚せい剤事犯の態様別検挙人員
覚せい剤の押収量を最近5年間について見ると,昭和56年は約142.1kg,57年は約118.2kg,58年は約100.6kg,59年には大量押収が相次いだため約199.3kgとなったが,60年には,これを大幅に上回り約295.5kgとなり,2年連続して史上最高を記録した(厚生省薬務局の資料による。)。
覚せい剤は,中枢神経を興奮させ,眠気や疲労感の消失,自信増大等の作用を有する薬物であるが,副作用も著しい上,精神的依存性が極めて強く,耐性も形成されやすい。しかも,覚せい剤の連用により慢性中毒になると,被害妄想,幻覚など精神分裂病と同様の症状を起こし,錯乱状態になると発作的に他人に危害を加えることがあるほか,使用を中止した後においても後遺症の一つとされる再現症状(フラッシュ・バック)によって異常行動に出ることがあるなど,非常に危険な薬物である。また,覚せい剤のまん延は,暴力団の有力な資金源となっているほか,その入手のためには多額の資金を必要とするため,使用者を経済的に窮迫させ,ついには家庭の崩壊を招き,覚せい剤の入手資金を得るための犯罪にはしらせるなど,様々な社会的害悪を生み出している。
I-19表は,昭和60年における覚せい剤に関連する各種犯罪の検挙人員について見たものである。検挙人員の総数は175人であり,そのうち,凶悪,重大と認められる犯罪では,殺人6人,強盗3人,傷害15人,強姦3人,放火の7人などとなっている。上記175人のうち,薬理作用による犯罪は116人,66.3%であり,その内訳は,殺人,傷害,暴行,強姦,放火,銃砲刀剣類所持等取締法違反などの危険な犯罪の比率が高く,また,入手目的による犯罪は52人,29.7%であり,このうち窃盗が38人と最も多くなっている。
I-19表 覚せい剤に関連する各種犯罪検挙人員
(2) 覚せい剤濫用者の特質
昭和60年における覚せい剤事犯検挙人員2万3,344人を職業別に見ると,無職者が1万3,583人(58.2%)を占め,有職者についてその内訳を見ると,土木建築業関係者の2,199人,飲食業関係者の1,021人,工員の847人,交通運輸関係者の803人などが特に多く,その他広範な職業にわたっている。なお,無職者のうち家庭の主婦の検挙人員は,53年には271人であったが,54年以降急速に増加し,58年にいったん減少したものの,59年には再び増加して583人となり,60年にはこれまでの最高の598人となっている(厚生省薬務局の資料による。以下,男女別も同じ。)。
覚せい剤事犯による検挙人員の男女別の構成は,昭和60年において,男子1万9,108人,女子4,236人となっている。このうち,女子の占める比率は,10年前の50年には14.0%であったのに対し,60年には18.1%となり,かなりの上昇傾向を示している。
I-12図は,昭和60年における覚せい剤事犯検挙人員の年齢層別構成比を見たものであるが,20歳代の者が最も多く,以下,30歳代,40歳以上,少年の順となっている。一方,年齢層別構成比の推移を見ると,40歳以上の者の占める比率が年々上昇する傾向を示している。また,少年の検挙人員は,48年に156人で全体の1.8%にすぎなかったものが,その後,実数,構成比共に増加を続け,55年には構成比で10%を超え,57年には2,769人,11.7%と最高を記録した。しかし,60年では,前年に引き続いて実数,構成比共にやや減少して2,080人,8.9%となった。
I-12図 覚せい剤事犯検挙人員年齢層別構成比
I-20表は,最近5年間における覚せい剤事犯で検挙された者について,その前科前歴状況を見たものである。同一罪名の前科前歴を有する者の占める比率を見ると,最近5年間は逐年上昇し,昭和60年には50.2%に達している。なお,女子について見ても,60年には30.2%と前年の30.3%にほぼ等しく,依然として30%を超えている。
I-20表 覚せい剤事犯検挙者の前科前歴状況
(3) 暴力団の関与
I-21表は,昭和51年以降における覚せい剤事犯の検挙人員に占める暴力団関係者の人員及び比率を見たものである。暴力団関係者の検挙人員は,52年以降逐年増加を続け,55年には1万人を超えており,58年にはいったん減少したものの,59年には再び増加して1万1,352人と最高を記録したが,60年には,前年より169人減少して1万1,183人となっている。一方,覚せい剤事犯者中に占める暴力団関係者の比率は,58年までは一貫して低下傾向にあって45.8%まで下降していたが,59年には47.3%,60年には48.7%と相次いで上昇を示し,予断を許さない状況にある。
なお,昭和60年の過失犯を除く刑法犯並びに道交違反,道路運送車両法違反及び自動車損害賠償保障法違反を除く特別法犯を合わせた暴力団関係者の検挙人員は4万8,213人であるが,これを罪名別に見ると,覚せい剤事犯の占める比率は23.2%で,55年以降,傷害を上回って第1位となっている(警察庁保安部の資料による。)。
I-22表は,最近5年間における暴力団関係者からの覚せい剤の押収状況を見たものである。昭和60年における押収量は,78.775kgと前年より10.791kg(15.9%)の増加となっている。
I-21表 暴力団関係者の覚せい剤事犯検挙状況
(4) 覚せい剤の密輸入
I-23表は,昭和57年以降における覚せい剤密輸入の供給地別押収量を見たものである。60年に密輸入事犯で,一度に1kg以上を押収した事例は31件あり,その押収量は約265.2kgで,前年より約99.9kg(60.4%)増加している。供給地別に見ると,台湾ルートが約168.1kg(10件),韓国ルートが約55.1kg(11件),フィリピンルートが約24.3kg(1件)などとなっている。
I-22表 暴力団関係者からの覚せい剤押収状況
I-23表 覚せい剤密輸入の供給地別押収量