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 昭和58年版 犯罪白書 第2編/第1章/第1節 

第2編 市民生活と暴力犯罪

第1章 暴力犯罪の動向と現状

第1節 概  説

 暴力犯罪は,財産犯などとともに,典型的かつ基本的な犯罪の一類型といえる。暴力犯罪は,生命身体に対する攻撃であり,一般市民の日常生活の安全を脅かすもので,その増減や質的変化は,治安状態を大きく左右する。
 我が国においては,業過を除く刑法犯の認知件数が増加傾向にあるのに暴力犯罪のそれは,減少傾向にある。しかし,現下の暴力事犯の実情について見るとき,このような表面的傾向に安んじていることを許さない諸般の問題が存すると認められる。
 すなわち,まず暴力団による犯罪は,依然として衰退の兆しを見せず,根強く社会にはびこり,国民生活に大きな影を落している。また,社会的影響の甚大な金融機関強盗が多発し,他方,被害者と全く面識のない犯人が確たる動機もなく,ほとんど衝動的に,路上等において一般市民に対し,殺傷等の危害を加える通り魔事件,都会の死角に乗じた現代型犯罪の一つの典型であるエレベーターの密室状態を利用した暴力事犯等が続発し,何ら落ち度のない不特定の一般大衆に,いつ自分が被害者になるか分からない不安を覚えさせ,市民生活の安全を脅かしている。さらに,保険制度を悪用した保険金目的殺人事犯等の凶悪事犯の続発傾向もうかがわれる。一方,暴走族少年による集団暴力事犯や学校内暴力事件,家庭内暴力事件等の発生に象徴される少年犯罪の粗暴化傾向も見受けられる。これらの犯罪現象は様々な要因により生じているものではあるが,いずれも現代市民社会の特徴である高度な管理化・工業化,学校及び家庭の機能の弱化傾向,価値観の多様化並びに各種権威に対する懐疑ないし批判的風潮などという諸情勢と深い関連を有するものと言える。
 今後,我が国の暴力犯罪の動向が,質量画面において深刻な事態に立ち至っている欧米諸国の水準に近づくものかどうかについては一概には言えない。しかし,危険な諸徴候が目につくこの機会に,欧米諸国の轍を踏まないよう,長期的展望に立った我が国の犯罪防止対策の樹立に資するため,以下において暴力犯罪の実態について様々の角度から考察を加え,その背景事情及び問題点を明らかにしようとするものである。
 一般に,暴力犯罪という言葉が使われているが,具体的にどのような犯罪を暴力犯罪とするか定説はない。本編においては,主として,殺人,傷害,強姦及び強盗を取り上げ検討の対象とすることとした。その理由は,刑法犯中の暴行又は脅迫を手段とする主要な暴力事犯を被害法益の面から見ると,生命,身体,貞操,自由,財産等,重要かつ多岐にわたるが,事件数及び重要性などから見て,殺人,強盗,強姦及び傷害の4罪種を取り上げて検討すれば,おおむねこれらのすべてを包括して見ることになる上,欧米諸国の暴力犯罪との国際比較の面でも好都合であると考えられるからである。
 本編は4章からなり,第1章では,概説に続き,暴力犯罪の一般的動向,特に家庭内・学校内暴力等の多発に象徴される少年の暴力事犯の動向,最近の注目すべき暴力犯罪である暴力団犯罪,金融機関強盗,通り魔犯罪,エレベーターの密室状態を利用した暴力事犯,保険金目的の殺人等について説明し,第2章では,法務総合研究所が実施した暴力犯罪に対する特別調査の結果等に基づき,最近の暴力犯罪者の属性,暴力犯罪の実態,被害者像等を明らかにし,第3章では,電算化犯歴を利用した暴力犯罪者の再犯に関する分析結果を記述し,第4章では,暴力犯罪の対策に苦慮している欧米4箇国における暴力犯罪の実情,検挙状況などを紹介し,その第5節において,上記4箇国と対比して我が国の特徴を明らかにしたい。