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4 コンピュータ犯罪 (1) 概 説
近年における目覚ましい科学技術の発達を象徴するものの一つとして,コンピュータの普及があるが,昭和56年には,このコンピュータ機構の盲点を利用した犯罪が多発し,現代型犯罪として注目を浴びた。 コンピュータの本来の字義は計算機でI・C(集積回路),L・S・I(大規模集積回路等)の半導体素子を使用した電子計算機を指称するものとされ,その原初的な機能は,字義のとおり高速かつ正確な計算機能にあったが,現代におけるコンピュータの最重要な機能は,情報の処理を大規模,迅速,的確に行うところにあるとされている。 我が国においては,昭和30年代に入るとコンピュータを導入する企業が出現し,その後の目覚ましい技術開発の結果,コンピュータの性能が向上し,利用技術が高度化し,低価格化が進んだことに伴い,コンピュータによる会計処理を実施するなど企業のコンピュータ利用が急速に進んだ。汎用コンピュータの実働台数も,47年3月末現在の1万2,809台から56年9月末現在の9万6,672台と10年間に7倍強に激増している。 銀行等金融機関の業務においても,事務能率の向上と顧客サービスを目的とした,口座番号及び預金高などの各種情報を集中管理している中央のコンピュータと各支店の端末装置を通信回線で電気的に結び,預金受払事務処理等を即時に行うオンラインシステム,更に,オンラインシステムの高度利用の一環としてキャッシュカードによる現金自動支払機(Cash Dispenser)又は自動金銭出納機(Automated Teller Machine)(以下両機を併せてCD機と略記する。)からの預金払戻システム(以下CDシステムという。)が導入され,預金受払事務が簡易化,合理化された。このようにコンピュータ利用が普及した反面,昭和49年ころから,金融機関職員が,職務上入手したテスト用キャッシュカードにより作成した正規のものと同様のキャッシュカードを利用して,CD機から現金を引き出し窃取した事犯や,身代金目的の誘拐犯人が,金員の受領手段として,仮名で開設した預金口座に身代金を振り込ませた上,キャッシュカードを用いてCD機から現金を引き出すなど,犯人にとって最も危険な身代金の入手を,安全確実に行うのにCDシステムを利用する事犯など,少数ながら,CDシステムの盲点を突いた犯罪の発生を見るに至った(以下CDシステムを悪用した事犯を,CD犯罪という。)。 その後も,コンピュータに関連する犯罪としては,CD犯罪を中心に推移したが,コンピュータ利用による会計処理の盲点,すなわち,手作業の会計方式に比べ,コンピュータによる会計処理方式の場合,多くの情報が少人数で処理され,一度入力されると以後目に触れる機会が少ないなど,不正が発見されにくいと言う盲点を突いた不正情報の入力による詐欺,横領事犯などが発生した。 昭和56年に入ると,CD犯罪については,認知件数が増加したのを初め,偽造キャッシュカードを利用した悪質,巧妙な事犯が続発した(CD犯罪の詳細は後述する。)。他方,オンラインシステムの盲点を突いた事犯も発生した。そのうち,銀行職員が,あらかじめ他支店に設定した架空名義の普通預金口座に,勤務支店の端末装置を操作して,架空の入金処理を行い,直ちに架空口座を設定した支店に赴き,払戻名下に現金,小切手合計1億3,000万円を騙取した事犯(大阪地検)が特筆に値する。これは同銀行がオンラインシステムを導入していて,各支店行員において,端末機を操作して自由に他支店発行の預金通帳に入金記帳ができ,かつ,同時にその入金が本店コンピュータの記憶装置の当該口座に入力されるため,以後,払戻請求を受けた支店では,それが架空の入金であったとしても,中央のコンピュータに応答を求め,コンピュータが残高のあることを表示してさえいれば,機械的に出金に応じるというオンラインシステムの弱点を突いた大胆かつ巧妙な事犯であった。 以上のように,我が国においてこれまで認知されたコンピュータ犯罪は,CD犯罪を中心としたもので,コンピュータ利用の最も進んだアメリカで発生しているコンピュータ犯罪と比較するとき,その手段・方法において幼稚なものと言われているが,今後我が国では,コンビュー夕を中心とする情報処理システムが,経済,社会の中枢機能としてあらゆる分野に浸透することは必至であることにかんがみ,我が国においても,今後本格的なコンピュータ犯罪が発生することは十分に予想されるので,これに対し,あらゆる面から対策を検討しておく必要があろう。 (2) CD犯罪 我が国の金融機関に,最初にCD機が登場したのは,昭和44年のことである。都市銀行を中心とした顧客サービスのためのCDシステムの積極的導入,預金者にとって預金通帳や印鑑を使わずカード1枚で,職員に接触せず,どこでも預金の払戻しが受けられる簡易さ,便利さなどの要因から,その後のCDシステムの普及には目を見張るものがある。56年9月末現在において,都市銀行,地方銀行,相互銀行,信用金庫及び信託銀行の5業界を併せ,設置されたCD機台数は約2万3,600台,発行済キャッシュカード枚数は約6,645万枚(なお,郵政省も54年からCDシステムを採用し,56年末現在において,615台のCD機を設置)に達している。このCD機設置台数の増加に加え,駅,デパートなど公共場所へのCD機の設置,金融機関相互のCD機の共同利用などCDシステムの利用範囲が飛躍的に拡大している。 このようなCDシステムの普及に伴い,CD犯罪は,逐年増加している。I-72表は,最近5年間のCD犯罪の認知件数及び検挙件数の推移を見たものであるが,昭和52年の64件から56年の288件へ5年間に4.5倍に激増している。CD犯罪としては,身代金目的誘拐犯人が,身代金の入手手段にCDシステムを悪用するものなどが若干含まれているが,その大部分は,キャッシュカードを利用したCD機からの現金引出しに関する事犯である。56年に認知されたCD犯罪は,すべてキャッシュカードを利用したCD機からの現金引出しに関する事犯である。大部分は窃盗既遂事犯であるが,そのうち,11件については,犯人が暗証番号を探知できず未遂に終わっている。 I-72表 CD犯罪の認知・検挙件数(昭和52年〜56年) ところで,CD機は,中央にあるコンピュータと通信回線で結ばれた端末装置の一種であって,CD機に磁気化されたキャッシュカードを挿入して,暗証番号等のボタン操作を行うと,CD機はカードの磁気ストライプ部分に打ち込まれてあるデータを読み取り,これを中央のコンピュータセンターに伝送し,コンピュータ本体では,磁気ディスクに記録してあるオンライン元帳で伝送されてきたデータを確認し,現金引出し可否の応答をデータとしてCD機に伝送し,CD機はそれに従い,機械的に作動する仕組みになっている。このCD機を端末装置とするオンラインシステムは,命令どおり作動するという点では正確無比なものである。しかし,結局機械にすぎないため,金融機関職員のように臨機応変に利用者を吟味したり,利用目的やその意図を調査する能力はなく,挿入されるキャッシュカードが盗難,拾得,偽造にかかるものであったとしても,磁気ストライプ部分に印磁された暗証番号が入力されると,自動的に預金払戻しに応じる装置になっており,暗証番号を探知されたら,防衛手段がないという弱点を突かれた点に,この犯行の特徴がある。 I-73表 入手態様別件数(昭和56年) I-74表 暗証番号探知方法(昭和56年) 昭和56年に認知されたCD犯罪について,犯人がキャッシュカードを入手した態様を見たのが,I-73表である。窃取したキャッシュカードを使用した事犯が80%を超え,その大部分を占めているが,56年においては,偽造キャッシュカードを使用した事犯が28件(9.7%)も多発したことが注目される。特に,コンピュータのオペレーターとして預金取引に関するデータ処理業務に従事していた金融機関の元職員が,データ処理作業過程で知り得た他人の預金口座番号,預金名義人,暗証番号などを利用してキャッシュカードを偽造した上,これにより,CD機から現金約2,000万円を引き出し窃取した事犯(大阪地検)は,キャッシュカードによる取引の安全性に対する神話を打ち砕き,コンピュータシステムの悪用,濫用をいかに阻止するかという,いわゆるコンピュータセキュリティの必要性を痛感させる。なお,その他の範ちゅうの14件には,他人から預かったキャッシュカード,喝取又は強取したキャッシュカードを利用したものなどが含まれている。 I-74表は,犯人がどのような経緯で暗証番号を探知したか見たものである。キャッシュカードと暗証番号を同時に入手,面識があり以前から暗証番号を知っていた及びキャッシュカード入手後被害者から聞き出す項目などは,犯人が暗証番号を探知するについて,被害者側に落度があると見られるもので,合計すると63.5%に達する。暗証番号は,肉眼では判読不可能となっていることから,被害者側が暗証番号の漏えいに配意すれば,この種事犯は,かなり阻止できるであろう。 I-75表 キャッシュカード使用までの期間(昭和56年) 犯人がキャッシュカード入手後最初に使用するまでの期間を見たのがI-75表であり,即日使用が過半数(57.3%)に達しており,被害を知ったとき直ちに届けることが被害を避ける最良の方策と言える。 |