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 昭和57年版 犯罪白書 第1編/第3章/第1節/2 

2 通り魔犯罪

 最近,被害者と全く面識のない犯人が,確たる動機もなくほとんど衝動的に,路上等において,一般市民に対し,殺傷等の危害を加えるいわゆる通り魔事件が続発し,大きな不安を与えている。警察庁では,昭和56年6月,通り魔事件を,「人の自由に通行できる場所において,確たる動機がなく,通りすがりに不特定の者に対し,凶器を使用するなどして殺傷等の危害(殺人,傷害,暴行及びいわゆる晴れ着魔などの器物損壊等)を加える事件」と定義し,各都道府県警察から報告を受けて,その実態を分析している。以下,その資料に基づき通り魔事件の状況を見ることとする。
 I-62表は,昭和56年における通り魔事件の発生件数,検挙件数及び検挙率を示したものである。発生件数は,総数で254件,罪名別では,殺人が7件,傷害が112件,暴行が25件,器物損壊が110件となっている。検挙率は,殺人が85.7%,傷害が50.9%,暴行が84.0%,器物損壊が20.9%である。ところで,56年における通り魔事件を含む上記各罪名の検挙率は,殺人97.4%,傷害94.1%,暴行93.2%,器物損壊32.4%となっており,通り魔事件の検挙率はいずれもこれを下回っている。これは,この種事件が,被害者と全く無関係な犯人による通りすがりの犯行であるため,犯行後犯人が逃走した場合,その特定が難しく,検挙が困難となることを物語るものであろう。

I-62表 通り魔事件の発生・検挙状況(昭和56年)

 以下,通り魔事件を殺人事件とそれ以外の事件に分けて,それぞれの概要を述べることとする。
(1) 通り魔殺人事件
 昭和56年における通り魔殺人事件の発生件数は,前記のとおり7件であるが,これによって殺害された人員は8人(男女共に各4人),負傷した人員は8人(男性5人,女性3人)となっている。検挙された犯人6人はいずれも男である。
 昭和56年に発生した事件について,具体的内容を紹介する。
 [1] 覚せい剤の使用者(男,38歳)が,通行人(男性,39歳)を柳刃包丁で突き刺して殺害した事件(東京)。なお,犯人は,犯行直後に現場で自殺を図り死亡した。
 [2] 家庭も学校も面白くなく,気分がむしゃくしゃしていた中学生の少年(14歳)が,小学校の校庭で,通りかかった少女(11歳)を果物ナイフで突き刺して殺害した事件(千葉)
 [3] 社会からの疎外感を抱き,また,就職も断られ気分がむしゃくしゃしていた覚せい剤の使用者(男,29歳)が,子供連れの主婦(27歳)に襲いかかり,同女及び子供2人(女児3歳,男児1歳)を柳刃包丁で突き刺して殺害し,更に,付近を通行中の女性3人に襲いかかり,うち1人を殺害し,2人に傷害を負わせた上,他の女性1人を人質に取って料理店に立てこもり,同女にも傷害を負わせた事件(東京)
 [4] 覚せい剤の使用者(男,33歳)が,路上で遊戯中の小学生の男児2人(10歳及び11歳)を刺身包丁で突き刺して傷害を負わせるなどした事件(大阪)
 [5] 犯人(未検挙)が買物帰りの被害者(男性,36歳)をフィッシュナイフで突き刺して殺害した事件(北海道)
 [6] 元ダンプカーの運転手(男,40歳)が,通行中の被害者(男性,48歳)を肉切り包丁で突き刺して殺害した事件(静岡)
 [7] 大学2年生(男,21歳)が,通行人(男性,52歳)に文化包丁で切りつけて傷害を負わせた事件(埼玉)
(2) 通り魔傷害事件等
 I-63表及びI-64表は,通り魔による傷害,暴行及び器物損壊事件の発生状況を月別及び曜日別に見たものである。月別では,5月から9月の間に多発し,曜日別では,月曜日に最も多く発生している。

I-63表 通り魔傷害事件等の月別発生件数(昭和56年)

I-64表 通り魔傷害事件等の曜日別発生件数(昭和56年)

I-65表 通り魔傷害事件等の時間帯別発生件数(昭和56年)

 発生の時間帯について見ると,I-65表のとおりであり,午前6時台から午前8時台の間に多発している。これを更に詳しく見ると,午前8時台が55件(22.3%),午前7時台が36件(14.6%)となっており,いわゆる出勤時間帯に多発していることが分かる。なお,昼休みの午後零時台及び退勤時の午後6時台に各14件(5.7%)発生していることも注目されよう。
 I-66表は,発生地域を都市の規模別に見たものである。人口100万人以上の大都市で過半数の134件(54.3%)が発生しており,また,10万人以上の都市の合計では,208件(84.2%)にも及んでいる。このことは,通り魔事件が,都市犯罪としての性格が強いことを顕著に示していると言えよう。
 I-67表は,被害者の性別及び年齢層を見たものである。被害者総数314人のうち,女性が77.4%(243人)と約8割を占めており,女性を対象とした事件が多い。年齢層について見ると,男性では,15歳以下及び51歳以上が多く,女性では,25歳以下が7割以上を占めており,この種の犯罪の多くは,若い女性や年少者のような弱者を対象としていることが分かる。また,被害者の職業では,会社員(男性18人,女性85人)が最も多く,次いで,高校生42人(男性2人,女性40人)となっており,いわゆる若いOLや女子高校生が被害を多く受けている。

I-66表 通り魔傷害事件等の都市の規模別発生件数(昭和56年)

I-67表 通り魔傷害事件等の被害者の年齢層(昭和56年)

 被害者の傷害の程度を見ると,比較的軽微なものが多いが,死者が2人,全治1か月以上の重傷者が8人出ており,この種の犯罪が重大な結果を引き起こす危険性の高いことを示している。
 検挙された犯人の性別は,男71人,女1人であり,この種事犯は,そのほとんどが男によって行われている。

I-68表 通り魔傷害事件等の犯人の年齢層(昭和56年)

I-69表 通り魔傷害事件等の犯人の学職別人員(昭和56年)

 I-68表は,犯人の年齢層について見たものであるが,31歳以上35歳以下が19人(26.4%)で最も多く,次いで,15歳以下の15人(20.8%),16歳以上20歳以下の12人(16.7%)の順となっており,30歳代前半及び20歳以下の者が多い。
 I-69表は,犯人の学職別内訳を見たものである。無職が29人(40.3%)と約4割を占め,以下,学生・生徒の19人(26.4%),工員・土工の13人(18.1%)の順となっている。なお,学生・生徒19人のうち,中学生が12人もいることは注目される。
 精神障害の有無を見ると,検挙された72人中18人(25.0%)が精神障害者(精神病者,精神薄弱者及び精神病質者)で,そのうち,14人が精神分裂病者である。更に,送致時点において,精神障害の疑いのある者が4人(5.6%)いるほか,覚せい剤濫用により,被害妄想・幻覚等の異常体験のあった者が3人(4.2%)おり,約3分の1の者が犯行時精神に何らかの障害があったことになり,この種事件の大きな特徴と言えよう。
 検挙された72人の同種余罪について見ると,35人(48.6%)が同じ通り魔事件を連続して敢行しており,そのうち,21人は同じ日に2回以上行っている。このことは,通り魔事件の犯人が1回にとどまらず,何度も同じ犯行を繰り返す傾向の強いことを示しており,これも,この種事件の特徴の一つと言えよう。
 最後に,このような通り魔事件による被害者又はその遺族に対する救済などを目的とした犯罪被害者等給付金支給法(昭和55年法律第36号)の運用状況について触れておく。
 この法律は,人の生命又は身体を害する犯罪行為により,不慮の死を遂げた者の遺族又は重障害を受けた者に対し,国が犯罪被害者等給付金を支給することを内容とするもので,昭和56年1月1日から効力を発生している。
 この制度の昭和56年における運用状況について,犯罪の件数及び犯罪被害者の人数を基準にして見ると,申請件数は90件(被害者数104人)で,裁定のあったものは50件(同62人),給付金の裁定額合計は2億826万7,108円(このうち,支給額は1億5,664万8,753円),仮給付金の決定のあったものは3件(同3人),その決定額合計は640万6,254円(このうち,1件1人については,その後裁定が行われ,その際264万3,333円については裁定額の一部として調整がなされた。なお,この金額は,裁定額からは除外されている。)となっている。裁定1件当たりの平均額は421万8,209円,裁定に係る被害者1人当たりの平均額は340万1,781円である。