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 昭和57年版 犯罪白書 第1編/第2章/第6節/1 

第6節 外国人犯罪と日本人の国外犯

1 概  説

 近年における交通機関,情報伝達手段等の飛躍的な発展に伴い,社会生活の活動範囲が諸外国にまで拡大し,諸外国との交流はあらゆる面において一層活発なものとなった。このような国際化の傾向は,犯罪及び刑事司法手続にも大きな影響を及ぼし,外国に逃亡した被疑者などの犯罪人の身柄確保及びその引渡し,外国に存在する証拠の収集等の捜査手続や公判手続を巡って,自国のみでは適正な処理が困難な問題を生じさせ,国際間の協力の必要性を高めている。以下,これらの問題について,最近の状況を概説することとする。
(1) 犯罪人の引渡し
 外国に在留する被疑者などの犯罪人を自国に連れ戻す方策については,逃亡犯罪人引渡しの問題として古くから検討され,発展を遂げてきた。現在行われている方法は,大別して,次の三つである。
 [1]被疑者などが自国民である場合,本人に対し,任意の帰国を説得する。
 [2]被疑者などが在留する外国における出入国管理行政上の国外退去強制手続がとられる際に事実上その身柄を確保する。
 [3]外交ルートによる正式引渡しを請求する。
 [1]の方法は,帰国があくまで本人の自由意思にかかっており,強制力を行使できないなどの限界がある。[2]の方法は,事実上利用されているが,相手国における被疑者などの在留が,同国の出入国管理行政上不法であって,退去強制手続に乗ることが必要であり,常に可能とは限らないなど困難な問題がある。[3]の方法は,外国に在留する被疑者などの引渡しを請求する正式な手続きであり,請求国は,外交ルートを通じ,当該被疑者などの引渡しを請求し,被請求国は,自国の犯罪人引渡法の規定に従い,通常,司法審査を経て,適法かつ相当である場合に,求められた被疑者などを引き渡すものである。この場合,犯罪人引渡しに関する条約の存在を必要とする国もあるが,相互主義の保証(将来,当該相手国から犯罪人引渡しの要請があった場合,その要請に応じる用意がある旨を約束すること)を条件として,条約がなくても引渡しに応じる国もある。今日では,一定の要件の下に犯罪人を引き渡すことは,国際慣行あるいは国際礼譲となっていると言える。
 我が国は,米国との間で,「日本国亜米利加合衆国犯罪人引渡条約」(明治19年勅令),「日米間追加犯罪人引渡条約」(明治39年勅令)を締結していたが,国際的な犯罪,犯罪者の国外逃亡事案などの増加傾向に対応し,この種事案の抑圧のため,国際的協力を一層推進することを目的として,昭和55年2月,「日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約」(昭和55年条約第3号)を締結し,この条約が,前記2条約に替わって,55年3月26日から効力を発生した。我が国が外国との間に締結している犯罪人の引渡しに関する条約は,この一つのみであるが,我が国の逃亡犯罪人引渡法(昭和28年法律第68号,改正同39年法律第86号,同53年法律第7号)は,条約の存在を必要的条件とせず,一定の要件が備われば,条約を締結していない国からの請求にも応じることができる建前になっており,逆に,条約の存在を要件としないいかなる外国に対しても,相互主義を保証して請求することができることになっている。
 戦後から現在(昭和57年4月末)までに,我が国がこの相互主義を保証して請求するという方法によって犯罪人の引渡しを受けたケースは,合計6件7人(アメリカから殺人罪で3件3人,業務上横領罪等で1件1人,スイスから詐欺罪で1件2人,フランスから背任罪で1件1人)となっており,我が国が正式請求を受け,逃亡犯罪人引渡法を適用し,逃亡犯罪人を引き渡した事例は55年に1件ある。
(2) 捜査・司法共助関係
 外国裁判所の嘱託に基づく裁判所の共助については,「外国裁判所ノ嘱託ニ因ル共助法」(明治38年法律第63号)があり,これによれば,我が国の裁判所は,一定の条件の下に,民事及び刑事の訴訟事件に関する書類の送達並びに証拠調べに関し,外国裁判所の嘱託があれば我が国の法に従い補助を与えることとされている。捜査共助については,最近まで制定法を持っておらず,具体的事案が発生する都度,関係当局において協議の上,国内法で許容される範囲で個別の解決を図ってきた。しかし,これでは捜査共助の要請に十分対応できないため,一般的に捜査共助を可能とする国内法制を整備しようという気運が高まり,国会においても,多発するハイジャック事件等国際テロ事犯を契機として,刑事に関する国際共助の強化の必要性が指摘され,また,いわゆるロッキード事件等一連の航空機疑惑事件が,この気運に拍車をかけたことなどもあり,昭和55年5月29日法律第69号をもって,国際捜査共助法が制定され,同年10月1日から施行されるに至った。同法は,外国から刑事事件の捜査に関して共助の要請があった場合に,我が国内においてとるべき措置を定めたものであるが,その要件は,[1]原則として外交ルートを通じての要請であること,[2]外国の刑事事件の捜査に必要であること,[3]政治犯罪でないこと,[4]捜査の対象となっている行為が日本国内で行われた場合,日本国の法令上罪に当たること,[5]相互主義の保証があることなどである。
 昭和56年においては,アメリカ,イギリス及びドイツ連邦共和国から,証拠物の押収及び送付,参考人からの供述調書録取依頼等の捜査共助の要請が4件あり,前記国際捜査共助法に基づいて処理されている。
(3) 重要犯罪人の国外逃亡
 最近,国内で重大犯罪を犯し,国外に逃亡する被疑者が多く,しかも,重大犯罪を敢行するに当たり,あらかじめ,旅券,航空券を用意し,犯行後,直ちに国外に逃亡する事案が目立って多くなっている。最近における具体的事例としては,保険金目的連続殺人事件の被疑者2人がブラジルへ逃亡した事案,連続銀行強盗事件の被疑者2人がタイへ逃亡した事案,多額の現金詐取事件の女子銀行員がフィリピンへ逃亡した事案などがある。

I-48表 国籍別外国人登録者・入国者数(昭和46年,55年,56年)

I-49表 外国人の罪名別・国籍別検察庁新規受理人員(昭和56年)