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 昭和56年版 犯罪白書 第4編/第4章/第2節 

第2節 少年非行の激増の要因と背景

 欧米諸国における少年非行の激増の要因と背景として,アメリカの国家(大統領)諮問委員会,イギリスの内務省・少年児童問題委員会,欧州共同体の犯罪問題委員会等の公的報告書や多くの学説が指摘するのは,次のようなものである。[1]豊かな社会(都市型・大衆消費社会)における物質主義と感覚主義(薬物,性,スピードなど),所有と享楽への過剰な刺激・誘惑,非行機会の拡大(デパート,スーパーの商品陳列方式など),[2]教育・就職の機会の不平等,失業,スラム等の諸問題,[3]伝統的な社会倫理上の価値観又は理想像(国家・家族への献身,正義,勤勉など)の変化又は多様化,少年の教育における親及び教師の権威の低下と自信の喪失,家庭・学校・宗教・地域社会などの非公式な社会統制機能の弱化,[4]少年の身体的・性的発達の「加速」と精神的・情操的発展の「退行」(幼児化現象),社会的意識及び自発性の未成熟,[5]少年の身体的・精神的エネルギーを消耗・昇華させる健全な遊び,スポーツ及び労働の機会の減少,[6]愛情と紀律によって子供の人格的発展のための基礎を形成する家族共同体の崩壊又は低落(離婚,別居,核家族化など)から生ずる家庭の教育機能の退化(放任,過保護,過干渉,父母の教育方針の矛盾),[7]現代工業社会における教育期間の延長(高学歴社会)と社会的自立(労働又は就職)の遅延化(いわゆるモラトリアム現象)の状況下での学校教育の知性主義と技術主義,[8]テレビ・出版物等のマス・メディアの影響(特に,暴力の讃美又は合理化),[9]生活水準の向上と中流化による「報酬の延期モデル」(長期的な視野における合理的な目標の達成のために,  一時的な欲求の充足を犠牲にすること。)の放棄(親が子供の欲する物を何でも買い与え,又は必要以上の小遣いを与えるため,抑制,欠乏,労働,節約などの価値が失われる。そして,少年の「拘束を受けない全能的な力」(omnipotence)の意識から,日常生活の無意味,けん怠,無関心,無目標が生じるという。),[10]物質的欲望の刺激,抑制力の減退,価値観の変化等から生ずる規範(倫理・法)意識の低下。
 このような背景の下で,欧米先進諸国の少年非行に共通する特質は,万引き,自動車盗,オートバイ盗などの利欲・遊び型の財産犯,強盗(特に,路上の女性及び老人を襲う少年の路上強盗)及び傷害などの凶悪犯・粗暴犯(暴力犯罪)並びに薬物犯罪の増加であり,特にアメリカでは,学校内暴力と家庭内暴力,及び「少年暴力団」(youth gang)の学校への介入が問題になっている。
 家庭内暴力,特に親に対する殺人,傷害などの暴力事犯の多発の要因としては,幼児期における親の体罰による「幼児期受傷症候群」(battered-child syndrome),親の子供に対する過剰な期待への反発と憎悪,人格形成期における親に対する愛憎半ばする精神状態(ambivalence)などが指摘されている。
 学校内暴力,特に,アメリカの公立学校における暴力犯罪は,家庭内暴力とも関連しているが,更に,人種問題,薬物,銃器,スラム,少年暴力団等の諸要因によって,大きな社会問題になり,議会の調査委員会で何度も取り上げられている。司法省の資料(「都市の学校における犯罪による被害」1979年)によると,IV-94表のとおり,1974年及び1975年に,ニューヨーク,シカゴ,ロサンゼルス等の26都市の学校内だけで,推定約27万件の強盗,強姦,暴行傷害及び窃盗が発生しており,窃盗を除いて暴力事犯のみについて見ると,教師に対する事件は,強盗が約450件,暴行傷害が約4,100件であり,生徒に対する事件は,強盗が約1万3,000件,暴行傷害が約2万1,000件,強姦が約400件である。この暴力事件のうち,凶器が使用された事件は,IV-95表のとおり,強盗では22%ないし38%,加重暴行傷害では98%ないし99%である。しかし,学校内暴力事件の警察通報率は低く,IV-96表のとおり,総数について7%ないし22%にすぎない。学校当局及び生徒が被害を警察へ通報しない理由としては,報復に対する恐怖,学校内の紀律が十分維持されないことに対する父兄の非難への危ぐ及び学校の体面への顧慮があげられている。

IV-94表 学校内暴力の発生件数及び被害者別構成比

IV-95表 学校内暴力の被害者別凶器使用比率

IV-96表 学校内暴力の警察通報比率

 また,暴力組織の学校への介入は著しいものがあり,その活動は,生徒に対する暴行・恐喝だけでなく,学校行政を弱体化させ,学校施設を支配する組織的な「利得と統制」(暴力の被害を受けないで正常な学校運営ができる代償としての恐喝被害など)の方向に向かっているという。このほか,学校設備の破壊及び放火(vandalism),薬物濫用などを含めて,学校における「暴力の恐怖」と「教育の荒廃」は,特に,大都市の中心区域ではなはだしいと言われている。
 以上のような欧米諸国の少年非行の激増の要因と背景は,我が国の少年非行についても共通するものが多いように見受けられる。我が国の少年非行が,人口比から見ると,欧米よりかなり低い水準にあるのは,民族的・文化的同質性,家族・地域社会など社会集団の連帯性,経済の発展と雇用機会の増大,教育の高い水準と機会均等,国民の勤勉性と上昇指向,全般的な社会的安定性など我が国固有の社会的・文化的特質によるものであろう。しかし,我が国の少年非行の水準は,少年比においては,既に欧米並み,あるいはこれを超えているのであり,学校内暴力の増加,暴走族による暴力事犯の多発等に見られる少年非行の粗暴化傾向,少年の薬物事犯の激増など最近の少年非行の実情から見ると,我が国固有の前記社会的・文化的特質も,現代の社会的変化とともに,変容を余儀なくされつつあるようにも見受けられる。