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 昭和56年版 犯罪白書 第4編/第4章/第3節 

第3節 少年非行の防止対策

 少年非行は,前記のように,複雑・多様な要因と関連している。「豊かな社会における犯罪(非行)の激増」という欧米先進諸国と我が国に共通する現象は,現代の激しい社会的変化と不可分に結び付いている。増大する少年非行は,このような社会的背景の下で生ずる大量的な反社会的(反規範的)行為として,社会病理的な意味において理解すべきものであろう。この意味で,少年非行の防止は,少年司法又は刑事政策の問題であるだけでなく,国家的・社会的な問題であり,全国民的な対応が必要不可欠である。その対応は,一般に,第一次的対応(家庭,学校,雇用,社会保障,レクリエーション,マス・メディアなどの各分野における少年非行防止のための良好な社会的・経済的・文化的環境の整備),第二次的対応(非行化のおそれがある少年に対する警察及び少年福祉機関の補導・援助による少年非行の防止)及び第三次的対応(刑事法の適切・妥当な執行による検挙,適正・有効な少年司法の運用と施設内処遇及び社会内処遇などによる非行少年の再社会化と再犯防止)の3段階に分けられ,特に,第一次的対応が少年非行防止に決定的な重要性をもつと言われている。この点で特に注目されるのは,欧米では最近,少年非行の要因として,生物的・社会的要因(思春期・スラム・貧困など)に関する伝統的な「素質と環境」説を超えて,人格形成期にある少年に関する精神的・文化的要因を重視する見解が有力になりつつあり,特に,社会倫理の基礎としての法規範の意味(例えば,盗みをすれば,なぜ逮捕され,処罰されるかの倫理的意味)を家庭,学校,マス・メディア等で教育する重要性が強調されていることである。アメリカの「少年司法・非行防止に関する国家諮問委員会」の「少年司法運営基準」(1980年)は,学校の教育課程において,少年司法制度を生徒に理解させることを「法への信頼と尊敬をはぐくむための必要不可欠の要素」とし,少年司法の目的・作用・規制等を教えるプログラムの設定,警察官,検察官又は裁判官の講師招へいなどを勧告し,また,マス・メディアの社会的責任として,少年が社会に対して「積極的イメージ」を抱き,「建設的な目的」をもって「法遵守の行動」を行うことを促進するために,その大きな影響力を行使するよう勧告している。
 家庭内暴力の対策としては,欧米では,社会福祉機関による問題家庭の早期発見とカウンセリング活動があげられているが,同時に,家庭内に公権力が介入する困難性と親の子供に対する懲戒権の行使に関する法律問題などが指摘されている。また,学校内暴力の対策として,アメリカでは,保安管理(生徒集団による校内パトロール,学校警備担当の警察官の執務室の設置,侵入警報装置の設置など),カウンセリング活動(暴力団構成員に対する個人カウンセリング,集団討議など),教育課程(刑法の学習など)が行われている。
 このような欧米諸国における少年非行の防止対策は,我が国の社会的・文化的環境との相違に加えて,学校内暴力その他の暴力事犯が,まだアメリカほど広範・深刻化していない我が国の現状から見て,必ずしも適切とは思われない面もあるが,基本的には我が国にも妥当するように見える。特に,少年非行の低年齢化傾向が著しい現状の下においては,家庭と学校において,社会生活の基礎としての倫理又は法の正しい意味を教育する必要性がますます強く認識されて然るべきであり,また,警察,検察,家庭裁判所及び矯正・保護機関が少年非行の防止と少年処遇に果たすべき社会的責任も,今後ますます重くなるであろう。