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 昭和56年版 犯罪白書 第2編/第2章/第1節/3 

3 犯行状況

 被害金融機関の調査データ(未検挙事件を含む。)によって犯行状況を見ると(共犯関係などは法律上のものではなく,金融機関側の現認に基づいている。),次のとおりである。
 犯人数について見ると,犯人1人の事件が94.1%を占めており,我が国の金融機関強盗が単独犯型であることを示している(II-15表)。
 犯人の性別を見ると,男だけの犯人の事件が98.8%を占めている(II-16表)。
 犯人の携帯凶器を見ると,包丁・日本刀などの刃物類が58.0%を占めているのに対し,けん銃・模造けん銃・猟銃などの銃器類は16.5%である(II-17表)。

II-15表 金融機関強盗の犯人数(昭和54年1月〜55年6月)

II-16表 金融機関強盗犯人の性別(昭和54年1月〜55年6月)

 覆面など犯人の識別を妨げる物の着装状況を見ると,顔全体を覆うマスク及びストッキングで覆面した犯人による事件が16.6%,顔の一部を隠すマスク及びタオルによる覆面が27.2%などであり,犯人の約6割が自己の識別を妨げる何らかの物を着装し,計画的に犯行を行ったことを示している(II-18表)。
 直接的に暴行・脅迫を受けた被害者について見ると,店舗の職員のみが暴行・脅迫を受けた事件が37.9%,責任者と職員が暴行・脅迫を受けた事件が20.1%,責任者のみが暴行・脅迫を受けた事件が9.5%であり,金融機関業務の第一線にある職員が最も多くの被害を受けたことを示しているが,他方,23.7%の事件において金融機関の顧客が被害を受けており,強盗犯人が居合わせた顧客を人質にとって金融機関の職員を脅迫して現金を強取し,又は強取しようとした事件がかなりあることが注目される(II-19表)。
 暴行・脅迫の態様を見ると,刃物等を突きつけて脅迫した事件が62.1%で最も多く,これに対し,刃物等を振り回して切りつけるという,より重い態様の事件は3.6%にすぎない。銃器使用事件についても,銃器を突きつけて脅迫した事件が10.7%であるのに対し,実際に発砲した事件は4.7%にすぎない(II-20表)。このデータは,金融機関強盗の本質は暴力犯罪であるというより,むしろ利欲犯罪であり,凶器は被害者側の反抗を心理的に抑圧するための手段として使用されるにすぎず,したがって,実際に暴力が行使されることは比較的少ないという外国における分析(後述)が,我が国でも妥当することを示唆するものであろう。

II-17表 金融機関強盗事犯の携帯凶器の有無及びその種類(昭和54年1月〜55年6月)

II-18表 金融機関強盗事犯の覆面等の有無及びその種類(昭和54年1月〜55年6月)

II-19表 被害金融機関における直接暴行・脅迫を受けた者(昭和54年1月〜55年6月)

II-20表 金融機関強盗犯人の暴行・脅迫の態様(昭和54年1月〜55年6月)

 被害者の死傷状況を見ると,「死傷者なし」の事件が82.4%を占めている。死者が生じた事件は2件(1.2%)にすぎず(1件は宿直の職員に対し金庫のダイヤル番号を教えるよう脅迫し,農薬を飲ませて殺害した事件,1件は警察官2名及び銀行員2名を殺害し,銀行員4名及び顧客1名に傷害を負わせた三菱銀行北畠支店猟銃強盗殺人事件),負傷者が生じた事件は前記の三菱銀行事件のほか28件(16.5%)である(II-21表)。負傷者が生じた計29件における負傷者総数38人の負傷の程度を見ると,全治1週間以内の比較的軽微な負傷程度の者が20人(52.6%)を占めている(II-22表)。このように,金融機関強盗において死傷者数が比較的少ないということは,前記のように,凶器が被害者の反抗を心理的に抑圧する手段として使用される結果であろう。

II-21表 金融機関強盗事犯の被害者の死傷状況(昭和54年1月〜55年6月)

II-22表 金融機関強盗事犯の被害者の負傷の程度(昭和54年1月〜55年6月)

 現金強取の態様を見ると,「ロビーから事務室内の職員に現金を出すよう強要して強取する」という態様の事件が42.6%で最も多く,これに「ロビーから身を乗り出してカウンター越しに現金を直接強取する」という態様の4.7%を加えると,全事件の47.3%がロビーからの犯行であり,「事務室内に乱入して職員に現金を出すよう強要して強取する」の23.1%及び「事務室内に乱入して現金を直接強取する」の11.2%,すなわち,犯人が事務室内に侵入した事件の比率の計34.3%を上回っている(II-23表)。これは,金融機関強盗は逮捕のリスクが極めて高い犯罪形態であるため(警察への通報,多数の職員・顧客による現認など),短時間のうちに行動する必要性から生ずる現象と考えられ,犯人が逮捕のリスクと強取現金額のバランスを計算して行動していることを推認させるものである。それと同時に,このデータは,カウンター上のスクリーン,ロビーから事務室へ通ずるドアなど金融機関の店舗構造が防犯対策上大きな意味をもつことを示唆している。

II-23表 金融機関強盗事犯の現金強取の態様(昭和54年1月〜55年6月)

II-24表 金融機関強盗事犯の現金被害額(昭和54年1月〜55年6月)

 現金被害額を見ると,「被害なし」が34.9%を占めており,犯人が現金強取に失敗した未遂事件が全事件の3分の1以上あることを示している。現金被害額が100万円以上500万円未満の事件は22.5%,50万円以上100万円未満の事件は11.2%,10万円以上50万円未満の事件は11.2%であり,500万円以上の高額の現金被害があった事件は19件(11.2%)にすぎない。100万円未満の現金被害があった事件が31.3%であるから,これに「被害なし」の34.9%を加えると,全事件の約3分の2が現金強取に失敗したか,成功しても100万円未満の収獲を得たにすぎないことをこのデータは示している。現在の貨幣価値から見ると,利欲犯罪としての金融機関強盗は,逮捕のリスクが高いわりには利得が少ない犯罪と言えるであろう(II-24表)。

II-25表 被害金融機関の防犯設備状況(昭和54年1月〜55年6月)

 被害金融機関の防犯設備状況を見ると,犯行時において,非常通報装置は82.8%の金融機関が設置していたが,防犯カメラの設置率は33.1%,防犯テレビの設置率は9.5%にすぎなかった(II-25表)。しかし,調査回答時までに非常通報装置を増・設置した店舗が55店,防犯カメラを増・設置した店舗が46店,防犯テレビを増・設置した店舗が4店あり,被害金融機関の防犯対策が被害後に著しく改善されたことを示している。