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 昭和55年版 犯罪白書 第1編/第2章/第5節/2 

2 精神障害のある犯罪者の取扱い

(1) 心神喪失・心神耗弱者
 精神障害のために行為の是非善悪を弁別することができないか,その弁別はできても,それに従って行為をすることができない者は,刑法上,心神喪失者として,刑罰を受けることがない。また,このような弁別又はその弁別に従って行為をすることが著しく困難な者は,心神耗弱者として,その刑が減軽される。
 I-58表は,犯罪を犯した精神障害者のうち,検察の段階で心神喪失と認められ不起訴になった者と,裁判の段階で心神喪失又は心神耗弱と認められて無罪又は刑を減軽された者の数を,最近5年間について見たものである。心神喪失による無罪人員及び心神耗弱により刑を減軽された者の数は,各年とも大差がないが,心神喪失による不起訴人員は,昭和54年では,前年より41人減少して532人となっている。

I-58表 心神喪失・心神耗弱者の人員

(2) 精神衛生法による取扱い
 精神衛生法(第23条ないし第26条)は,精神障害又はその疑いのある者を知った場合の都道府県知事への一般人からの申請並びに警察官,検察官,保護観察所の長及び矯正施設の長からの通報義務について規定している。これら申請・通報のあった者について,都道府県知事は,精神衛生鑑定医の診察の結果,診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければ,その精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれのあることが,二人以上の精神衛生鑑定医によって一致して認められた場合には,精神病院にいわゆる措置入院させることができる。昭和50年から54年までの5年間における精神衛生法に基づく申請・通報件数及び精神障害者数は,I-59表のとおりである。一般からの申請と警察官からの通報の場合は,精神障害者数及びそのうち措置入院者数は,いずれも50年以降,毎年減少しているが,検察官,矯正施設の畏及び保護観察所の長から通報された者の場合は,このような一定の傾向は見られず,年により増減を示している。

I-59表 精神衛生法による申請・通報件数及び精神障害者数

(3) 精神障害者の犯罪の特色
 全国の地方(区)検察庁で処理された事件及びそれに対応する裁判所で判決のあった事件のうち,心神喪失を理由として不起訴若しくは無罪とされ,又は心神耗弱を理由として刑が減軽された者について,最近3年間の罪名別精神診断の結果を見たのが,I-60表である。昭和54年に調査対象となった505人について見ると,精神診断別では,精神分裂病と診断された者が54.7%と過半数を占め,次いでアルコール中毒(9.7%),麻薬等中毒(7.1%)の順となっている。罪名別では,殺人が84.5%で最も多いが,その55.7%が精神分裂病の診断を受けた者による行為であることは注目に値する。

I-60表 心神喪失・心神耗弱者の罪名別精神診断結果

 次に,上記調査対象者の罪名と処分結果を見ると,I-61表のとおりである。心神喪失と認められて不起訴処分となった者は,505人中の407人(80.6%)である。そのうち,措置入院及び措置入院以外の入院をした者は344人(84.5%)であるが,これを罪名で見ると,殺人では87.2%,放火では88.8%とやや高くなっている。また,裁判の結果,心神喪失を理由に無罪となった者は98人中16人(16.3%)であり,そのうち,措置入院となった者は10人(62.5%)である。

I-61表 心神喪失・心神耗弱者の罪名別処分結果

 I-62表は,昭和50年から54年までの5年間に,検察の段階で心神喪失と認められ,又は裁判の段階で心神の喪失若しくは耗弱と認められた者のうち,前科・前歴のある者1,258人について,本件罪名と直近の前科・前歴の罪名との関係を見たものである。直近の罪名と同じ罪名の者は298人(23.7%)であるが,罪名別では,窃盗が188人で最も多く,殺人,放火のような重大な犯罪を続けて繰り返す者もそれぞれ17人,22人と少なくない。

I-62表 精神障害者の本件罪名と直近の前科・前歴罪名との関係

 次に,本件と直近の前科・前歴とが同じ罪名の者の比率(合致率)を見ると,窃盗が63.6%と最も高率であり,以下,詐欺の46.2%,傷害・暴行の41.4%の順である。
(4) 精神障害のある受刑者
 法務省矯正局は,昭和55年4月30日現在,全国の行刑施設に収容中の受刑者4万2,082人を対象に精神障害のある受刑者(以下「M級受刑者」という。)の実態を調査したが,これによると,分類調査未済の者1,359人を除く4万723人の受刑者中,M級受刑者は3,399人(8.3%)である。また,このうち,特に,専門的治療を優先して受ける必要のある患者(以下「重度者」という。)は455人(13.4%)である。

I-63表 精神障害(M級)受刑者の罪名

 M級受刑者を精神診断別に見ると,I-63表のとおり,精神薄弱者(MX級)1,479人(43.5%),精神病質者(MY級)1,025人(30.2%),精神病者(MZ級)727人(21.4%),混合型(2種以上の精神障害をもつ者)168人(4.9%)である。罪名別では,窃盗が1,435人(42.2%)で最も多く,次いで,殺人の548人(16.1%),強盗の379人(11.2%),傷害・暴行の211人(6.2%)の順となっている。また,M級受刑者総数に占める女子の比率は3.4%であるが,混合型では6,0%,MZ級では4.3%となっている。

I-64表 精神障害(Mz級)受刑者の精神診断別人員

 次に,MZ級とMXZ級,MYZ級等のMZを含む者を取り出して,その精神診断名を見たのが,I-64表である。総数は826人となっているが,精神診断名を多いものから順に挙げると,精神分裂病275人(33.3%),てんかん220人(26.6%),神経症119人(14.4%),アルコール等薬物依存71人(8.6%)である。また,精神分裂病者の中には重度の者が約半数(49.5%)を占めている。
 M級受刑者の処遇状況を見ると,I-65表のとおり,総数では,養護工場での就業者は14.8%(504人),その他の工場(一般受刑者の就業する工場をいう。)での就業者は55.4%(1,882人)で,これら70.2%の者は集団処遇を受けているが,22.3%(758人)は集団処遇が困難なため,独居房で単独に処遇を受けている。

I-65表 精神障害(M級)受刑者の処遇状況

 分類級別では,MX級の場合,86.1%の者が集団処遇を受けているが,MY級では63.5%,MZ級では51.4%,混合型は51.8%であり,MY級,MZ級及び混合型に集団処遇の困難な者が多い。
 M級受刑者の釈放後の帰住予定先は,I-66表のとおりである。これによると,更生保護会を帰住予定先としている者が40.7%(1,383人)で最も多く,次いで,父母のもとが24.8%である。他方,雇主のもとを帰住予定先としている者は,1.2%にすぎない。また,重度者の帰住予定先は,父母のもとが34.1%であるが,一方,更生保護会とする者も30.3%おり,出所後,身寄りのない精神障害の受刑者に対する保護対策が望まれている。

I-66表 精神障害(M級)受刑者の帰住予定先別構成比

 1-67表は,昭和50年に出所した重度のM級受刑者597人とそれ以外の分類級の者2万6,072人について,その後,54年末までの4年間ないし5年間の再入所状況を見たものである。出所受刑者のうち,54年末までに44.6%の者が刑務所へ再入所しているが,M級受刑者とその他の分類級の受刑者とに分けて見ると,前者は後者より11.8%も多い56.1%の者が再入所している。M級受刑者の中では,特に,MX級の再入牢が最も高いが,51年末までの1年間ないし2年間を見ても,MX級は43.8%で,M級受刑者以外の者よりも20.0%も高い再入牢を示している。これら精神障害をもつ犯罪者に対する施設内処遇及び社会内処遇の一層の充実が期待される。

I-67表 精神障害(M級)受刑者の収容分類級別再入率