前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和54年版 犯罪白書 第4編/第1章/第4節 

第4節 薬物事犯をめぐる諸問題

 覚せい剤事犯が最近増勢を続けている原因については,[1]海外の近隣諸国に豊富な供給源があり,大規模かつ組織的な密輸入が行われていること,[2]覚せい剤を重要な資金源とする暴力団が,密売組織を形成し,市場を支配して新たな需要層拡大に積極的に取り組んでいること,[3]近年,社会にうかがわれる享楽的風潮が一般国民の薬物に対する警戒心を薄れさせ,安易な興味を引き立たせていることなどに要約されよう。大麻事犯についても,青少年層,ひいては一般国民の間における享楽的傾向との関連が指摘されている。近年における薬物事犯の多様化については前述したところであるが,各種薬物事犯について違反者の年齢層別構成比を見ると,IV-7表のとおりであって,薬物の種類によって年齢層に相違のあることが見られる。従来,薬物の濫用については,薬物の種類が異なり,薬理作用が異なるに伴い,その使用者の年齢層・職種・社会的階層・使用動機などを異にすることが言われており,このことを考慮すれば,近年における薬物事犯のこのような多様化についても,留意を要するものと考えられる。

IV-7表 薬物事犯別検挙者の年齢層別構成比(昭和53年)

 こうした状況を踏まえ,薬物事犯に対する対策としては,基本的には,[1]事犯に対する厳しい検挙・取締りと科刑,特に,暴力団等による組織的な事犯に対する徹底した取締りと科刑,[2]薬物濫用と結びつきやすい国民の間の享楽指向傾向の反省,特に,疎外感・脱落感を生じやすい国民生活上の様々なひずみの是正と健全化,[3]薬物濫用者や中毒者に対する早期の適切な指導と治療等の施策を,事犯の多様化に対応してきめ細かく実施することが必要であろう。なお,覚せい剤の単なる使用者に対しても,その薬理作用の危険性に基づく社会的責任を等閑視してはならないであろう。
 我が国は,単一民族・単一文化の国であり,治安は良好であって,薬物事犯も,まだそれ程深刻な事態には至っていないように見受けられる。そして,我が国では,かつて,覚せい剤事犯や麻薬事犯の流行を国民的運動のもとに克服した経験もある。近時における覚せい剤を中心とする薬物事犯の流行に対しても,近い将来において,有効な対策が確立され,その鎮圧がなされることを期待したい。