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 昭和36年版 犯罪白書 第二編/第二章/三/1 

三 公判審理

1 公判の審理期間

 裁判は,できるだけ慎重かつ丁重に審理されることが望ましいが,その反面,裁判が遅延すると,その意義が失われるおそれがあり,迅速な裁判は刑事裁判に科せられた使命の一つである。憲法第三七条第一項は,「すべて刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」として,裁判の公平性と迅速性を保障しているのである。しかし,わが裁判はその迅速性について必ずしも満足な成果を挙げているということはできないが,公安犯罪の公判審理において特にその遅延がいちじるしいといえる。
 III-11表は,昭和三四年における通常第一審,控訴審および上告審のそれぞれにつき起訴の日から当該審級の終局までの期間を示し,あわせて,このうちの公安犯罪に関するものの審理期間を示したものである。これによると,通常第一審においては,全事件の八六・四%までが,起訴の日から六カ月以内に終局裁判がなされているが,公安犯罪においてはわずかに一九%が六月以内に処理されているにすぎない。また,第一審の審理期間としては二年をこえるものが著しく遅延した裁判ということができると思うが,二年をこえるものは,全事件では二・一%にすぎないのに対して,公安犯罪ではその四七・七%にあたるものが二年をこえ,さらにこのうち三年をこえるものは,四一・四%におよんでいるのである。次に,控訴審において終局裁判のあったものの起訴の日からの審理期間をみると,全事件においては一年以内に終局裁判のあったものは,総数の七〇・二%を示しているに反して,公安犯罪はわずか三%にすぎないのである。また,審理期間が三年をこえるものは,全事件ではわずかに五・六%を示すにすぎないが,公安犯罪では四六・二%がこれにあたり,ほぼその半数が三年をこえており,さらに七年をこえるものが一〇・四%あることは注目されなければならない。

III-11表

 上告審で確定裁判のあったもののうち,起訴の日から三年以内の審理期間のものは,全事件では総数の七五・一%であるから,大多数の事件は三年以内に上告審の裁判を受けているということができるが,公安犯罪においては,三年以内の審理期間は,わずかにその一二・九%であり,残る八七・一%は三年をこえているから,三年以内で終わるものはむしろ例外といえるのである。次に,公安犯罪のうちから著名な事件二三件を選び,起訴の日から昭和三四年末までの公判審理状況を第一審,控訴審,上告審,差戻審の四つに分けて示すと,III-2図のようになる。これらはいずれも複雑または困難な事件であって,被告人の数も多数のものが多いので,公判審理期間は一般事件と異なって長期間を要するものといわなければならないが,第一審の審理だけで七年をこえているものが(昭和三四年末現在),メーデー事件,辰野事件(昭和三五年八月一八日に第一審判決があった),愛大事件,吹田事件,大須事件等がある。

III-2図 著名事件の公判審理状況(昭和24〜34年)

 公安犯罪のうち特異な事例としてここにいうメーデー事件は,昭和二七年五月一日,メーデーデモの終了後,皇居外苑広場で起こった行為が騒擾罪に問われて東京地方裁判所に起訴されたものであるが,昭和三五年末までの経過は,ほぼ次のとおりである。
 まず,起訴された被告人は二五九人で,その後死亡した者九人を差し引くと,現在二五〇人が第一審の公判に係属しており,その二五〇人のうち二四人はいわゆる分離公判として別途審理されているから,これを除いた二二六人がいわゆる統一公判として一括審理を受けているのである。この統一公判が昭和三五年末までにたどった概況をみると,公判開廷数は総論段階において七一九回で,その内訳は,起訴状朗読に至るまでの開廷数五六開廷,起訴状朗読およびその釈明に要した開廷数一八開廷,冒頭手続における意見陳述に要した開廷数四二開廷,検察官側証人の尋問に要した開廷数三三九開廷,被告人側証人の尋問に要した開廷数二三三開廷,その他の開廷数三一開廷となっており,総論段階に引き続いて各論段階の審理が行なわれているが,これに要した開廷数は一八六開廷で,その内訳は,検察官側証人の尋問に要したものが一一六開廷,被告人側証人の尋問に要したものが一〇開廷,その他が六〇開廷となっている。
 証人として取調の終わった者の総数は六四三人であるが,このうち検察側申請の証人は三六五人,被告側申請の証人は二七八人である。これらの証人のうちで最も長くかかったものは,検察側の証人では,主尋問が三開廷,反対尋問が一四開廷,合計一七開廷が一人の証人尋問にあてられており,また,被告側の証人では,主尋問一・五開廷,反対尋問四・五開廷,合計六開廷が一人の証人尋問にあてられている。そして,証人尋問の際における検察側および弁護側の異議申立回数をみると,検察官によるもの六三七回,被告人弁護人によるもの七七二回であって,審理の複雑さと困難さを物語っている。
 なお,この公判の審理中長期間にわたって休廷した事態が三回ある。その一は,被告側から裁判官の忌避申立があったため,最高裁判所の決定があるまで一三三日間休廷したものであり,その二は,逮捕打ち切り要求等による休廷八一日であり,その三は,渡辺偽証問題による休廷二八一日である(以上は,東京地方検察庁の調査による)。
 なお,裁判の迅速化をはかるために,種々の対策が考えられているが,もっとも注目すべきものとして,裁判官,検察官,弁護士の三者からなる第一審強化対策協議会が各地方裁判所ごとに組織され,主として第一審の公判審理の充実と裁判の迅速化をはかるための諸方策を研究し,逐次これを実施に移している現状にあり,将来この成果が裁判の迅速化に寄与することが少なくないと期待されているが,公安犯罪に関する限りはその事件の特殊性に鑑み,さしたる期待をもてないとする見方が行なわれ勝ちである。