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 昭和52年版 犯罪白書 第1編/第3章/第2節/3 

3 犯罪現象の背景

 我が国において主要犯罪の発生率が低い理由は,我が国が単一の文化を持ち,単一の民族で構成されている単一の中央集権国家であって,国民の社会的階層にそれほどの格差がなく,いわゆる人種問題もないこと,一般に教育水準が高く,経済生活・家庭生活も比較的安定していること,また,その国民性の特質から伝統的に犯罪防止に関する非公式の社会統制が機能している面が多く,しかも,公式の犯罪防止の手段としての刑事司法が効率的に運営されていることなどにあると考えられている。
(1) 非公式の社会統制
 家族や地域社会のじん帯の強弱は,犯罪発生に影響を及ぼす要因の一つと考えられる。特に青少年に対して持つ家庭の教育的機能は大きい。また,社会的連帯感が薄弱なところでは,次第に対人関係が疎遠になり,社会の匿名性が深まっていくが,これが都市化された社会の特色とされている。
 試みに,各国における平均世帯人員を見ると,日本が3.7人(1970年),アメリカが3.2人(1970年),フランスが3.1人(1968年),イギリスが2.9人(1971年),西ドイツが2.9人(1968年)となっている。また,離婚率(1972年における人口10万人当たりの離婚数)を見ると,アメリカが4.06,イギリスが2.41,西ドイツが1.40,日本が1.02,フランスが0.94となっている。
 もとより,世帯の規模や離婚率の大小だけで家族的結合の強弱を推定することはできないし,また,離婚率が直接犯罪原因につながるものとは言えないが,各国における家族の性格をうかがう一つの資料となり得るものである。
 我が国では,都市化等によるいわゆる核家族化が見られるものの,平均世帯人員はこれら各国の中で最も多く,また,離婚率も比較的低いことが特徴となっている。一方,例えば,アメリカでは,高い離婚率にもその一面が現れているように,家族的結合が弱体化しつつあることや,黒人層の都市集中に伴うスラムの形成等により全体としての社会的連帯感が弱まり,モラルの荒廃が生じている面があると言われている。
 また,我が国では,犯罪を犯すことは犯罪者個人の「恥」であるだけでなく,同時にその犯罪者の属する家族,職場,地域社会その他の集団の「恥」でもあるとする東洋的社会倫理が比較的強く支配している。更に,一般的に遵法意識が強く,一部の犯罪を除き,犯罪捜査機関に対し,情報の提供及び捜査について協力的であり,また,矯正・保護の分野での幅広い公衆参加に見られるように,国民一般の犯罪防止についての関心も高いと言える。
 我が国では,1973年から1975年までの3年間に犯人逮捕の際殉職した警察官の数は9人であるが,アメリカでは職務執行中に殺害された警察官の数はこれと同じ3年間に395人を数えている。このことは,アメリカにおける銃器の規制や警察官の犯人逮捕の方法等にも関係があると思われるが,反面,警察官等の法執行機関に対する犯罪者等の態度が,我が国では一部の犯罪者の場合を除き比較的従順で協力的であるのに対し,アメリカではどちらかと言えば反抗的であることの一つの現れと見ることもできよう。
(2) 公式の社会統制
 まず,代表的な犯罪防止及び捜査機関としての警察について,警察官の負担の面から見てみると,1975年における警察官1人当たりの人口負担は,フランスが297人,アメリカが313人,西ドイツが404人,イギリスが455人,我が国が569人となっており,我が国の警察官の負担は欧米諸国に比べても重い状態にあると言える。しかし,我が国では,警察の犯罪捜査能力が高く,また,単一の刑事司法制度の下で,警察・検察・裁判・矯正・保護の各機関が有機的,効率的に犯罪防止の機能を営んでいることが特色と言えるであろう。

I-85表 検挙率・無罪率等の比較

 試みに,各国における犯罪の検挙率及び刑事裁判の無罪率等を比較すると,I-85表のとおりである。もとより,検挙率及び無罪率等は,各国における刑事司法の法制のあり方によって影響されるところが大きいが,検挙率は前述の犯罪捜査機関に対する一般公衆の協力度にも影響される面が少なくないと思われる。どの罪名についても我が国の検挙率が高いことが注目され,警察活動の充実がうかがわれる。無罪率等については,特に,法制の相違によるところが大きいと思われるが,我が国のそれは欧米諸国のそれと比較して相当低い。なお,アメリカ,イギリスについては統計上厳密な意味での無罪率を算定し得なかったが,無罪のほか起訴取消し,予備審問手続での棄却など訴追が結果的に成功しなかった場合を含めて訴訟制度の非効率度(我が国における確定裁判人員に対する無罪・公訴棄却・免訴・管轄違いの人員の比率に近い。)を算出してみた。我が国では,1975年において,無罪率は0.02%,訴訟制度の非効率度は0.17%となっている。しかも,この非効率度の0.17%の大部分は,略式命令起訴状の不送達又は被告人の死亡を理由とする公訴棄却の裁判によるものである。刑罰の持つ犯罪の一般予防の機能は,犯人の速やかな検挙とその裁判における迅速・的確な有罪宣告によって初めて具体化される面が大きいと考えられるので,我が国におけるこの高い検挙率と低い無罪率は犯罪防止上重要な意味を持つものと言える。しかし,迅速な裁判という点から見ると,我が国では,いわゆる公安労働事件,選挙関係事件等で審理に長期間を要しているものが多く,裁判の効率を減殺していることは大きな問題である。
 暴力犯罪と銃器との関係も各国で犯罪対策上の重要課題とされている。第1節で述べたように,殺人,強盗,傷害などの暴力犯罪で銃器の用いられる割合は,アメリカを筆頭に西ドイツ,フランスでも極めて多く,比較的少ないイギリスでさえも我が国のそれを上回る状況である。
 アメリカでは,これまで有力者が銃器により殺害される事件等の発生するたびに,銃器に対する規制強化が叫ばれながら,不可欠の自衛手段としての銃器への執着や歴史的伝統などから規制に強い反対があり,また,憲法論も絡んでいるため,今なお一部の州で若干の規制が行われているにすぎず,連邦法としての規制法の成立を見るに至っていない。このように,アメリカでは銃器に対する取締りが緩やかであることが,犯罪を誘発し,凶悪化させていると言える面がある。
 イギリスでは,銃器の所持等を規制する法律として,当初,銃器等取締法(Firearms Act,1920)があったが,1960年代に入り,銃器,特に空気銃,散弾銃を用いた犯罪が増加したことから,その後銃器等取締法(Firearms Act,1968)及び刑事裁判法(Criminal Justice Act,1972)によって罰則が強化され,例えば,人に危害を加える目的で銃器を携帯し又は逮捕を免れるため銃器を用いた者は最高終身刑に処せられ,また,特定の犯罪を行う目的で銃器を携帯した者又は特定の犯罪を行った際銃器を携帯した者は最高171-\\-の拘禁刑に処せられることとされた。イギリスにおける銃器の規制は,アメリカに比べればかなり厳しいものがあり,それが両国間における銃器使用犯罪の比率の差を生じさせているものと考えられる。しかし,一定の条件でピストルの所持が認められており,空気銃が原則として許可の対象外にあることなどの点で我が国の法制と比べればなおその規制は緩やかであると言える。イギリスでは,最近における銃器使用犯罪の増加傾向に対応して,更に銃器に対する規制を強化しようとする動きがある。
 西ドイツ,フランスでは,一般的には事前許可制を採用しているものの,護身用銃砲の所持が認められている点で我が国よりも規制が緩やかである。
 このように,銃器の規制は,国により異なるが,それがその国の犯罪の動向や性質に重大な影響を及ぼしていることもまた容易に理解されよう。