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2 最近の動向 最近における窃盗発生件数の増加傾向にかんがみ,法務総合研究所においては,窃盗事犯の実態調査を実施した。
この調査は,昭和50年3月1日から同31日までの間に東京高等検察庁管内各地方検察庁本庁・支部及び区検察庁において既済となった事件について,[1]窃盗・同末遂,住居侵入・窃盗,住居侵入・窃盗未遂,常習累犯窃盗の罪名により,[2]起訴又は不起訴処分になったもので,[3]既済時,被疑者又は被告人が満20歳以上の成人であったもの,合計1,950人を対象とするものである。 まず,調査結果のうち,基礎的なデータを次に掲げておく。 [1] 罪名では,窃盗が90.8%,住居侵入・窃盗が3.3%,常習累犯窃盗が2.8%,などとなっている。 [2] 性別では,男子が80.7%,女子が19.3%である。 [3] 犯行時の年齢では,20歳以上30歳未満が48.9%を占め,30歳以上40歳未満が29.1%,40歳以上50歳未満が14.6%,50歳以上60歳未満が4.6%となっている。 [4] 犯行時の職業では,有職者が58.9%,無職者が41.1%であるが,比較的多い職種は,土木建築関係労働者の12.6%,工員の11.2%などとなっている。 以下,統計資料及びこの調査の結果に基づいて最近における窃盗の実態について述べることとする。 I-67表は,前述の1,950人について,犯行時における就労状況を見たものである。就業者(「家事などのほか仕事」,「通学の傍ら仕事」,「仕事を休んでいた」を含む。)が56.9%を占めて最も多いが,仕事を探していた者も17.4%あることが注目される。また,家事の12.0%は家庭の主婦による犯行を,通学の1.6%は学生の犯行を意味する。学生の犯行が低率であるのは,本調査が満20歳以上の成人のみを対象としているためである。 I-67表 窃盗犯の就労状況別構成比 次に,同じ対象者1,950人について,犯行の主たる動機・原因を見たのが,I-68表である。最も多いのは,出来心(32.5%)で,遊興飲食(28.6%)がこれに次いでおり,この両者だけで61.1%を占める。これなこ対し,従来窃盗の動機として代表的なものと考えられていた生活苦は13.4%にとどまっている。I-68表 窃盗の動機・原因別構成比 ちなみに,警察庁の統計によると,我が国の犯罪現象が深刻な様相を示していた昭和24年及び25年においては,窃盗検挙人員(少年を含む。)の犯行原因中に占める「失業及び貧困」の割合は,24年が23.2%,25年が24.6%となっていた。50年の成人窃盗犯に関する本調査において,「生活苦」の占める割合が低率であることは,窃盗の動機における経済的要因の比重が,成人についてもかなり軽くなっていることを示すものであろう。次に,同じ対象者1,950人について,犯行の手口を見ると,I-69表のとおりである。「万引き」が最も多く23.5%を占め,「その他の侵入窃盗」の18.6%,「空き巣ねらい」の10.4%などがこれに続いている。「オートバイ・自転車盗」は,最近の窃盗発生件数中ではかなりの高率を示しているが,本調査では6.4%にすぎず,そのため,他の手口の占める比率が高くなっている。これは,この種の犯行をすることの多い少年が除外されていることに主たる理由があると考えられる。 I-69表 窃盗の手口別構成比 そこで,警察庁の統計によって,最近5年間における全国の窃盗発生件数について,その手口別内訳を見ると,I-70表のとおりである。昭和50年では,「オートバイ・自転車盗」が22.6%で最も多く,「その他の侵入窃盗」の16.9%,「空き巣ねらい」の15.2%,「万引き」の10.1%などがこれに続いている。おおむね増加傾向にあるのは,「オートバイ・自転車盗」と「万引き」である。I-70表 窃盗の手口別発生件数(昭和46年〜50年) 以上のような検討の結果によると,最近における窃盗発生件数の増加は,「オートバイ・自転車盗」や「万引き」といった比較的軽微な事犯の増加によるところが大きく,また,犯行の動機・原因を見ても,「出来心」や「遊興飲食」が過半数を占め,「生活苦」を理由とするものは比較的少なくなっていると言うことができる。その時代的背景としては,販売業務の省力化に伴ってスーパーマーケットなどセルフサービス販売方式の店舗が増加したこと,青少年の間にオートバイ熱が高まり,その台数が増加していること,住宅の郊外分散やいわゆるバイコロジーの流行によって自転車が増加するとともに,駅前等に放置されるものも多くなっていること等を挙げることができる。このような事情は,「万引き」や「オートバイ・自転車盗」の機会を増加させるものであり,最近におけるこの種犯行の増加の一因であろう。 いわゆる石油ショック以来の不況が最近の窃盗の動向に何らかの影響を与えているか否かについては,なお検討を要するところであるが,調査結果によって見る限り,犯行の動機・原因としては,「出来心」や「遊興飲食」などが多く,「生活苦」は比較的少ないと認められる。これに,失業率もさほど高くなっていないこと等の事情を考え併せると,窃盗の動向に対するその影響は,仮にあるとしても,さほど大きいものにはなっていないと思われる。ちなみに,我が国の失業率を見ると,諸外国に比べて一般に低率であり,昭和37年から41年までは1%以下の状態が続き,42年から49年までは1.1%から1.4%の間を上下し,50年にはやや増大したが,なお1.9%にとどまっている。 窃盗の最近の動向にかんがみると,今後におけるその動きについては,景気の好・不況といった経済的側面からはもちろん,犯行の機会の増加や規範意識の希薄化等の社会的側面からも考察する必要があるように思われる。 |