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3 国際比較 我が国における生命・身体犯の動向を概観してきたが,更に,その推移と現況を比較・検討するため,アメリカ(アメリカ合衆国),イギリス(連合王国「イングランド及びウェールズ」)及び西ドイツ(ドイツ連邦共和国)における生命・身体犯の動向を見ることとする。各国は,それぞれ,統計の方法を異にし,基礎となる犯罪の種類や要件に差異があるので,統計上の数字から,直ちに正確な犯罪現象の比較を期待することはできないが,大まかな比較と一般的なすう勢のは握はできると思われる。
(1) 犯罪動向の比較 まず,1965年から1974年までの日本を加えた各国における殺人及び傷害の発生件数,その発生率(人口10万人当たりの犯罪発生件数),検挙率(犯罪発生件数に対する犯罪検挙件数の百分比)を中心に,各国別の推移を示したのが,I-59表,I-60表,I-61表及びI-62表であり,各国における殺人及び傷害の発生率の推移を図示したのが,I-13図である。以上の各表にいう総数は,我が国における業過を除く刑法犯,アメリカにおける指標犯罪,イギリスにおける要正式起訴犯罪,西ドイツにおける重罪・軽罪刑法犯(ただし,交通に起因する過失致死傷などの交通犯罪及び国家防衛法違反を除く。)についての発生件数の総数である。
I-59表 アメリカにおける生命・身体犯の推移(1965年,1967年,1969年,1971年,1973年,1974年) I-60表 イギリスにおける生命・身体犯の推移(1965年,1967年,1969年,1971年,1973年,1974年) I-61表 西ドイツにおける生命・身体犯の推移(1965年,1967年,1969年,1971年,1973年,1974年) I-62表 日本における生命・身体犯の推移(1965年,1967年,1969年,1971年,1973年,1974年) I-13図 殺人・傷害発生率の推移(1965年〜1974年) 各国におけるこれらの犯罪の発生件数の総数について見ると,アメリカ,イギリス,西ドイツでは,1974年において1965年に比べると,いずれも増加している(ちなみに,イギリスについて1973年に見られる顕著な減少は,その年から自動車窃盗を除く5ポンド以下の窃盗が統計上除外されるようになったことによる。)。これに対し,我が国では0.9倍と若干の減少さえ見られる。また,これらの犯罪の総数における検挙率を見ても,アメリカにおいて極めて低く,我が国において高いことが注目される。そこで,殺人について各国における発生件数,発生率及び検挙率の推移を検討してみることとする。試みに,1965年の発生件数・発生率をそれぞれ100とする指数によってその推移を見ると,1974年において,最も犯罪の増加率の高いのはアメリカであり,発生件数で209,発生率で190となっている。また,イギリスは,発生件数で176,発生率で169と増加し,西ドイツも,発生件数で170,発生率で161となっている。一方,我が国では,これとは逆に,若干の起伏を示しながらも減少傾向にあり,1974年において,発生件数で84,発生率で74となっている。また,殺人の検挙率を比較してみても,我が国は,1965年以降おおむね95%以上を維持しているのに対し,アメリカは,1965年に91%であったのに逐年低下し,1974年には80%となっている。しかし,イギリス,西ドイツは,いずれも約92%から約95%の検挙率を維持している。 次に,傷害について同様の比較・検討をしてみよう。1974年において最も増加率の高いのはイギリスであり,発生件数で260,発生率で252となっているが,これは主として軽傷害(malicious wounding)の増加が著しいことによるものと思われる。次いで増加の激しいのはアメリカであり,発生件数で219,発生率で201となっている。また,西ドイツは,発生件数で122,発生率で117となっている。これに対して,我が国では殺人の場合より更に減少率が著しく,1974年において,発生件数で64,発生率で57となっている。 以上を要約すると,1965年から1974年までの間に,アメリカ,イギリス,及び西ドイツの諸外国においては,いずれも主要犯罪の発生が増加傾向にあり,また,生命・身体犯を代表する殺人及び傷害も増加しているのに対し,我が国においては,業過を除く刑法犯の総数,並びに殺人及び傷害がすべて減少傾向にあると言うことができる。殊に,犯罪の増加率と検挙率との関係が,アメリカと我が国とでは極めて対照的である点が注目される。 このように,諸外国が,この種犯罪の増加に悩まされ,特に都市における治安情勢の悪化を問題としているときにおいて,同じく自由社会に属しながら,我が国においてだけなぜ犯罪が減少しているのであろうか。その原因は必ずしも明らかではないが,先に述べた犯罪の増加率と検挙率との関係だけから見ても,我が国では,殺人事件等の犯罪における高い検挙率に現れているように,警察その他の犯罪捜査機関が有効に機能して犯罪摘発の効果を上げ,また,真に処罰されるべき犯罪者に対し適正な刑罰権の行使があり,そこから生ずる犯罪の一般予防的効果がこの種犯罪減少の一つの大きな要因となっていると言ってよいであろう。 (2) 殺害手段の比較 次に,これら生命・身体犯について諸外国と我が国との間に何らかの質的差異があるかを検討するため,我が国とアメリカ及びイギリスにおける殺人の手段・方法を比較したのが,I-14図である。まず,殺人事件において何らかの凶器が使用されたものの比率を見ると,アメリカでは90%以上を占めているのに対し,我が国及びイギリスではいずれも90%以下となっている。特に,殺人事件において銃器が凶器として使用される比率は,アメリカでは67.9%となっており,我が国の5.3%と対照的に極めて高い比率を示している。これは,我が国における銃砲の規制及び取締りがアメリカなどに比較して厳重であることを示すものであろう。一方,刀剣類その他の刃物が凶器として使用される比率を見ると,我が国では53.6%と極めて高率であるが,イギリスでは27.5%,アメリカでは17.6%にすぎない。なお,イギリスにおいて爆発物による殺人が7.9%と相当高率を示しているのは,1974年に同国で爆発物を使用するテロ事犯が発生したためである。刀剣類等の刃物を使用する殺人の比率が我が国において高いということは,看過し得ない点である。また,我が国の殺人事件における凶器使用状況について,最近の推移を見ると,銃器使用事犯の割合がアメリカなどに比べれば少ないとはいえ,国内的には昭和44年以降わずかずつ多くなってきており,今後の犯罪対策上警戒な要する点であろう。
I-14図 殺人罪における殺害手段の国際比較 |