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 昭和51年版 犯罪白書 第1編/第2章/第2節 

第2節 被害の実態

 昭和49年8月,過激派グループが三菱重工本社ビルを中心とする丸の内ビル街を爆破し,多数の死傷者を出したことは,まだ世人の記憶に新しいところである。こうした爆発物事犯の被害者に限らず,殺人や傷害などの暴力犯罪によって被害を受けた者の数は少なくなく,これらの被害者に対して何らかの救済措置をとるべきであるとする議論が高まりつつある。ところで,不法行為に対する民事上の損害賠償制度は,犯罪の被害に関する限り,犯人に賠償能力がないことなどから十分に機能していないのが実情であり,そのため,犯罪被害者の中には何らの救済も受けられないで生活に困窮し,悲惨な状態に追いやられているものも見受けられる。一方,犯罪者に対する処遇のあり方を見ると,近年,自由刑の執行方法の人道化,更生保護の強化など,刑事政策の実施のためにかなりの国費が使われており,犯罪者の人権は制度的に保障されていると言える。このような犯罪被害者の現状と犯罪者処遇の実情との間にある不均衡を是正し,国家が犯罪被害者又はその遺族に対し被害の補償をしようとするのが犯罪被害者補償制度の目的である。
 諸外国でも,1963年にニュージーランドにおいて犯罪被害者補償制度が採用されて以来,イギリス,スウェーデン,オーストリア,フィンランド,オランダ,西ドイツ及びアメリカの諸州でこの制度が実施されており,フランス等においても立案の段階にある。また,1974年9月にハンガリーのブタペストで開催された国際刑法学会の第11回国際刑法会議においても,被害者補償の問題が取り上げられ,討議が行われている。このように,犯罪被害者補償制度の問題は,国内的にも国際的にも重要な問題となっている。犯罪により個人が受ける被害のうち一般的なものは,生命・身体の被害と財産上の被害である。諸外国の犯罪被害者補償制度の中には,ニュージーランドの制度のように極めて広範囲に,被害があれば原則として補償することとしているものもあるが,一般的には,補償対象とされる被害の範囲は,暴力事犯により生命・身体に被害を受けた場合に限られている。これは,犯罪による被害の中でも,特に生命・身体犯による被害は,被害者やその遺族に対して与える影響が大きいことなどによるものである。
 以上述べたような状況にかんがみ,生命・身体犯が社会に及ぼす影響を明らかにすることは,現時点における刑事政策の運用上極めて重要であると考えられる。こうした観点から,法務総合研究所では,故意の犯罪行為によって被害者が死亡し又は傷害を負った事件を対象として被害者等の実態調査を実施した。対象とした事件は,殺人,傷害などの故意犯のほか強姦致死傷,傷害致死などの結果的加重犯を含む生命・身体犯で,昭和48年以前に全国の地方裁判所で判決言渡しがあり,同年中に判決が確定した事件について,被害者が死亡している事件(以下「死亡事件」と略称する。)は二分の一,被害者が傷害を負っている事件(以下「傷害事件」と略称する。)は十分の一の比率で無作為に抽出した合計917件の事件である。調査は二つの方法によって行われている。第一の調査は,上記の917件の対象事件について,検察庁保管の確定事件記録に基づき調査したものである。第二の調査は,第一の調査を補充する趣旨のものであり,対象事件の中から同一家族間における犯罪,傷害の程度が軽微なもの,被害者や遺族が死亡,居所不明などのため調査困難なものを除いた合計200件について,直接被害者又はその家族に対して実態調査を行ったものである。調査結果の分析の便宜上,対象事件を傷害事件(565件)と死亡事件(352件)に分けて記述する。