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 昭和49年版 犯罪白書 第1編/第3章/第1節/2 

2 社会変動と犯罪発生との関連

(1) 窃盗

 戦後における窃盗の発生率の推移は,I-75表にみるとおり,おおむね下降の一途をたどっている。また,窃盗が全刑法犯中に占める割合は,昭和25年66.8%,30年71.5%,35年69.4%,40年64.1%,45年53.8%と下降してきたが,48年は56.3%と若干上昇を示した。更に,発生件数について業務上(重)過失致死傷を除いた刑法犯のうち窃盗の占める割合をみると,25年67.2%,30年73.6%.35年75.3%,40年76.4%,45年81.3%,48年82.0%と一貫した上昇傾向を示している。これからみると,窃盗の発生率の推移は,業務上(重)過失致死傷を除いた刑法犯発生率の推移を方向づける主要な要素であるとみることができよう。
 窃盗の発生状況を,おおむね5年間隔で都道府県別に検討し,発生率の高い地域及び低い地域を選び出したのが,I-76表である。また,そのうち4時期について全国の発生率を図示したのが,I-17図である。

I-76表 年次別都道府県別窈盗発生率(昭和25年,30年,35年,40年,45年,48年)

I-17図 都道府県別窃盗発生率の推移(昭和25年,35年,45年,48年)

 これによると,各年次を通じて高率の発生を示すのは,東京,神奈川,大阪,山口,福岡であり,昭和35年以降は北海道,高知もこの群に加わっている。他方,おおむね各年次を通じて発生率が低いのは,東北地方の岩手,山形,秋田,日本海に面した裏日本地方の新潟,富山,石川,福井,島根,中央地帯の長野及び近畿地方の奈良である。大工業都市を含む都府県に窃盗が多く発生し,第一次産業を主とする地域に少ない傾向がみられるようである。もっとも,多発地域における発生率の低下は,発生率の低い地域における発生率の低下よりも著しい傾向がみちれる。
 このような現象がいかなる社会的条件と関連をもつかが問題であるが,前記研究が多くの社会現象を示す諸情報と犯罪発生率との関連を検討して得た中間的な所見によると,窃盗の発生には,失業率,離婚率,自殺率,生活保護率の高さ,持ち家率の低さなどから抽出される「社会生活の不安定性」ないし「社会病理」にかかわる要因が促進的に働き,また,総教育費,建設事業費,簡易保険契約額,1人当たり畳数,病床率,自動車保有車両数などから抽出される「経済的豊かさ」にかかわる要因が抑制的に働いており,このような促進要因が強く抑制要因が弱い社会的背景を有する地域,時期において多く発生するとされている。すなわち,窃盗は,個人個人が経済的及び精神的に安定し,安心して生活ができるかどうかに関連するような要因にかかわって発生するといえよう。

(2) 詐欺

 戦後の詐欺の発生率は,I-75表にみるとおり,昭和25年まで上昇し,その後下降に転じ,ほぼ一貫して下降している。
 しかし,都道府県別にみると,この推移は必ずしも一様ではない。前同様の6時期について,詐欺の発生率の多い地域と少ない地域とを挙げると,I-77表のとおりである。

I-77表 年次別都道府県別詐欺発生率(昭和25年,30年,35年,40年.45年,48年)

 詐欺の発生率は,全般を通じて,東京,鳥取,岡山,宮崎において高く,茨城,千葉,三重,滋賀,奈良,徳島,鹿児島において低くなっている。これを年次的にみると,[1]栃木,群馬,埼玉の関東3県及び九州地方の熊本は,昭和30年まで発生率の高い群に属していたが,その後発生率の低い群に転じている。[2]九州地方の福岡は30年まで,宮崎は40年まで発生率の高い群に属していたが,その後この群から離脱している。[3]秋田,山形の東北2県は,25年は発生率の低い群に属していたが,35年に発生率の高い群に転じている。[4]三重,滋賀の近畿東部の2県も全体的に発生率の低い群に属するが,三重は45年に発生率の高い群に転じ,滋賀はこの群に転じないものの40年以降発生群の低い群から離脱している。このうち[3]の東北2県の変化と[4]の近畿東部2県の変化を比較すると,東北2県は40年までおおむね同じ水準で推移しその後急激に下降しており,近畿東部2県は始めから低くあまり変化していないという相違がみられる。
 これらをまとめると,詐欺は,[1]一般に経済力の豊かな府県ほど早い時期に発生率が下降に転じており,[2]経済圏・文化圏を同一にすると思われる県に類似した発生現象がみられるといってよいであろう。このことは,詐欺が「経済的豊かさ」にかかわる諸要因と深い関連をもち,経済力の乏しい地域,時期に発生しやすいことを示すと同時に,犯罪発生率の地域的分析において,いわゆる地方ブロック内に類似性のあること,その時間的推移に一定のパターンのあることを示している。

(3) 殺人

 戦後における殺人の発生率は,I-75表にみるとおり,昭和25年をピークとし,若干の起伏をみせながら,全体的には下降の傾向を示している。更に,発生件数について全刑法犯のうち殺人の占める割合をみると,25年0.20%,30年0.21%,35年0.18%,40年0.14%,45年0.10%,48年0.12%であり,一般に極めて低い上に,おおむね下降傾向を示している。また,業務上(重)過失致死傷を除いた刑法犯のうち殺人の占める割合をみても,25年0.19%,30年0.21%,35年0.19%,40年0.17%,45年0.15%,48年0.17%と,やはり下降の傾向を示している。
 前同様の6時期について殺人の発生率の高い地域と低い地域を挙げると,I-78表のとおりである。発生率の高い県は,主として,九州地方(福岡,長崎,佐賀,熊本,宮崎),四国地方(愛媛,高知),中国地方(広島,山口),関西地方(大阪,兵庫,和歌山)の一部に集中しており,これに対し,東北地方(山形,宮城,福島),日本海に面した裏日本地方(新潟,富山,石川,福井,島根)及び長野などにおいて,発生は低率となっている。一般に,関西以西に多く発生し,東北,北陸に少ないといえる。各地域とも全国的推移と同様の減少傾向を示しているが,このうち九州地方の福岡,長崎,熊本,佐賀の4県は,昭和35年ないし40年ころからの減少が著しい。

I-78表 年次別都道府県別殺人発生率(昭和25年,30年,35年,40年,45年,48年)

 このような現象がいかなる社会的条件と関連をもつかについて,前記研究の示すところによると,殺人では,(1)で述べた「経済的豊かさ」にかかわる要因と,図書館利用者率,持ち家率その他から抽出される物質的豊富以外の安定した生活・文化環境の要因が相互に関連しながらその発生を抑制し,また,離婚率,自殺率,生活保護率,興行場入場者率などから抽出されるいわゆる「文化的影響面の大きい社会病理」にかかわる要因がその発生に関連するとされている。

(4) 傷害

 戦後における傷害の発生率は,I-75表にみるとおり,昭和25年までかなり急激に増大し,以後やや増加の速度をゆるめながら上昇したが,33年をピークに下降し始め,その後下降を続けている。
 前同様の6時期について傷害の発生率の高い地域と低い地域を挙げると,I-79表のとおりである。

I-79表 年次別都道府県別傷害発生率(昭和25年,30年,35年,40年,45年,48年)

 地域的には,九州地方(熊本,長崎,福岡,宮崎),東京,大阪などにおいておおむね各年次を通じて高い発生率を示し,一方,中部地方(岐阜,愛知,福井,長野,新潟,富山),近畿地方の三重などにおいておおむね各年次を通じて低い発生率を示している。また,これらの各地域とも,全国的推移とほぼ同様に,昭和30年又は35年をピークとして以後下降傾向を示している。しかし,全国的推移の動向と多少ずれる地域もある。宮崎の下降は著しく,48年では発生率の高い群から離脱しており,一方,北海道,大分は全国的推移より減少が緩慢で,発生率の順位からみて35年以降上位に進出している。
 このような現象と社会的条件との関連について,前記研究の指摘するところによると,傷害では,(1)で述べた「経済的豊かさ」にかかわる要因や,青年人口比,県民個人所得,工業製造品出荷額その他から抽出される「生産力又は潜在的生産力の高さ」にかかわる要因が,相互に関連しながら,その発生に対し抑制の方向に働くとされている。

(5) 強姦

 戦後における強姦の発生率は,I-75表のとおりであるが,昭和33年の刑法一部改正によって二人以上現場で共同して犯す強姦が告訴がなくても処罰されることとなったため,同年を境とする特異な経過を示している。すなわち,その発生率は,26年ごろからおおむね横ばいであったが,33年に一挙に急上昇し,その後41年まで高率を維持した後42年から次第に下降している。
 前同様の6時期について強姦の発生率の高い地域と低い地域を挙げると,I-80表のとおりである。地域的には必ずしも全国的推移と同様の推移を示していない。例えば,愛知は昭和25年には発生率の高い群に属していたが30年以降発生率の低い群に転じ,山梨は45年までおおむね発生率の高い群に属していたが48年には発生率の低い群に転じている。この2県は他の地域より発生率低下の程度が著しいためにこのような変化を示したものである。富山は25年と30年に発生率の低い群に属していたが,その後上昇して45年には発生率の高い群に転じ,48年には再び低率群にもどっている。香川もこれとやや似た推移を示し,25年に発生率の低い群に属していたが,その後上昇して35年,40年には高率群に転じ,その後は高率群から離脱している。福井は25年から45年まで低率群に属していたが,他の地域と異なり40年以降もむしろ増加の傾向にあり,48年には逆に高率群に入った。高知及び鹿児島も減少傾向が他地域より緩慢であったり,時に増加しているため,高知は35年から高率群に入り,48年には両県で1位,2位を占めるに至った。一方,北海道,群馬,埼玉,福岡は,おおむね全国的推移と平行した推移をたどりながら,常に高い発生率を示し,逆に,石川,島根,京都,岐阜は,おおむね全国的推移と平行した推移をたどりながら,常に低い発生率を保っている。

I-80表 年次別都道府県別強姦発生率(昭和25年,30年,35年,40年,45年,48年)

 これらの多様な推移の中にも地域的に共通性も認められる。北海道,福島,関東地方の群馬,栃木,埼玉,瀬戸内海沿岸の岡山,香川などが概して強姦の多発地帯とみられ,一方,日本海に面した裏日本の石川,島根及び中央地帯の岐阜,長野は強姦の少ない地帯を形成しているとみられよう。この事実は,強姦の発生状況を,その地域性に着目して考える場合に,その地域の習俗,歴史などとのかかわりにも配慮を払う必要のあることを示唆するものである。
 強姦の発生状況と社会的条件との関連について,前記研究は,警察官率,道路延長率,新聞頒布部数,医師率その他から抽出される「非産業的,文化的な都市性」にかかわる要因が強姦の発生に対して抑制的に作用していると指摘している。

(6) 業務上(重)過失致死傷

 業務上(重)過失致死傷は,そのほとんどが自動車による人身事故事件であるが,この犯罪は,[1]戦後において発生率の上昇が著しいこと,[2]全刑法犯の発生件数中に占めるその割合が高いこと,[3]殺人,強盗殺人,強姦致死及び火災事故による死亡等の合計をはるかに上回る死亡者を出していること等の理由から,その推移には,特に注目すべきものがある。
 戦後における業務上(重)過失致死傷の発生率の全国的推移は,I-75表のとおりであり,昭和20年代後半から上昇傾向にあったが,38年からその上昇傾向が更に著しくなり,45年にピークに達した後,46年から下降に転じている。全刑法犯発生件数中に占める業務上(重)過失致死傷の割合は,25年0.6%,30年2.9%,35年7.8%,40年16.1%,45年33.9%,48年31.3%となっており,45年までの急激な上昇傾向とその後の下降傾向がここでもみられる。
 前同様の6時期について業務上(重)過失致死傷の発生率の高い地域と低い地域を挙げると,I-81表のとおりであり,そのうちの4時期について全国の発生率を図示したのが,I-18図である。これによると,おおむね各年次を通じて高率の発生を示すのは,福岡,佐賀であり,他方,おおむね各年次を通じて発生率の低いのは東北地方の青森,秋田,山形と山陰地方の島根である。東京も概して発生率の低い方である。始め発生率が低く,後から高率群に加わる府県に愛知,和歌山,広島,福井,石川,徳島,滋賀,京都がある。このうち,愛知及び和歌山は昭和25年には低率群に属していたが30年には高率群に転じ,石川は35年の低率群から45年の高率群に,徳島は40年の低率群から48年の高率群にそれぞれ転じている。滋賀,広島,京都,福井はもともと低率群に属していたわけではないが,途中からの増加が著しく,滋賀,広島は35年に,京都,福井は40年にそれぞれ高率群に加わった。このようにして途中から高率群に加わった府県の中にも,全国的推移と軌を同じくして,48年には高率群から離脱したものもあり,大阪,滋賀,岡山がこれに当たる。また,愛知はもう少し早く高率群から離脱している。一方,最近の全国的推移とは逆に上昇傾向を示し,48年に至って低率群から離脱した県もあり,新潟,鹿児島がこれに当たる。

I-81表 年次別都道府県別業務上(重)過失致死傷発生率(昭和25年,30年,35年,40年,45年,48年)

I-18図 都道府県別業務上(重)過失致死傷発生率の推移(昭和25年,35年,45年,48年)

 このように,地域によって業務上(重)過失致死傷の発生の推移は多様であるが,その状況は詐欺におけるとおおむね逆の動向にあることがうかがわれる。業務上(重)過失致死傷の発生状況と社会的条件との関連については,前記研究は,その地域の経済的発展,工業開発の進度に応じて発生も増加しており,この点についても詐欺の場合と対照的であることを指摘している。しかし,最近の下降傾向をみると,その発生には何らかの別の要因(例えば交通事情の飽和状態や対策上の改善・規制など)が抑制的に働くことも考えあわせる必要がある。
 犯罪発生状況の推移は,罪名により,年次により,地域によって多様であって一律には論じられないが,その多様性の中にも共通した面を見いだすことができる。例えば,業務上(重)過失致死傷の発生が経済的発展とかなりの関連をもっていると推定されるように,その他の犯罪も,それぞれ経済的,社会的,文化的条件によってその発生の推移に影響を受けているものと思われる。本節では,昭和25年以来の時間的展望と都道府県単位の地域的展望に基づいて,上述のような分析を行ったが,それから得られた所見は,次のようにまとめることができよう。すなわち,犯罪には,経済開発,特に工業開発がまず一次的に発生を促進すると思われるような犯罪(例えば業務上(重)過失致死傷),経済開発が進行する過程で社会構造の病理的な面が生ずるのと平行して増加すると思われるような犯罪(例えば窃盗,詐欺),より文化的,精神的な要因に関連して発生が促進されると思われるような犯罪(例えば殺人,傷害,強姦)などがあり,罪種によって社会的条件の影響の受け方が異なるといえるように思われる。また,発生率が上昇から下降に転ずる時期が犯罪によって異なることから,地域社会の変動の過程の中で,それぞれの犯罪の発生が,社会構造の種々の面において,時期を異にしながら影響を受けることも看取できる。そして,経済開発,人口移動,社会構造の変化などが,地域的に進行し,それに伴っていわゆる犯罪のドーナツ化現象・拡散現象が各犯罪ごとに発生しつつ,これらが複合して,全国的な犯罪発生の推移が形成されているものと考えられる。