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 昭和48年版 犯罪白書 第2編/第1章/第3節/2 

2 長期の裁判

 まず,昭和42年から46年までの5年間について,各年末現在の裁判所別未済総人員及び係属2年を超える未済人員をみると,II-33表のとおりである。これによって46年における係属2年をこえる未済人員数をみると,実数は,各裁判所とも前年より増加しており,これが未済総人員中に占める割合も,簡易裁判所の場合を除き,いずれの裁判所においても増加を示している。II-4図は,昭和42年から46年までの5年間について,地方裁判所における未済総人員,係属2年を超えるものの人員及びそれが未済総人員中に占める割合の推移をみたものであるが,未済総人員は,昭和44年以降増加しており,係属2年を超えるものの人員も逐年増加し,46年には9,166人となり,未済総人員中に占める割合も19.6%に達している。

II-33表 裁判所別未済総人員及び2年を超える長期係属人員の推移(昭和42年〜46年)

II-4図 地方裁判所における未済総人員及び2年を超える長期係属人員の推移(昭和42年〜46年)

 次に,昭和46年12月31日現在の係属2年を超える未済事件について,その審理期間の分布を百分率にして裁判所別に示すと,II-34表のとおりである。これによって裁判所別に,審理期間が5年を超えるものの比率をみると,最高裁判所が3.3%,高等裁判所が26.5%,地方裁判所が31.3%,簡易裁判所が52.7%となっており,地方裁判所と簡易裁判所の審理期間の分布を対比してみると,簡易裁判所の場合の方が,審理期間の長いものの占める割合が大きいことが目立っている。

II-34表 2年を超える長期係属事件の審理期間(昭和46年12月31日現在)

 ところで,公判審理が長期化する事由はどのようなものであろうか。長期間裁判所に係属している事件は,おおむね次の二つに大別することができる。すなわち,その一は,被告人の逃亡,所在不明,疾病,心神喪失等の事由により事実上審理を行うことができない状態にあるものであり,その二は,事案が複雑であることその他の実質的理由により,審理が長期にわたっている場合である。
 そこで,最近5年間の2年を超える長期係属人員について,その長期化の事由別の内訳を,各裁判所別にみてみると,II-35表のとおりである。これによると,逃亡等の理由によるものは,各裁判所ともおおむね減少の傾向を示しているが,事案複雑等の理由によるものは,昭和46年は,各裁判所とも前年より増加しており,殊に,地方裁判所の場合は,事案複雑等の理由によるものが43年以降実数において逐年増加するとともに,その全体に占める割合も増加してきていることが注目される。次に,II-5図は,昭和46年末現在で,全国の高等裁判所,地方裁判所,簡易裁判所において,被告人の逃亡等によって長期化した事件の内訳をみたものである。これによると,逃亡等を理由とする係属2年を超える長期係属人員総数2,221人のうち,保釈中逃亡・所在不明によるものが最も多く全体の47.2%を占め,勾留執行停止中逃亡・所在不明によるものが4.2%,その他の逃亡・所在不明によるものが28.1%,疾病・心神喪失によるものが18.8%,相被告人の逃亡又は疾病によるものが1.7%となっており,逃亡・所在不明によるものが全体の約8割を占めているが,そのうちでも,保釈及び勾留執行停止中の逃亡所在不明が全体の約5割を占めている。

II-35表 2年を超える長期係属事件の長期化事由別内訳(昭和42年〜46年)

II-5図 逃亡・所在不明,疾病,心神喪失を理由とする長期係属人員の構成比(昭和46年)

 ところで,最高検察庁の調査によると,昭和47年12月31日現在で,係属5年以上の通常第一審未済人員の総数は,2,704人であるが,これを被告人の逃亡等の理由によるものと,事案複雑等の理由によるものに大別してみると,II-36表のとおりである。これによると,係属5年以上の未済人員総数のうち,被告人の逃亡等の理由によるものが1,402人(51.8%),事案複雑等の理由によるものが1,302人(48.2%)となっているが,これをII-35表による昭和46年末の通常第一審における係属2年を超える未済人員についての数と対比してみると,当然のことながら,被告人の逃亡等の理由によるものの占める割合が高くなっている。次に,未済期間別の内訳をみると,5年以上10年未満のものが1,718人で全体の63.5%を占め,次いで,20年以上の16.0%,10年以上15年未満の12.5%,15年以上20年未満の8.0%の順となっている。また,係属10年以上の未済人員の累計986人について,事由別内訳をみると,90.3%に当たる890人が被告人の逃亡等の理由によるものであり,事案複雑等の理由によるものは,96人にすぎない。なお,被告人の逃亡等を理由とする係属5年以上の未済人員総数1,402人のうち,外国人の事件が366人あり,総数の26.1%に達していることが注目される。

II-36表 通常第一審における5年以上の長期係属事件の事由別審理期間(昭和47年12月31日現在)

 次に,公安労働事件についてみると,昭和47年12月31日現在で係属5年以上の通常第一審未済人員は305人で,このうち,被告人の逃亡等の理由によるものが17人(5.6%),事案複雑等の理由によるものが288人(94.4%)となっており,公安労働事件では,被告人の逃亡等の理由による長期係属事件は比較的少ない。未済期間別の内訳をみると,5年以上10年未満のものが85.9%,10年以上15年未満のものが10.8%,15年以上のものが3.3%となっている。
 次に,係属5年以上の未済人員総数2,704人について,遅延事由別内訳をやや詳細にみると,II-37表のとおりである。これによると,被告人の逃亡・所在不明によるものが最も多く総数の44.8%を占めており,以下事案複雑によるものが36.8%,訴訟進行の紛糾によるものが12.6%,裁判官更迭・部の構成の変更によるものが10.4%,被告人の病気によるものが9.9%,弁護人多忙・変更によるものが9.7%の順となっている。最も多い被告人の逃亡・所在不明によるものの半数程度は,保釈中の逃亡・所在不明によるものとみてよい(II-5図参照)。このことについて保釈制度の運用上注目を要することは,前述したとおりであるが,各検察庁においては,従来から保釈中の逃亡・所在不明者について,その所在捜査に努力してきている。ちなみに,東京地方検察庁では,特別執行課員がこの仕事に従事しているが,昭和43年から47年までの5年間に保釈取消決定及び勾留執行停止取消決定に基づき収監指揮がなされた人員の累計は299名で,昭和47年末までに,このうち222名が収監されている。

II-37表 5年以上の長期係属事件の長期化事由(昭和47年12月31日現在)

 また,公安労働事件について長期化事由をみると,訴訟進行の紛糾によるものが186人(61.0%),弁護人の多忙・変更によるものが78人(25.6%),事案複雑によるもの24人(7.9%),被告人逃亡・所在不明によるもの13人(4.3%)の順となっており,訴訟進行の紛糾がこの種の事件の長期化の大きな原因となっていることが分かる。
 次に,最高裁判所事務総局刑事局の資料によって,事案複雑等を理由とするものの細目についてみることとする。II-38表は,昭和46年末現在の地方裁判所における係属3年を超える未済事件のうち,事案複雑等を理由とするもの823件について,審理長期化の事由をみたものである。これによると,証人調べに日時を要したものが76.9%を占めて最も多く,訴因多数が24.3%,被告人多数が12.8%,証拠の閲覧・謄写に長時間を要すが11.2%,計算関係複雑が10.4%となっている。

II-38表 地方裁判所における審理長期化の事由(昭和46年12月31日現在)

 最後に,公判が長期化する事件にはどのような罪種のものが多いかをみることとする。II-39表は,昭和47年12月末現在の通常第一審における係属5年以上の未済人員のうち,事案複雑等の理由によるもの1,302人について,罪名別にその内訳を示したものである。まず,刑法犯(準刑法犯を含む。)と特別法犯(道路交通法違反を含む。)についてみると,刑法犯が820人(63.0%),特別法犯が482人(37.0%)となっており,公判請求された者のうちに占める特別法犯の割合が,例年おおむね10%台であることを考慮すると,特別法犯の占める割合が高いことが注目される。罪名別に構成の割合をみると,公職選挙法違反の239人が最も多く,係属5年以上未済事件総数1,302人中の18.4%を占め,次いで,詐欺の13.0%,暴力行為等処罰に関する法律違反の6.3%,傷害・同致死の5.5%,収賄,贈賄の5.1%,公務執行妨害の5.0%,関税法違反の4.8%の順となっている。もっとも,関税法違反,法人税法違反,所得税法及び物品税法違反の合計は111人で,租税犯罪全体では総数の8.5%になる。

II-39表 通常第一審における5年以上の長期係属事件の罪名別審理期間(昭和47年12月31日現在)

 次に,公安労働事件を除いた係属5年以上の未済事件について,刑法犯と特別法犯の罪名別比率を円グラフにしたのが,II-6図[1][2]である。まず,刑法犯についてみると,詐欺が最も多く,刑法犯全体の29.0%を占め,次いで,収賄・贈賄の11.3%,横領・業務上横領の8.3%,恐喝の7.2%の順となっている。特別法犯では,公職選挙法違反が55.3%で最も多く,次いで,関税法違反の14.6%,法人税法違反の7.2%,所得税法違反の3.2%の順となっており,これらで総数の約8割を占めている。いわゆる公安労働事件を除く長期公判係属事件では,選挙事件,贈収賄事件,租税事件が多いことを指摘することができる。また,公安労働事件について,刑法犯と特別法犯の罪名別比率をみると,刑法犯では,最も多いのが暴力行為等処罰に関する法律違反の29.8%で,以下,公務執行妨害の26.5%,傷害の26.1%,建造物侵入の10.9%の順となっており,特別法犯では,屋外広告物条例違反が総数の56.0%を占めて最も多く,公安条例違反の14.0%がこれに次いでいる。このように,公安労働事件とそれ以外の事件とでは,罪名にかなりの相違があることが分かる。

II-6図 通常第一審における5年以上の長期係属事件の罪名別百分比(昭和47年12月31日現在)

 次に,公安労働事件の公判審理の概況をみることとする。昭和47年12月31日現在の公安労働事件の公判未済総件数及び総人員数と係属2年以上の未済件数及び人員数をみると,II-40表のとおりである。地方裁判所及び簡易裁判所では,未済総人員数3,608人のうち,係属2年以上のものの占める割合は55.5%であり,昭和46年12月31日現在の地方裁判所及び簡易裁判所における未済総人員中に係属2年を超えるものの占める割合が17.7%である(II-33表参照〉のに比較すると,公判が長期化している事件が多いことが分かる。

II-40表 公安労働事件未済総数及び2年以上の長期係属事件(昭和47年12月31日現在)

 次に,II-41表は,通常第一審における昭和47年12月31日現在の係属2年以上の公安労働事件について,その審理期間の分布をみたものである。これによると,最も多いのが3年以上5年未満のもので,係属2年以上のもの全体の61.4%を占めており,次いで,2年以上3年未満のものが24.7%となっている。

II-41表 通常第一審における2年以上の長期係属公安労働事件の審理期間(昭和47年12月31日現在)

 II-42表[1]は,昭和47年6月30日現在の通常第一審における係属3年以上未済の公安労働事件について,起訴の日から第1回公判期日まで及び検察官の冒頭陳述までの期間の分布をみたものであり,同表[2]は,比較のために,昭和46年12月31日現在の地方裁判所における係属3年を超える未済事件について,受理の日から第1回公判期日まで及び検察官の冒頭陳述までの期間の分布をみたものである。これによると,公安労働事件では,受理後第1回公判期日までの期間が,通常の事件に比べて長くなっており,6月を超えるものが総数の35.1%に達している。通常の事件においては,6月を超えるものは13.8%であるので,これに比べると,第1回公判期日の遅れが目立っている。また,受理から検察官の冒頭陳述までの期間をみると,公安労働事件では,冒頭陳述の日が受理から1年を超えているものが119件で,総数(222件)の53.6%を占めているが,その内訳をみると,1年を超え2年以内のもの46件(20.7%),2年を超え3年以内のもの41件(18.5%),3年を超え5年以内のもの19件(8.6%),5年を超えるもの13件(5.9%)となっており,中には,起訴後5年以上を経過しながら冒頭陳述が未了のものが3件ある。同表[2]が示す受理後冒頭陳述までの期間の分布と対比すると,公安労働事件では,冒頭陳述までの期間の長期化が顕著である。このように,公安労働事件においては,第一回公判期日の遅延と冒頭手続における審理の空転ということが特徴的であり,この種の事件の公判審理遅延の特色ともなっている。

II-42表 受理から第1回公判期日及び冒頭陳述までの期間

 訴訟の促進は,すべての訴訟における普遍的な要請であるが,刑事訴訟においては,被告人の人権と直接のかかわりを有するだけに,格段の重要性を有しているといえよう。刑事訴訟法規には,裁判の迅速化を実現するための多くの規定が設けられている。すなわち,公判期日の遵守及びその変更避止に関する一連の規定(同法276条,277条,刑事訴訟規則179条の2の2項,179条の3ないし6,182条),公判期日に召喚を受けた者の不出頭と診断書の提出(同法278条),継続審理(同規則179条の2の1項),第1回公判期日前における訴訟関係人の準備義務(同規則178条の2ないし10),事件の争点及び証拠を整理するための準備手続(同規則194条,194条の2ないし195条),当事者の訴訟遅延行為に対する処置(同規則303条)等に関する諸規定である。また,各地方裁判所ごとに組織されている裁判官,検察官,弁護士の三者からなる第一審強化対策協議会などを中心として,関係者による迅速な裁判の実現に向かっての努力が続けられてきている。
 迅速な裁判の実現には,解決を要する種々の困難な問題が存在しており,一朝一夕に事態の改善がなされうるものではないことはいうまでもないが,関係者が上記のような刑事訴訟法規の諸規定をより忠実に遵守するとともに,迅速な裁判実現のための法曹三者による地道な努力を積み重ねてゆくことが,当面最も必要とされるところであろう。