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 昭和48年版 犯罪白書 第1編/第4章/第6節 

第6節 各国の都市犯罪についての比較

 これまで,欧米諸国及び我が国の主要都市における犯罪動向を分析,検討してきたが,次に,各都市の犯罪情勢を比較してみよう。先に触れたとおり,国によって,法制,警察活動及び統計方法等に差異があるため,正確な犯罪動向の比較は困難であるので,各都市における犯罪現象の概括的な特徴とすう勢を述べることにする。
 I-11図は,最近のニューヨーク,ロンドン,西ベルリン及び東京における窃盗,殺人,強盗,強姦及び麻薬犯罪の発生率を示したものである。各国では,刑法犯の範囲や犯罪類型が異なるため,刑法犯総数やすべての罪名についての発生率を厳密に比較することは,期待できないので,各国における犯罪の構成要件に大きな差異がなく,かつ,異なった罪種を代表すると考えられる上記5犯罪について,各都市における発生率(人口10万人当たり)を比較することとする。

I-11図 主要都市別犯罪発生率の比較

 同図によると,まず,ニューヨークは,窃盗を除く各犯罪の発生率において最も高く,窃盗(自動車盗を含む。)が3,607.7,殺人が18.6,強盗が1,131.1,強姦が30.7,麻薬犯罪が614.1となっている。次に,西ベルリンは,上記4都市の中で,窃盗の発生率が6,002.2で最も高く,他の犯罪の発生率では,殺人が8.9,強盗(強盗的恐喝を含む。)が71.6,強姦が20.3で,ニューヨークに次いで高く,麻薬犯罪は52.9で,ニューヨーク,ロンドンに続く順位となっている。また,ロンドンの発生率は,麻薬犯罪が92.3でニューヨークに次いで第2位であり,窃盗が2,868.6,殺人が3.4,強盗が36.8で,いずれも第3位となっているが,強姦は1.4で,上記4都市のうち最低となっている。最後に,東京の発生率は,窃盗が1,648.4,殺人(比較の都合上,ここでは傷害致死及び強盗殺人を含む。)が2.37,強盗(強盗致傷,強盗強姦を含む。)が4.3,麻薬犯罪(麻薬取締法,あへん法,大麻取締法及び覚せい剤取締法の各違反を含む。)は6.4であり,いずれも,上記4都市のなかで最低となっているが,強姦のみは4.0で,ロンドンよりも高く,第3順位となっている。
 以上のとおり,各国の主要都市における犯罪現象を比較,検討してきたが,これを要約すると,次のような特徴を認めることができるであろう。
(1) 最近のニューヨーク,ロスアンゼルス,シカゴ,ロンドン,西ベルリン,ハンブルクなど欧米諸国の大都市では,犯罪が相当の割合で増加しており,特に,殺人,強盗,強姦,窃盗及び麻薬犯罪の増加が著しい。これに反して,我が国の東京及び大阪では,犯罪が減少する傾向にあるが,そのようなすう勢の中でも,放火及びわいせつ事犯が増加しており,東京では,そのほかに,殺人及び住居侵入が若干増加している。
(2) ニューヨーク,ロンドン,西ベルリン及び東京について,窃盗,殺人,強盗,強姦及び麻薬犯罪の発生率を比較すると,概括的にいって,ニューヨークの発生率が最も高く,次いで,西ベルリン,ロンドン,東京の順となっているが,罪名によって若干の例外がある。すなわち,窃盗では,西ベルリンの発生率が最も高く,麻薬犯罪では,ロンドンが第2位であり,強姦では,ロンドンが東京を下回り最低の比率となっていることが注目される。
(3) ニューヨーク,ロンドン,西ベルリンでは,青少年層による犯罪の増加が特に著しいが,東京では,少年犯罪は減少する傾向にある。女性犯罪に関する資料を入手し得たニューヨーク,西ベルリン及び東京のうち,ニューヨーク及び東京では,女性刑法犯は検挙人員及び総数中に占める割合がともに増加しているが,西ベルリンでは女性刑法犯の検挙人員は増加しているものの,総数中に占める割合は若干低下している。
 このように,我が国の東京及び大阪では,業過を除く刑法犯が減少しているうえ,その発生率も,欧米諸国の主要都市における刑法犯の発生率より相当低率であり,麻薬犯罪も他国ほどは深刻な問題となっていない。一般に,社会の都市化・工業化が進展すると,犯罪が増加する可能性が大きいといわれ,欧米諸国の大都市では犯罪が増加しているのに,ひとり我が国の大都市のみ犯罪が減少する傾向にあるのは,いかなる理由によるものであろうか。その理由の解明は,非常に困難な課題であり,今後の研究に待たなければならないが,我が国の警察の機構や捜査活動が充実しており,麻薬・覚せい剤や武器に対する法的規制と取締りが厳しいことも,その理由の一つとして挙げられよう。
 I-12図は,各主要都市における警察の捜査活動の一端を表わすものとして,最近10年間における刑法犯(交通に起因する過失致死傷を除く。)の検挙率の推移を示したものである。これによると,1972年における検挙率では,東京が53.6%で最も高く,次いで,大阪の53.2%,ハンブルクの48.4%,西ベルリンの40.5%となっている。年度は異なるが,その他の都市の検挙率では,ロンドンが29.4%(1971年),ニューヨークが23.6%(1970年)と更に低率となっている。次に,銃砲の取締状況の一面を示すものとして,最近の各国における殺人事件のうちで銃砲の使用された事件の割合をみると,我が国では4.0%(1972年)であるのに対して,アメリカ合衆国では65.0%(1971年)と極めて高率であり,連合王国でも11.6%(1970年)となっている。また,1972年のドイツ連邦共和国の大都市での割合をみると,西ベルリンでは15.8%,ハンブルクでは33.7%となっている。これらの統計は,我が国における銃砲の規制及び取締りが,諸外国に比較して,厳重に行われていることを示している。

I-12図 主要都市別刑法犯検挙率の推移(1963年〜1972年)

 そのほか,我が国の大都市で犯罪が比較的少ない理由として,社会の構成員が人種的及び文化的に同質で,異質な要素による葛藤が少なく,また文盲率が非常に低いことで示されるように,国民の教育水準が高いことなどが挙げられよう。更に,国民性として,比較的遵法精神が豊かで,環境の変化に対する適応力を備えていること,家庭のきずなも一部の諸外国におけるほどし緩していないこと,経済的発展に伴い失業率が低くなっていることなどにも,その理由を求めることができるであろう。このように,我が国の都市では,社会的,文化的及び経済的な側面における犯罪発生要因が,他国に比較すればそれほど大きくないとはいうものの,都市においては,社会的及び経済的条件の変化いかんによって犯罪の増加要因となる要素が多数存在するので,今後とも常に都市犯罪の動向に注目し,適切な犯罪防止対策を実行して行く必要があると思われる。