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 昭和47年版 犯罪白書 第一編/第二章/八/2 

2 公害犯罪の動向

 「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律」の施行後,満一年を経過した昭和四七年七月一日現在,いまだこの法律違反事件としては,検察庁に告訴・告発されたものもなく,その他の事由による事件受理もみられない。そこで,まず,その他の公害関係法令違反事件について,昭和四六年七月一日から四七年六月三〇日までの間における全国の検察庁の受理・処理状況をみると,I-69表のとおりである。これによると,この期間に受理された公害関係法令違反事件の受理人員は,一,六五一人となっているが,罪名別では,廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反が五〇一人と最も多く,港則法違反の四九四人がこれに次ぎ,以下,海洋汚染防止法違反の二三〇人,河川法違反の一六四人,毒物及び劇物取締法違反の六八人の順となっている。次に,処理状況をみると,終局処理人員一,二八六人のうち,起訴された者が八七三人,不起訴処分に付された者が四一三人で,起訴率は六七・九%となっているが,四六年における道交違反を除く特別法犯の起訴率が五六・二%であるのに比較すると,公害関係法令違反事件の起訴率は,かなり高いものとなっていることがわかる。起訴区分をみると,起訴総数の九七・二%に当たる八四八人が略式命令請求で,公判請求された者は二五人にすぎないが,そのうち,半数以上の一七人が毒物及び劇物取締法違反によるものである。

I-69表 公害関係法令違反検察庁新規受理および終局処理人員(昭和46年7月1日〜47年6月30日)

 次に,昭和四六年から四七年五月までに有罪裁判のあった公害関係法令違反事件によって,その動向をみることとする。これら事件の多くは,工場,事業場の汚水排出,船舶の油,廃油の排出等水質汚濁に関するものである。
 まず,港則法違反事件についてみると,亜鉛鉄板等の製造工場が,廃油約六五〇トンを工場内ボイラー地区排水溝から呉港内に排出した事件につき,会社が罰金三万円,工場管理課長が懲役三月(二年間執行猶予),従業員ら二名が懲役一月(二年間執行猶予),に処せられたもの(広島地方裁判所呉支部),汽船の船長および機関長が,神戸港内兵庫運河に停泊中の汽船から,ビルジ(船底にたまった油性混合物)約一トンを,同港内に流出廃棄した事件につき雇主である会社が罰金三万円,船長,機関長が各罰金二万円に処せられたもの(神戸簡易裁判所),油脂工場が,食用油脂製造過程において排出される強酸性廃液約一〇トン,油脂かす約一〇トンを,それぞれ神戸港内水域に廃棄した事件につき,会社,工場長が各罰金三万円に処せられたもの(神戸簡易裁判所),運送業者が,約六〇〇本分のビール瓶の破片を神戸港岸壁から付近海面へ投棄した事件につき,運送業者が罰金三万円に処せられたもの(神戸簡易裁判所)等がある。
 次に,廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反事件(清掃法違反事件を含む。)についてみると,衛生請負業者が,仙台市内のマンホールに,ふん尿約一四,四〇〇リットルを投棄した事件につき,業者および従業員が罰金二万円ないし四万円に処せられたもの(仙台簡易裁判所),自動車運転者が,西宮市内の空地にがれき等のごみ約四四トンを投棄した事件につき,運転者が罰金三万円に処せられたもの(大阪簡易裁判所)がある。
 海洋汚染防止法違反事件(船舶の油による海水の汚濁の防止に関する法律違反を含む。)としては,門司港岸壁に係留中の外国汽船の機関士が,船底に滞留していたビルジを付近海面へ排出した事件につき,外国人機関士が罰金五万円に処せられたもの(小倉簡易裁判所),貨物船の四等機関士が,油タンカー船から重油の補給を受ける際,計測現場を離れて油量を計測しなかったため,重油を海面に排出した事件につき,外国人機関士が罰金四万円に処せられたもの(小倉簡易裁判所)がある。
 河川法違反事件としては,砂利採取会社が,知事の認可を受けないで,砂利洗浄の際に生ずる汚泥を廃棄するために,葛城川河床に広さ約一,九二三平方メートルの汚泥沈澱池を設置し,河川区域内の土地を形状変更した事件につき,会社が罰金八万円,会社役員が懲役六月(二年間執行猶予),従業員が懲役三月(二年間執行猶予)に各処せられたもの(奈良地方裁判所葛城支部),清掃業者らが,ふん尿約五,三七七トンをし尿運搬船より,湖および平津江川本流に投棄した事件につき,業者ら三名が各懲役三月(三年間執行猶予)に処せられたもの(福岡地方裁判所大牟田支部)がある。
 また,毒物及び劇物取締法違反としては,メッキ工場が,県知事の許可を受けないで,汚水を排出する電気メッキ施設を設置し,シアン化合物を含む廃水を新湊川に放流廃棄した事件につき,同法違反および兵庫県公害防止条例違反として,会社が罰金五万円に処せられたもの(神戸簡易裁判所),同じくメッキ工場が,電気メッキ作業過程において排出される無機シアン化合物を含む廃水を工場専用の排水管を経て河川に放流して廃棄した事件につき,会社が罰金五万円に,会社役員が懲役六月(三年間執行猶予)に処せられたもの(東京地方裁判所),都市ガス製造工場が,無機シアン化合物を含有する廃水を工場排水口から尼崎港内水域に放流廃棄した事件につき,会社が罰金五万円に,工場長,課長が懲役四月または三月(各二年間執行猶予)にそれぞれ処せられたもの(神戸地方裁判所),医薬品製造工場の工場長らが,農薬を廃棄処分するに際し,法令の定める基準に従わないで,河川に廃棄した事件につき,工場長,管理課長が罰金三万円または二万円に処せられたもの(宇都宮簡易裁判所)がある。
 水質汚濁防止法違反としては,パルプおよび発酵化成品製造工場が,指定施設から排出される汚水等の処理施設である素掘池,アルカリ貯槽を,あらかじめ県知事に届け出ないで,設置し,または設置しようとした事件につき,会社,支社長が各罰金五万円に処せられたもの(佐伯簡易裁判所)がある。
 悪臭,騒音関係についてみると,獣畜の臓器,魚屑などを加工して飼料,肥料を製造する機械を備え付けて化製場を設置し,その製造過程で,悪臭を排出した事件につき,県知事の許可を受けないで,化製場を設置し,製造した点につき,へい獣処理場等に関する法律違反として,養豚業者が懲役四月(四年間執行猶予)に処せられたもの(静岡地方裁判所浜松支部),工務店(有限会社)が,会社事務所,工場の新築工事の際,ショベルカーの騒音等がひどかった事件に関し,建築主事に対し,所定の確認申請書を提出して,その確認を受けなかった点につき,建築基準法違反として,会社役員が罰金三万円に処せられたもの(仙台簡易裁判所)等がある。
 これらの事例をみると,公害関係法令違反事件については,それぞれ法定の懲役刑・罰金刑の上限,あるいは上限に近いところで,量刑がなされていることがわかる。もとより,公害問題は,刑罰のみによって解決されるものではないが,公害事犯の捜査,裁判が行なわれる間に,公害の発生源の除去,公害防止施設の整備,公害監視体制の整備等が進行し,公害防止について,ある程度実効のある支えの役割を果たしつつあることが注目される。また,公害事犯は,従来の犯罪とは類型がやや異なり,事犯の解明に必要な資料の収集,科学的測定,分析方法の開発等幾多の困難があるから,捜査,裁判上苦心の存するところである。しかしながら,今後における公害問題解決の重要な一環として,公害事犯に対し,いっそう強力な捜査活動と厳正公平な裁判を期待したい。