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 昭和47年版 犯罪白書 第一編/第二章/一〇 

一〇 犯罪と人口移動

 最近のわが国における高度な経済成長に伴って,過度な人口集中による過密,過疎,都市と農村の格差など数多くの問題の発生が指摘されている。
 犯罪も,社会現象として,このようなひずみとどういった関係に立つものであろうか。そこで,最近一〇年間におけるわが国の社会変動の指標として,人口移動をとらえ,その増減の観点から,主として,都市と地方,都市とその周辺部の地域を比較検討することによって,いわば,日本列島の犯罪動態を探ってみよう。
 まず,わが国では,このところ大都市およびその周辺部に対し,人口の集中する傾向が著しい。地域社会における犯罪と人口の増減との関係については,従来から,人口の増大に伴って犯罪が増加するといわれているが,わが国におけるこのような傾向の存否を検討するため,とりあえず,都道府県のうち,人口の増減率の著しいものを取り上げて,その地域における犯罪の動向を概観することとした。
 まず,昭和三六年と四六年の人口によって,都道府県別に,その増減の比率の高いものから八地域ずつを選ぶと,人口増加率の高いものは,埼玉(六三%増),神奈川(五八%増),千葉(四九%増),大阪(三六%増),愛知(二八%増),奈良(二二%増),兵庫(一九%増),東京(一五%増)の八都府県(以下,増加八都府県という。)であり,人口減少率の高いものは,島根(一三%減),鹿児島(一二%減),佐賀(一一%減),長崎(一〇%減),熊本(八%減),宮崎(七%減),山形(七%減),秋田(七%減)の八県(以下,減少八県という。)である(後出I-77表参照)。
 この増加八都府県全部と,減少八県全部について,最近.一〇年の人口の推移と,業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯(以下,業過を除く刑法犯という。)の動きを対比してみると,I-75表のとおりである。すなわち,三六年を一〇〇とする指数によると,四六年の人口は,全国で一一一,増加八都府県で一三二,減少八県で九一であるが,四六年の業過を除く刑法犯の発生件数は,全国で八九,増加八都府県で九九,減少八県で六六となっている。また,人口一〇万人当たりの発生件数(以下,犯罪発生率という。)についてみると,全国では,三六年に一,四八六であったものが,四六年には一,一八三(三〇三減少)となり,増加八都府県では,三六年の一,八一一から四六年の一,三六一(四五〇減少),減少八県では,三六年の一,一四一から四六年の八二九(三一二減少)と,いずれも減少している。

I-75表 人口増加8都府県および人口減少8県の人口と業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯の発生件数等(昭和36〜46年)

 このようにみてくると,業過を除く刑法犯は,依然として,増加八都府県が全国の半数近くを占めているが,全国的には,人口の減少に伴って減少する傾向を示すものの,人口の増大に伴って増加を示さず,かえって減少していることが認められる。しかも,犯罪発生率をみると,減少八県の減少幅は少なく,増加八都府県の減少幅は多いから,両者の格差は少なくなりつつあるといえよう。
 次に,最近一〇年間について,増加八都府県および減少八県別に,業過を除く刑法犯の発生件数の動きをみると,I-76表[1][2]のとおりであり,参考のため,以上の各都府県別に人口の推移を示したのが,I-77表[1][2]である。

I-76表 人口増加8都府県,人口減少8県の業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯発生件数等(昭和36〜46年)

I-77表 人口増加8都府県,人口減少8県の人口(昭和36,46年)

 I-76表[1]によって,増加八都府県の昭和四六年における発生件数を,三六年を一〇〇とする指数でみると,奈良が一七七,千葉が一六九,埼玉が一五一,神奈川が一三四とそれぞれかなりの増加をみせているのに対し,東京が九二,愛知が九〇,大阪が八七,兵庫が七〇と,六大都府県のうち四つの地域がいずれも減少している。また,犯罪発生率についてみると,奈良は,昭和三六年の七六八から四六年の一,一一三に,千葉は,九八六から一,一一八にそれぞれ増加し,三六年を一〇〇とする指数では,奈良が一四五,千葉が一一三と上昇していることがみられるが,前記のように,発生件数の実数で増加をみせた埼玉,神奈川は,犯罪発生率では減少して,三六年を一〇〇とする指数によると,埼玉が九三,神奈川が八五であり,発生件数の実数で減少している東京,愛知,大阪,兵庫は,犯罪発生率でもかなりの減少となっている。
 次にI-76表[2]によって,同様の比較をすると,減少八県はすべて,発生件数,犯罪発生率の双方とも,昭和四六年の数字が三六年の数字を下回っている。しかし,その減少の程度は各県によってまちまちであって,熊本では,四六年の発生件数が三六年に比して半減し,犯罪発生率も三六年の一,五〇三から四六年の八二三と,半数近く大幅な減少を示しているが,島根,佐賀の両県では,発生件数の減少幅は二割未満にとどまっており,犯罪発生率の減少幅は,三六年を一〇〇とする指数によると,島根が九三,佐賀が九八とさらに少ない。
 以上を要約すると,人口増加に伴って,犯罪の発生件数,犯罪発生率がともに上昇した地域として奈良,千葉の両県があり,人口の増加に伴って,発生件数は増加したが犯罪発生率が低下した地域として埼玉,神奈川の両県があり,人口の増加にもかかわらず,発生件数,犯罪発生率がともに減少した地域として,東京,愛知,大阪,兵庫の四大都府県が挙げられる。また,人口が減少した八県の犯罪の発生件数,犯罪発生率は,いずれも低下している。
 一方,昭和三六年における増加八都府県の犯罪発生率は,七六八ないし二,二九七と大きな格差がみられたが,四六年におけるそれは,一,〇一三ないし一,八二八となり,犯罪発生率が互いに近よる傾向が現われてきている。減少八県についても,三六年に八八九ないし一,五〇三であったものが,四六年には,七四二ないし九八〇となっていて,同様の傾向がみられるが,さらに,増加八都府県および減少八県を通じて,犯罪発生率における地域的格差は縮少していることが認められる。ところで,先に述べた増加八都府県のうち,東京,神奈川,愛知,大阪,兵庫の五大都府県には,いずれもわが国の代表的大都市が存在する。そこで,さらに,これら各大都市における人口と犯罪との関係を分析してみよう。
 I-78表は,五大都市(東京都二三区,横浜市,名古屋市,大阪市,神戸市)および五大都府県から各所在の五大都市を除いたその他の地域における,昭和三六年と四六年の人口,業過を除く刑法犯発生件数,犯罪発生率を示したものである。これによると,五大都市中,大阪市を除く四大都市の人口は,昭和三六年から四六年にかけて増加をみているが,発生件数では,横浜市が六,二六四件(二三・三%)増加したほかは,神戸市(四三・八%減),大阪市(三八・六%減),名古屋市(二一・九%減),東京都二三区(一五・六%減)といずれもかなりの減少をみせている。また,昭和四六年の犯罪発生率では,五大都市のすべてが三六年のそれをかなり下回る数字を示している。また,五大都市を除くその他の地域の発生件数をみると,実数においては,東京都,神奈川県,愛知県,大阪府に増加がみられ,大都市周辺における犯罪のいわゆるドーナツ型増加現象の存在が明らかであるが,犯罪発生率は,いずれの地域も,都市部と同様に減少している。そして,先に述べたような犯罪発生率に関する格差縮少の傾向が,ここにおいても,各都市部とその他の地域およびこれら相互間に存在することが認められる。従来,都市の人口増加に伴って,一般に,犯罪が増加するとされ,その要因として,都市における住民の異質性,匿名性,社会的連帯性の欠如,都市生活の経済的不安定性,不良刺激による道徳の混乱などがあげられているが,わが国の大都市においては,むしろ人口増加に伴う犯罪発生率減少の結果が生じており,その要因の解明については今後の詳細な研究が待たれるところである。

I-78表 5大都市等の業務上(重)過失致死傷を除く刑法犯発生件数等(昭和36,46年)

 次に,人口増加に伴って犯罪発生率の増加現象がみられた千葉,奈良の両県とこれに隣接しながら逆の現象を示した東京都,大阪府における,昭和三六年と四六年の刑法犯発生件数を主要罪名別にみると,I-79表のとおりである。これによると四都府県とも,業務上(重)過失致死傷が激増しているが,これは,自動車交通に起因する事故事犯の増加によるものである。発生件数増減の顕著な対照は,おもに窃盗にみられる。過去一〇年間に,千葉県では一八,五〇六件(一一〇・〇%),奈良県では五,二四六件(一二九・六%)の窃盗が増加しているのに対して,東京都では五,八六〇件(四・三%),大阪府では一二,九五三件(一二・五%)の窃盗が減少している。千葉,奈良両県において窃盗が増加した要因の一つは,東京または大阪に隣接する新興住宅地域での空巣ねらいの大幅な増加によるものではないかと推測される。しかし,窃盗が減少している東京都,大阪府においても,都市近郊では,空巣ねらいが過去一〇年間に二倍以上の増加をみせている。上記両県では,このほか,強姦が千葉,奈良で,強盗,放火が千葉で増加しているが,増加の実数はわずかである。

I-79表 都府県の主要罪名別刑法犯の発生件数(昭和36,46年)

 先にも触れたように,従来,一般的に,犯罪は農村よりも都会に多く,人口の増大は犯罪の増加を招くといわれてきた。確かに,上記五大都市における犯罪発生率は,昭和四六年において,全就業者中農業就業者が六割以上を占める島根,鹿児島など減少八県の犯罪発生率を大きく上回り,犯罪発生要因としての,人口の都市集中の作用は,依然として大であることが認められる。しかし,他方,人口の増大は,必ずしも犯罪の増加を招来せず,むしろ,犯罪発生件数の全般的な減少の傾向の中で,犯罪発生率の地域的格差が,先に示したようにそれぞれ縮少し,平準化とよぶべき現象を呈していることがみられろ。このような犯罪発生率の平準化は,マス・メディアや交通,通信の発達による地域特性の希薄化によってもたらされたものであろうが,とくに,メガロポリス周辺の地域においては,その都市化,工業化の進展や通勤行動圏の拡大などが,平準化の傾向に一層の拍車をかけているものとみることができる。