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 昭和45年版 犯罪白書 第二編/第一章/一/4 

4 起訴猶予

 検察官は,捜査の結果,公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑を認めた場合でも,犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しない処分をすることができる。このような不起訴処分を起訴猶予という。

(一) 概況

 起訴猶予は,検察官が刑事政策上の立場から,犯人の性格,年齢,境遇といった,主として行為者に関する事項,犯罪の軽重,情状のような,犯罪行為に関する事項および犯人の改悛の情とか示談の有無などといった,犯罪後の情況に関する事項など諸般の事情を考慮して,必要でない刑罰を科することをできるだけ避け,犯罪者の更生を図ろうとするものであるが,起訴猶予に付することについては,少年について特例が設けられているほかは,すべて検察官の判断にゆだねられているので,検察官の営む機能は重要なものとなっている。そこで,その運用状況を,統計面からみることとしよう。
 まず,昭和三五年および昭和四〇年以降四四年までの五年間に,検察官が起訴または起訴猶予処分に付した人員数のうち,起訴猶予処分に付した人員数の占める割合(以下,起訴猶予率という。)を,全事件,刑法犯,業務上過失致死傷を除く刑法犯,特別法犯および道交違反に区分して,その推移をみると,II-8表のとおりである。

II-8表 起訴猶予率の推移(昭和35,40〜44年)

 これによると,昭和四四年における起訴猶予率は,全事件で一八・六%であり,刑法犯については二九・三%,業務上過失致死傷を除く刑法犯でみると四〇・九%となっている。刑法犯全体の起訴猶予率は,逐年おおむね低下の傾向を示し,昭和四三年には三割台を割って二八・九%と最低の数字を示したが,昭和四四年はわずかに上昇している。ところが,刑法犯から業務上過失致死傷を除いたものについて,起訴猶予率をみると,昭和三五年に四四・五%であったものが,昭和四〇年には三八・五%,四一年には三八・四%と低下を示した後は,上昇の傾向をみせており,最近の刑法犯の起訴猶予率の低下は,起訴率の高い業務上過失致死傷事件の激増によるものであることを示している。特別法犯の起訴猶予率は,昭和三五年の数字に比較すると,最近五年間のそれは低下して四〇%前後となっており,道交違反の起訴猶予率は,おおむね低下の傾向にあったが,昭和四三年から上昇に転じ,昭和四四年は七・八%となっている。
 ちなみに,昭和三五年および最近五年間の起訴率(起訴または不起訴処分に付した人員数で,起訴人員数を除したものをいう。)の推移を,前表と同様の区分によってみると,II-9表のとおりであり,昭和四四年の起訴率は,全事件では七八・五%,刑法犯では六六・四%,業務上過失致死傷を除く刑法犯では五三・八%,特別法犯では五五・九%,道交違反では九一・二%となっている。

II-9表 起訴率の推移(昭和35,40〜44年)

 次に,最近五年間の刑法犯の起訴猶予率を主要罪名別にみたのが,II-10表である。これによると,昭和四四年において,最も起訴猶予率の高いのは,公務執行妨害の六四・八%,最も低いのは,傷害致死の三・〇%であり,最も実数の多い業務上過失致死傷は,二三・七%の起訴猶予率となっている。最近五年間を通じて,五割以上の高い起訴猶予率を保っているのは,公務執行妨害,文書偽造,詐欺,横領,賍物関係となっており,逆に,一割未満の低い起訴猶予率を示しているのは,殺人,傷害致死,強盗致死傷等である。

II-10表 刑法犯主要罪名別起訴猶予率(昭和40〜44年)

(二) 不起訴処分に対する控制

 起訴,不起訴の決定は,検察官に与えられた権限であるが,その運用を控制するため,法は二つの制度を設けた。一つは,裁判上の準起訴手続(刑事訴訟法第二六二条ないし第二六九条)であり,他の一つは,検察審査会の制度(検察審査会法)である。

(1) 準起訴手続

 公務員の職権濫用罪その他について,告訴または告発をした者は,検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは,その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に,その事件を裁判所の審判に付することを請求することができ,裁判所がこの請求を理由があると認めて,事件を管轄地方裁判所の審判に付する旨の決定をしたときは,検察官の起訴がなくとも,その事件について公訴の提起があったものとみなされて,公判審理が開始されることになる。これを裁判上の準起訴手続という。
 昭和三五年から昭和四四年までの間になされた準起訴手続の請求およびその審判結果(昭和四四年一二月末現在)は,II-11表のとおりである。これによると,請求総数は,二,〇七五人で,請求の取り下げが九〇六人,請求棄却が一,〇八二人となっていて,検察官の不起訴処分を不当として審判に付する旨の決定があったのは,二件にすぎない。昭和四四年には,請求人員,取り下げ人員が急増しているが,これは,同年に,多数の警察官と鉄道公安職員について,一括して,審判の請求,取り下げがなされた特殊な事例によるものである。

II-11表 準起訴手続請求・審判人員(昭和35〜44年)

(2) 検察審査会

 検察審査会は,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,くじで選び出された一一人の検察審査員で構成され,検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査,検察事務の改善に関する建議または勧告に関する事項をつかさどる機関である。告訴または告発をした者や,犯罪によって被害を受けた者などは,検察官の行なった不起訴処分について,その検察官の所属する検察庁の所在地を管轄する検察審査会に対し,審査の申立をすることができる。検察審査会は,この申立により,または,職権で取り上げた不起訴事件について,その処分が相当であるかどうかを審査し,その議決の結果を,不起訴処分をした検察官を指揮監督する検事正に通知する。検事正は,その議決を参考にし,公訴を提起すべきものと思料するときは,起訴の手続をしなければならないものとされている。II-12表は,昭和四〇年から同四四年までの検察審査会の受理および処理の状況をみたものであるが,これによると,この五年間に,起訴相当または不起訴不相当の議決のあったものは,合計九一九人で,処理総数一〇,七五五人の八・五%となっている。このうち,検察官が再捜査の結果,昭和四四年までに起訴したものは,一四八人で,同年までに起訴相当または不起訴不相当の議決のあったものの一六・一%にあたる。

II-12表 検察審査会の事件受理・処理人員(昭和40〜44年)

 ところで,このように検察審査会の議決に基づいて起訴した事件について,検察審査会が設置された昭和二四年以降同四三年までの間における第一審の裁判結果をみたII-13表によると,第一審の裁判のあったものは,四〇八人で,そのうち有罪は,八七・五%にあたる三五七人,無罪(免訴・公訴棄却を含む。)は,一二・五%にあたる五一人となっている。

II-13表 起訴された事件の第一審裁判結果(昭和24年1月〜43年12月)