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 昭和44年版 犯罪白書 第二編/第二章/一/3 

3 受刑者処遇の基本形態

(一) 受刑者処遇の基本原則

 受刑者の処遇は,監獄法,同施行規則,行刑累進処遇令,受刑者分類調査要綱,受刑者職業訓練規則等の諸法規によって,行なわれている。その基本である監獄法は,明治四一年に制定されたままであり,その後の社会事情の変化および刑事思潮の発達に必ずしも即応していないが,内部的には,昭和二一年,「監獄法運用の基本方針」として,(1)人権尊重に関する原理,(2)更生復帰に関する原理,(3)自給自足に関する原理の三つの方向が打ち出され,戦後の施策の重要なものは,すべて,この原則に基づいている。
 一九五七年,国際連合が採択し,各国に勧告している被拘禁者処遇最低基準規則では,刑務所の指導原理として,苦痛増大の禁止,拘禁期間の活用,改善手段の個別化,刑務所生活の社会化,分類処遇の必要などを定め,また,受刑者の処遇について,釈放後,遵法的かつ自立的な生活をする意志と能力をもたせるべきこと,およびその自尊心を高め,かつ,責任感を向上させるものであるべきことを定めている。また,昭和三六年の「改正刑法準備草案」は,刑の適用の目的を,「犯罪の抑制および犯人の改善更生に役立つこと」におき,「行刑上の処遇」については,「刑事施設における行刑は,法令の定めるところに従い,できるだけ受刑者の個性に応じて,その改善更生に役立つ処遇をするもの」としている。
 受刑者の処遇は,今日,これら世界の矯正思想や刑事政策の動向を受容し,すべてこのような目的にそった方向をとっている。すなわち,単に,刑罰の執行にとどまるものではなく,その執行を通じて受刑者の改善更生を実現するようなものでなければならないのであり,その目標は,刑務所における収容を通じて,できるかぎり,社会適応化すなわち矯正を図ろうとするところにある。

(二) 受刑者の分類

(1) 入所時の処遇

 新たに刑が確定し,刑務所に入所した受刑者に対しては,刑の言渡しあるいは拘禁生活からくる精神的不安の除去を図り,刑務所における処遇の目的を理解させるための入所時教育訓練(オリエンテーション)と同時に,矯正の目的を達成するために,昭和二三年制定の受刑者分類調査要綱に基づき,個々の受刑者について最も適切な処遇および訓練の方針を確立するための分類調査が行なわれる。
 入所時教育訓練は,入所後おおむね一五日以内に,入所時分類調査と並行して行なわれる。この教育訓練においては,一定のプログラムのもとに,受刑の意義,矯正および更生保護の目的と機能,所内規則と日常生活上の心得などについて指導する。
 分類調査は,個々の受刑者について,科学的な調査を行ない,それぞれのもつ問題と資質との関係を明らかにして,本人に最もふさわしい処遇計画をたてることを目的とした,一連の手続きとして行なわれる。すなわち,最初に,医学,精神医学,心理学,社会学,教育学などの知識をできるだけ活用して,正確な診断を行なう(鑑別)。調査資料としては,犯罪の内容・経過,生活史(家族歴,生育歴,病歴,非行・犯罪歴,職歴,交友歴),心身の特質(知能,性格,学力,適性,健康,趣味,娯楽など),家庭状況,近隣関係および所属集団などの資料のほか,本人の日常を監督する職員が本人を観察して知りえた資料や,少年院・刑務所などの施設収容の経験のある者については,その記録が用いられる。このような資料を総合して,個々の受刑者について,その個性をは握し,改善の難易など矯正教育の全般的な見とおしをたてる。次に,事故・反則の予測,教育訓練の内容と方法,対人関係の調整,保護上の必要な処置,作業または職業訓練の種目とその指導方法,医療・保健上問題とすべき点などを明らかにして,的確かつ具体的な処遇方針をたて,この処遇方針を実施するのに最も適した処遇刑務所が指定される(施設分類)。

(2) 分類処遇

 受刑者は,分類調査による判定結果に基づいて,それぞれ,適切なグループ(分類級という。)に編入され,ついで,その分類級に対応する,それぞれ別個の刑務所,または同一刑務所内の区画された設備に収容され,本人に最もふさわしいように配分された処遇を受ける(細分類)。これは,同質の受刑者を一つのグループにまとめることによって,共通の処遇条件を確立し,その上に立って個別処遇を効率的にするほか,処遇設備を集約的に整備できる利点があるからである。なお,処遇の経過中,定期および臨時に,再調査によって処遇方針の検討が行なわれ,処遇上必要があるときは,本人の分類級の変更が行なわれる(再分類)。
 現在採られている分類級は,性別,年齢別(成人と少年の別),刑名別(懲役と禁錮の別),刑期別(長期と短期の別),国籍別(外国人を区別する。)などの比較的形式的なもののほか,心身の障害の有無による区分をし,また,全般を通じて,「所定の刑期を通じての矯正の可能性の見通し」によって,一一級となっている。それらの分類級別符号およびその内容は,次のとおりである。
A 性格がおおむね正常で,改善容易と思われる者
B 性格がおおむね準正常で,改善困難と思われる者
G A級のうち,二五歳未満の者
E G級のうち,おおむね二三歳未満で,とくに少年に準じて処遇する必要のある者
C 刑期の長い者(おおむね,実刑期七年以上を基準とする。実刑期とは,法定および裁定の未決通算を差し引いた,実際に刑務所に拘禁される予定期間をいう。)
D 少年法の適用を受ける男子少年
H 精神病(Hz),精神病質(Hy),精神薄弱(Hx)などの障害のために医療の対象となる者K 身体の疾患(Kx),身体の故障(Ky),または老衰・虚弱(Kz)などにより,療養または養護を要する者J 女子
M 外国人
N 禁錮受刑者
 なお,C級以下の各級は,それぞれA系列あるいはB系列に細分類することになっている。
 このような分類級別判定のほか,警備程度,すなわち構外作業の適否などについても判定を行なうことになっている。
 昭和四三年一二月二〇日現在における分類級別人員は,II-81表に示すとおりで,総人員四四,九九五人のうち,B級受刑者が二二,四二四人(四九・八%)と約半数を占めている。次に多いのがA級で,七,六七五人(一七・一%),次いで,G級一〇・七%,N級二・九%,H級二・七%,D級二・四%,E級二・二%,J級二・二%,K級一・八%,M級〇・一%の順となっている。なお,昭和四三年中に分類調査を終了した新受刑者を初犯と累犯とに分け,そのおのおのの判定結果を図示すると,II-7図のとおりであり,初犯者の三四・三%がA級,一五・六%がB級と判定されているのに対し,累犯者の大半(九二・五%)がB級と判定されている。

II-81表 受刑者分類級別人員(昭和43年12月20日現在)

II-7図 犯数別にみた受刑者の級別人員(昭和43年)

 分類調査の結果,これらの級別に分けられた受刑者は,前述のようにそれぞれ別の施設に収容され,処遇されることがたてまえであるが,地域の特殊事情,各級別受刑者の数,その帰住地への距離および分類拘禁のための移送経費の点など諸種の制約から,今日のところでは,まだ,全施設が一施設一級別とはなっていない。
 現在行なわれている全国刑務所の分類級別は,II-82表のとおりで,B系統および長期の刑務所での処遇は,おおむね,作業を重点として運営されているのに対して,A系統の刑務所は,生活指導および職業訓練に重点をおき,とくに,D級およびE級の刑務所は,教科,職業訓練および生活指導に重点がおかれている。なお,N級の施設では,開放的処遇が試行的に行なわれている。

II-82表 全国刑務所分類級別一覧表(昭和43年12月20日現在)

 分類処遇が,適切に行なわれるためには,いうまでもなくその前提として,分類調査が正確,精密になされることが必要である。
 この点,一般の刑務所で行なわれている入所時分類調査の一五日という期間は,短かすぎると考えられるので,昭和三二年,中野刑務所に設けられた分類センターでは,六〇日間の収容期間に,精密な分類調査を行なうとともに,入所時教育訓練の徹底を期し,また,この中野刑務所においては,入所時分類調査の結果,G級と判定された者を引きつづき収容して,この級別の受刑者にもっともふさわしい処遇の方法,内容を検討することとされ,職業訓練法による職業訓練や集団カウンセリング,個別カウンセリングなどを矯正処遇の中に導入する試みが行なわれてきている。
 なお,昭和三八年以来,中野刑務所(東京矯正管区)のほか,各矯正管区に一か所ずつ,分類業務充実施設が設けられ,これらの施設における成果を十分検討しつつ,新しい視野のもとで,分類処遇のあるべき姿,具体的な充実の方策が立てられようとしている。

(三) 累進処遇

 累進処遇は,処遇段階を四階級に分け,懲役受刑者をその行刑成績にしたがって,最下級(四級)から最上級(一級)へと,段階的にのぼらせ,この進級に応じた責任の加重と処遇の緩和とを通じて,本人の自発的な改善への努力を促し,また,しだいに,処遇内容を一般社会生活に近づけることによって,その社会適応化を図ろうとする組織的教育的な処遇方法である。
 行刑累進処遇令は,その第一条に目的を規定している。そこで,「受刑者ノ改悛」といい,「其ノ発奮努力」というのは,受刑者が自己の責任を認め,自発的な向上の意思によって,自己形成を行なうよう奨励することを意味するもので,その基本は,受刑者の倫理意識に訴えようとするものである。
 本令には,累進階級に応じた処遇差が設けられている。たとえば,四級,三級の受刑者には,原則として雑居制が採られ,二級以上の者でないと,願出による夜間独居は許されない。作業の指導補助,転業および自己のためにする労作は,二級にならなければ許されない。自己用途物品の許可範囲,面会および通信の回数も,階級によってかなりの差があり,上級に行くほど,範囲や回数が増される。また,受刑者自治制や中間刑務所的処遇は,おおむね,上級者において許されるものである。
 このような累進処遇制度は,第一次大戦から第二次大戦にかけて,世界的に,受刑者の処遇にとり入れられた画期的なものであったが,第二次大戦後における社会思潮や法律制度の変革,ことに,人間の資質に関する鑑別および集団管理の技術の進歩に伴って生み出された分類制度の発達は,本制度に対して,重大な反省をもたらした。とくに,わが国では,階級の累進と仮釈放とが結びつかなくなったこと,累進は刑期の長い者に有利で,短期の者には向かない面があること,さらに,人権尊重の立場から受刑者の処遇の基準が一般に向上し,階級間に処遇差をつけることがむずかしくなったこと等のため,その機能を十分には発揮しにくくなっている。ちなみに,昭和四三年に釈放された三三,二四七人について,釈放時の累進処遇階級別人員をみると,II-83表のとおりで,仮釈放と階級とは,あまり関係がなく,矯正の効果と処遇の緩和とを平行させ,社会復帰を有効に実現しようとした当初のねらいは,失なわれかけているといえよう。

II-83表 出所受刑者の出所時処遇階級(昭和43年)

(四) 教育

 受刑者に対する教育活動は,入・出所時教育,生活指導,通信教育,教科教育,篤志面接委員による助言指導,篤志宗教家による宗教教誨,体育およびレクリエーション指導などの形で行なわれており,これらの教育活動にあたって,視聴覚教育の方法が広く活用されている。ただ,受刑者の大多数である懲役受刑者は,日課の大部分が作業で占められているため,これに対する教育活動は,入・出所時教育の場合を除き,その多くを作業時間外に行なわざるを得ない状況である。

(1) 入所時および出所時教育

 入所時教育については,さきに,入所時の処遇のところで述べた。出所時教育は,矯正教育の仕上げとして,復帰する社会の事情,出所に関する諸手続ならびに更生援護,職業安定および民生福祉などの各事業の内容と,これを受ける方法とを知らせ,また,出所にあたっての心身の調整を行なうことなどを目標に,出所前に行なわれるものである。

(2) 教科教育

 受刑者の教育程度は,最近向上し,昭和四三年の新受刑者の学歴をみると,不就学は,〇・九%で,義務教育未修了者は,一七・四%である。この割合は,昭和三九年に比べて,八・四%も減少しているが,義務教育修了者の中にも,形式的な修了者が少なくないと考えられるので,これらの者に対し基礎的な教科教育を施すことが必要である。このため,刑務所では,国語,数学等の初歩的課程の補習教育を行なっている。

(3) 通信教育

 通信講座による教育は,昭和二四年以来,矯正施設に導入され,学校通信教育と社会通信教育とを主として,収容者に教育を受ける機会を与えている。
 通信教育受講は,残刑期と学習期間との関係,本人の学力および行状等を考慮して決定される。昭和四三年三月までの一年間の受講者の数は,II-84表のとおりで,公費生(受講料を国費でまかなうものをいう。)一,八五八人,私費生二,五四一人である。受講者(公費)の多い順に講座名をあげると,簿記,自動車,孔版,中学・高校の課程,電気無線,習字,洋裁などとなっている。

II-84表 通信教育受講状況(昭和42年度)

(4) 篤志面接委員制度

 個々の受刑者がいだいている問題,すなわち,精神的な悩み,家庭問題,職業問題,将来の生活設計などの問題につき,民間の学識経験者の助言指導を求めて,その解決を図ろうとするものである。昭和二八年,この制度の実施以来,逐年活発化しており,四三年末現在で,委員の数は,九九五人,同年の面接実施回数は,集団によるもの四,〇〇九回,個人的なもの七,〇七一回で,委員一人当たりの来訪回数は,六・五回,面接回数は,一一・一回となっている。

(5) 宗教教誨

 宗教教誨は,信仰の自由の原則に基づいて,受刑者がその希望する教義にしたがって信仰心をつちかい,徳性を陶やし,進んで更生の機会を得ることに役立たせるように行なわれている。民間の篤志宗教家(教誨師とよばれる。)によって実施されており,教誨師の数は,四三年末現在,六三五人で,各宗各派に属し,同年の指導回数は,個人に対するもの九,七三七回,グループに対するもの六,七七五回となっている。

(6) 生活指導

 受刑者が,出所後の社会生活で,円滑な集団生活のできるよう,対人関係の調整について社会的訓練を与えるため,生活指導を行なうことに努めている。職員が日常与えるしつけ訓諌が,矯正教育の重要な一部であることは論をまたないが,平日の夜間または休日等に行なわれる各種のクラブ活動を通じて,情操教育による円満な人間形成を目漂に,職員ばかりでなく,民間の学識経験者の協力をえて,指導の効果をあげている。

(7) 体育およびレクリエーション

 体育およびレクリエーションもまた,欠くことのできない活動の一つである。それは,拘禁生活を送る受刑者に対して,心身の保健上の見地から,うっ積したエネルギーを適度に発散させるとともに,余暇時間を有意義にすごす習慣を身につけさせるために行なわれ,計画的に,各種のスポーツ,ラジオ,テレビの娯楽番組,映画,囲碁,将棋などが選択のうえ,実施されている。なお,最近は,各地のレクリエーションセンターの援助を受けて,これを積極的に行なっている施設もある。

(8) 図書,出版物等

 収容者用の図書については,法務省矯正局に「収容者用図書審査会」を設け,新刊書の選定を行なっている。現状は,すでに古く難解になった図書の保有が多く,収容者の読書欲をみたすのに十分とはいえない。ただ,「社会を明るくする運動」の一環として,民間有志から寄贈を受けたり,公立の図書館から貸出しの便宜を受けることもある。また,法務省矯正局が編集している旬刊の教化紙「人」,月刊の青少年用一般教養誌「こころ」および季刊の教養誌「港」が,各施設に配布されている。各施設においても,収容者のために所内誌を発行しており,これらの編集,印刷には,収容者も参加している。
 さらに,視聴覚教育の教材として,昭和三九年以来,毎月一〇種類の放送教育用録音テープを日本短波放送に委託して製作し,その他NHK厚生文化事業団から,文化・記録映画(一六ミリ・フイルム)を借用して,各矯正管区単位に巡回,利用することも行なわれている。

(五) 刑務作業および職業訓練

 刑務作業とは,行刑施設において,収容者の労務によって営まれる作業をいう。刑法上定役に服すベき懲役受刑者の作業がそのおもなものであるが,このほか,これに準じて施行される労役場留置者の強制作業と,法律上は作業を強制されない禁錮受刑者,拘留受刑者,未決拘禁者などの請願による作業(請願作業という。)とがある。昭和四三年には,平均一日約四万三千人の収容者が,全国七三の施設において,約二五の業種につき作業を行なっていることになる。

(1) 刑務作業運営の基調

 刑務作業の運営は,受刑者の釈放後の生活の基礎として必要な職業訓練を行なうこと,および受刑者の勤労精神を育成するとともに,その労働生産性を一般社会に近づけることなどを基調として行なわれる。このため,各分類級に応ずる作業賦課の基本方針が定められているが,とくに,青少年およびA級受刑者を対象として,全国四施設(中野刑務所,奈良少年刑務所,山口刑務所,函館少年刑務所)を総合職業訓練施設に指定し,また,矯正管区ごとに,施設を特定して,特定種目の集合職業訓練を行なうなど,計画的,組織的運営に努めている。また,主としてB級受刑者に対しては,有用な種類の作業を選択し,強力に作業を推進することによって労働の意欲と習慣とを身につけさせ,技能の習得を図るとともに,あわせて,生産性の向上と経済性を強調することにより,受刑者に正しい経済生活を営むことのできる能力を付与することに努めている。

(2) 作業時間

 受刑者動作時限(II-85表)にしたがって,一日八時間,一週四八時間就業することとされている。ただし,請願作業の場合は,一日につき二時間以内短縮できる。

II-85表 受刑者動作時限表

(3) 就業状況

 昭和四三年一二月末現在における就業状況は,II-86表に示すとおりで,全体としては,七九・一%の就業率である。懲役受刑者の中に,不就業者がいるのは,分類調査,疾病,懲罰の執行などの理由による。

II-86表 刑務作業の就業人員と就業率(昭和43年12月31日現在)

 刑務作業は,物品製作作業,加工修繕作業,労務提供作業,経理および営繕作業の五種類に分けることができるが,これらのうち,経理および営繕を除いたもの(生産作業という。)の昭和四二年度における就業延べ人員は,II-87表のとおり,一,〇七八万人余で,四一年に比べて,五〇万人余(前年比で約四%)減少している。そのおもな理由は,収容人員の減少によるものである。業態別の就業延べ人員の比率をみると,労務提供が最も多く,ついで,物品製作,加工修繕の順であり,この割合は,近年おおむね横ばいの状況である。

II-87表 生産作業支出額・収入額・調定額と業態別生産額・就業延べ人員(金額単位千円)(昭和42年度)

 次に,昭和四二年度の年間生産額についてみると,総額六〇億円をこえ,前年より約三億五千万円の増加である。業態別には,物品製作が最も多く,約三一億五千万円で,総生産額の五二%を占め,ついで,労務提供の,約一七億円の二八%,加工修繕の,約一一億六千万円の一九%である。
 II-88表は,昭和四二年度における刑務作業のための支出額,生産額および就業延べ人員を,業種別にみたものであるが,これによると,就業延べ人員の最も多いのは,経理夫で,一八・八%である。生産作業では,金属が最も多く,一六・三%であり,ついで,紙細工一二・五%,洋裁九・九%,木工七・八%,印刷五・一%の順である。昭和四一年以降,金属が,それまでの紙細工に代わって,最多数就業の業種になった。紙細工は,非常に多くの就業人員をもつわりに,生産額が低い。メリヤス,編物・袋物,藁工などについても,同様のことがいえる。これら低格作業といわれるものは,受刑者中に,ある程度技能を必要とする作業につけることのふさわしくない者などがいるために,刑務作業の運営上やむをえないことがらに属し,このような事態を極力避けるよう努力されているが,早急には解決し難い問題である。

II-88表 業種別支出額・生産額と就業延べ人員(金額単位千円)(昭和42年度)

 なお,刑務作業製品を矯正施設で自給自足的に利用することが行なわれており,現在,綿布,洋紙,ちり紙,石けん,ゴム靴,畳表,みそ,しょうゆ等一三品目が,このために用いられている。
 II-89表は,作業収入と作業の実施に必要な作業費との関係の累年比較であるが,四二年度においては,その比は,作業費に対して,二六七%であり,近年,作業回収率の伸びが著しい。このことは,いわゆる作業体質の改善への努力のあらわれであると考えられる。作業は,受刑者を社会に復帰させるという矯正目的のもとにおける処遇の一環としてなされるべきものであるから,社会一般の経済状勢と労働需要の状況とに留意し,たえず検討を加えることによって,有用作業の導入等その内容の一層の充実を図ることが必要であろう。

II-89表 作業費回収率の累年比較(単位千円)(昭和33〜42年度)

(4) 職業訓練

 受刑者の職業訓練については,昭和三一年に受刑者職業訓練規則が制定され,訓練の適格者には,できるだけ,これを実施するよう,努力されている。昭和三三年に職業訓練法が施行されてからは,訓練時間および教科内容を,これに近づけるように努め,前記の総合職業訓練施設に指定された刑務所において訓練を修了した者に対しては,労働省職業訓練局長から職業訓練履修証明書の交付を受けている。
 これらの施設における,訓練種目別の履修証明書受領数を示すと,II-90表のとおりであり,総数は三七九で,業種では,木工と活版印刷が多い。次に,昭和四二年度における国家試験その他の資格または免許の取得状況は,II-91表のとおりで,これによれば,受験者数一,四〇一人に対して,合格者数は一,二一七人である。このような資格,免許は,受刑者が出所後職場への定着のために役立つと思われるので,所内において,機会をとらえて,受験できるよう指導されている。

II-90表 労働省職業訓練局長履修証明書受領数(昭和43年度)

II-91表 資格または免許の取得状況(昭和43年度)

(5) 構外作業

 受刑者に社会適応性を与える方法の一つとして,通役(外部の作業場へ毎日通うこと)あるいは泊り込みによる構外作業場が設けられ,準開放処遇が行なわれている。作業の内容は,土木工事,農耕牧畜のほか造船関係等である。昭和四四年三月末現在,五二個所,九七三人の出役をみている。とくに,松山刑務所所管の大井造船作業場,尾道刑務支所所管の有井作業場では,綿密な処遇計画のもとに,開放的処遇を行ない,良好な成績をあげている。昭和四二年度における構外作業の就業延べ人員は,一六〇,三六五人で,総就業延べ人員の一・一%である。

(6) 作業賞与金

 刑務作業に従事した者には,作業賞与金が支給される。これは,賃金ではなく,作業を奨励し,かつ,釈放後における当座の生活の維持および就職準備のための更生資金として役立たせるため恩恵的に支払われるもので,作業の種類,就業条件,作業成績,行状などを考慮して,一定の基準のもとに計算し,作業賞与金計算高として,毎月就業者に告知されている。昭和四二年における計算高の一人平均月額は,六三六円八〇銭である。この賞与金は,釈放のとき,給与するのが原則であるが,家庭への扶助,賠償等必要のある場合には,在所中であっても,その一部を給与することができ,また,行刑累進処遇令の適用を受ける懲役受刑者は,階級に応じて,毎月,計算高の五分の一ないし二分の一に相当する金額を使用できることになっている。

(7) 自己労作

 懲役受刑者は,定役としての作業のほか,累進処遇一,二級のものに限って,作業時間終了後一日二時間以内,紙細工,編物・袋物,メリヤス等の業種について自己労作をすることが許されており,その収益金は,本人の収入となる。昭和四三年一〇月一日現在では,全国で七三五人が従事し,一人一月あたり平均一,五五九円の収入を得ている。

(六) 給養

 衣類,寝具,食糧,日用品等,貸与品または給与品の量や質については,科学的な管理が配慮されている。
 刑務所における主食は,原則として,米四・麦六の割合いで,性別,年齢,作業の強度などによって,一等食(一日三,〇〇〇カロリー),二等食(二,七〇〇カロリー),三等食(二,四〇〇カロリー),四等食(二,〇〇〇カロリー)および五等食(一,八〇〇カロリー)の五等級に分けられて給与される。
 昭和四三年度における副食費は,成人受刑者一人一日あたり三五・四三円(少年受刑者では四〇・五三円)で,前年度に対し一・六九円(少年受刑者では一・九三円)の増額であるが,生活保護法により生活扶助を受けている成人の副食費(二〇歳ないし四〇歳のものの,二級地)の七八・〇三円に比べても,はるかに低い。副食費は,国民生活白書によれば,食糧費の七〇%であるが,刑務所においてはこの比率は,四〇%台である。したがって,野菜の自給,栄養土による調理指導,調理器具の整備など,給食管理の改善等により,要求される六〇〇カロリー以上を確保する努力が払われている。四四年度からは,動物性蛋白質とカルシウム分を補う等のため,脱脂粉乳の加給が行なわれることになっている。なお,結核患者には特別の副食費,結核以外の患者や妊婦には医師の意見により特別栄養食品,延長作業や特別の構外作業に従事する者には加給食,日本人と食習慣を著しく異にする外国人には特別の外国人給食が,それぞれ給与される。

(七) 保健および衛生

 患者の診断・治療のため,施設の規模等に応じ,各施設に医師をはじめ薬剤師や看護婦(士)などの専門職員が配置され,収容人員の少ない支所等については非常勤医師が配置されている。ただ,医師や看護婦(士)の充足が困難であり,また,医療設備の整備などもおのづから制約があるので,その対策として,地域ごとに施設を特定して,医療重点施設を設け,一般施設の慢性の疾患者や高度の医療処置を要する患者を集めるなどして,医療体制の強化を図っている。また,看護婦(士)の不足を補うため,四一年度から,八王子医療刑務所において,毎年二〇名の准看護人を養成している。
 四三年中のり病者(医療を受けて二日以上休養したもの,または,休養しないが医療を受けて三日以上治ゆするに至らなかったもの)の数は,II-92表のとおりである。これを,おもな傷病別にみると,消化器系の疾患が最も多く,二六・四%,ついで呼吸器系の一三・九%,神経系,感覚器系の一一・一%,不慮の事故,中毒,暴力等による損傷八・九%,伝染病および寄生虫七・一%の順となっている。

II-92表 り病者の発病区分と転帰事由(昭和39年〜43年)

 刑務所における衛生管理上,最も注意を要するものは,伝染病ことに急性伝染病の発生である。この予防のため,医療重点施設および保健所等により,収容者の入所時や移送時および給食担当者について検便を行ない,所内外の消毒など環境衛生について配慮されている。四三年には,赤痢患者は,真性五五人,疑似四七人,保菌者六三人が発見された。

(八) 保安

 刑務所および拘置所の安全と秩序を維持しつつ,矯正のための他の機能が十分に行なわれるようにする業務を,保安といっている。
 この保安を維持するためには,まず,刑務事故と反則を防止することが必要である。
 昭和四三年における刑務事故の発生状況は,II-93表のとおりで,件数は五九件である。その内訳別件数では,対収容者殺傷一六件,逃走一四件,自殺九件,対職員殺傷五件等の順になっている。最近五年間における刑務事故件数は,横ばいの状態にあって,とくに逃走,火災および自殺の件数は,戦後最低であり,保安の状況は,おおむね平穏といえるが,傷害事件が増加していることは,注目すべき傾向で,重要な保安方策の課題である。

II-93表 刑務事故発生件数(昭和39年〜43年)

 なお,在所中の行為により起訴された収容者数は,II-94表のとおりである。四三年においては,受刑者三〇二人,その他の収容者二七人で,前年にくらべ,いずれも減少している。起訴罪名では,いずれの年においても,傷害が最も多い。

II-94表 在所中の行為により起訴された収容者数(昭和41〜43年)

 また,受刑者で所内の規則に違反し(反則),懲罰を受けた者の数は,昭和四三年においては二九,六四四人,一日平均八一・二人である。II-95表は,最近三年間における受刑者の受罰人員を,その事犯内容別にみたものである。昭和四三年において,最も多いものは,職員,収容者等に対する暴行で,五,七〇二人(総数に対する一九・二%)であり,ついで,物品不正所持,同授受の四,一一四人(一三・九%),抗命の三,一五七人(一〇・六%),たばこ所持二,五六〇人(八・六%),怠役二,四二四人(八・二%)となっている。

II-95表 受刑者懲罰事犯別受罰人員(昭和41〜43年)

 これらの懲罰事犯に対しては,軽へい禁(二か月以内の期間,独居房に収容して,必要と認める場合のほかは,その房から出さないで,反省黙居させる。),文書・図画閲読禁止,叱責など,監獄法に規定されている懲罰が科せられる。II-96表は,昭和四三年における懲罰の種類別受罰人員および率を示したものである。受刑者について最も多い懲罰は,文書・図画閲読禁止で,八〇%におよんでおり,次は,軽へい禁の七八・二%で,この二つの懲罰は,併科されることが多い。作業賞与金計算高減削は,二〇・三%で,叱責は,一二・三%である。運動停止,減食等が科されることは,きわめて稀である。

II-96表 懲罰の種類別受罰人員(昭和43年)

 保安業務を行なうに当たっては,暴力団関係収容者や精神病質者といった処遇困難者の取扱いについて問題がある。近年,収容人員は減少をみているが,処遇困難者の比率は横ばいの状況にあって(II-97表),暴力団関係収容者の受刑者中に占める割合は高くなってきており(II-98表),暴行,抗命等の悪質な紀律違反行為が増加している。処遇上間題のある収容者の実態については,昭和四〇年に行なった法務総合研究所の調査によると,問題受刑者の全受刑者に対する比率は,五%(男子)であり,一般的にいって,犯罪傾向の進んだ者や心身に障害のある者,とくに,精神病質者に多く,その問題行動の特徴としては,職員に対する暴言,他の収容者に対する暴力,争論などの攻撃的なものが多いほか,怠業も多かった。また,問題受刑者について,反社会集団に所属している者の比率は,一般受刑者の一五・六%に対し,二倍を越える三八・一%であり,反社会的集団は,刑務所の高い塀を通して,所内のインフォーマル関係にある種の力を加え,これが,また,反社会集団所属の受刑者の所内における問題を強めてきていることが認められている。

II-97表 受刑者の処遇難易別比率(昭和39〜43年)

II-98表 暴力団関係収容状況累年比較(昭和39〜43年)

 そこで,問題受刑者については,医療刑務所への移送,あるいは治療的処遇計画による再適応工場または設備での錬成等を行なうほか,とくに暴力団関係収容者は,ややもすると,所内で結合して職員を威圧し正当な職務執行行為を妨げ,または他の集団と対抗反目して重大事故を招き易いので,これらを分散移送するほか,関係機関と緊密な連絡をとるとともに職員の士気の高揚に努めるなどして,保安体制に遺憾のないよう,十全の対策がとられている。