前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 昭和44年版 犯罪白書 第一編/第六章/五/2 

2 収賄

 収賄は,公務員犯罪の中で,最も高い比率を占めているうえに,この種の犯罪は,公務員の職務の公正を害し,官公庁による施策の適正な運営を阻害し,官公庁に対する国民の信頼を失なわせ,ひいては国民の遵法精神を低下させるなど,多くの弊害をもたらすものであり,公務員犯罪の中でも重要なものの一つである。世論のこの犯罪に対する批判はきびしく,その絶滅が叫ばれて久しいにもかかわらず,依然としてその後を絶つきざしのみえないことは,寒心に堪えないところである。この種事犯は,収賄者,贈賄者の双方が罰せられ,特定の被害者が存在しないため,きわめて潜在性が強く,その取締りも困難であるので,統計面に現われた数字だけを捕えて,その動向を論ずることはもとより早計であろうが,表面に現われた犯罪の傾向をみることは,いちおう,その背後に隠れたものの傾向や,続発する原因を知る一つの手がかりとなるであろう。
 一口に,収賄事件といっても,被疑者の地位や,犯行の手段,方法,犯罪の規模などが千差万別で,その原因を,一概に断定することは困難であるけれども,最近の犯罪をみると,その重要な原因として,おおむね,次の諸点が考えられる。まず,公務員の自覚の欠如が第一にあげられる。公務員のなかにはみずからの職責,とくに公正廉潔の重要性についての自覚に欠け,その付与されている権限を行使するにあたり,ややもすれば役得意識のもとに関係業者等から,金品や饗応を受け収賄事件をおこしている者もある。はなはだしい場合は,業者に対し金品を要求し,賄賂の使途も,遊興費や土地の購入費,住宅の建築費,身分不相応なぜいたく品の購入などにあてるなど,公務員としての自覚の欠如が著しいと思われる事例もある。
 次に,綱紀の弛緩が考えられる。公務員の服務規律が厳正で,上司は部下を指導監督し,部下はすすんで上司の指揮監督下に入り,各自がそれぞれの職務の重要性と責任の重大性を自覚して,職務の遂行にあたれば,犯罪発生の可能性は,きわめて少ないと思われる。ところで,このような綱紀が保持できない原因として,人事管理と事務運営の不手際による場合が少なくないので,適正にして清新な人事管理を行なうとともに,事務運営に関し,その改善に努めることが必要と思われる。なお,政府は,公務員の不祥事件に対処するため,昭和四四年五月二三日の閣議において,今後実施することが望ましいと思われる事項として,(一)責任体制の整備,(二)人事配置上の配慮,(三)服務規律の確保,(四)部内監察制度,(五)職務上の秘密の保護,(六)不祥事件発生の際の処分関係,(七)業者等部外への協力要請の七つを取りあげ,各省庁はこれを参考として,その対策を推進されたい旨要望することとした。
 次に,地方公共団体の公務員の,地方自治の運用上の欠陥に起因する場合が考えられる。地方公共団体の公務員がその地位を利用して,業者と関係を結び,これが犯罪の温床となり,また,地方公共団体の人事管理の欠陥が,地方都市の急激な開発に伴う住宅用地・工場用地の造成,道路整備計画などの建設,あるいは教育行政などに関連して露呈したとみられる事例がみうけられる。
 警察庁の統計によれば,昭和三三年から四二年までの一〇年間に,収賄罪で検挙された公務員は,合計五,二二〇人(うち四五九人が,いわゆる「みなす公務員」である。)に及んでいる。そこで,右の統計に基づいて,検挙人員の多かった職種を,それぞれ上位十番目までを掲げてみると,I-137表のとおりであるが,検挙人員累計のもっとも多いのは,「土木・建築関係の地方公務員」の八五〇人で,次いで、「地方公共団体の議会の議員」の八一一人の順となっている。このように地方公務員関係の,収賄事件の検挙人員が多いのは右に述べた事情によるものであろう。

I-137表 収賄事件検挙人員比較(昭和33〜42年累計)

 最後に,一般企業者間の過当競争による場合が考えられる。すなわち,業者のなかには激しい,経済競争に勝ちぬくために手段を選ばず,関係公務員に対し,金品をもって,計画的,かつ,執ように働きかけている風潮もみられ,これが汚職事件発生の一因と考えられる事例もみられる。根本的には,公務員の自覚にまつべき問題ではあるが,他面この種業者に対しても,その自粛を要望せざるをえない。
 このような収賄事件の,検察庁における処理状況は,前掲のI-136表にあるとおり,総数の約五割が公訴を提起されている。いうまでもなく,この種の事犯は,一般に物的証拠が乏しく,関係者の供述に依存せざるを得ないことが多い。また,最近の傾向として,その手段はますます複雑巧妙化しており,かつ,証拠隠滅工作が行なわれる事例もまれではない。したがって,この種事犯について,公訴を維持するに足る証拠を収集することが容易でない事情を考えると,収賄罪の起訴率は,相当に高いといってよいように思われる。
 次に,公訴を提起された収賄事件が,裁判所でどのような刑に処せられているかを,最近五年間についてみたのが,I-138表である。これによると,懲役刑に処せられた者の総数のうち,一年以上の刑に処せられた者の占める割合は,四六・四%ないし三八・六%であるが,執行猶予率は,九四・二%ないし八三・八%となっている。刑法犯で懲役刑に処せられる者の執行猶予率が約五割であるのに比し,非常な高率を示しているが,これは,犯人が社会的に大きな制裁を受け,また,その地位を失えば再犯が不可能であるというこの種事犯の特殊な性格などによるものであろう。

I-138表 収賄罪通常第一審科刑別人員(昭和38〜42年)

 贈収賄多発の原因は,多様であり,ひとり刑罰のみをもって,この種事犯の絶滅を図ることは不可能であるにしても厳正な取締りを遂げ,犯人の責任にふさわしい刑罰を科することが,この種の犯罪を防止するため必要なことはいうまでもないところであろう。