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 昭和44年版 犯罪白書 第一編/第五章/一 

第五章 学生による集団犯罪

一 概説

 わが国における最近の犯罪現象の中で,注目されるものの一つは,学生を主体とする過激な集団暴力事件が,学園の内外にひん発していることである。すなわち,学外においては,昭和四二年一〇月のいわゆる第一次羽田事件以来,昭和四三年一月の佐世保事件,二月以降の王子,成田事件,一〇月の新宿事件,さらには,本年四月の沖縄デー事件などの集団暴力事件が相次いで発生している。一方,学園内においても,各地の大学において,学園紛争が多発し,バリケードによる学園封鎖,派閥間の暴力抗争などをめぐって刑事事件が多発している。
 このような情勢に伴って,全国の検察庁が受理したこの種事件の被疑者の数は,激増の傾向にある。I-26図は,昭和四二年一〇月以降本年四月までの間を,おおむね三か月毎に分けて,一か月平均の検察庁の受理人員数の推移をみたものであるが,昭和四二年一〇月から一二月までの三か月間の月平均受理人員は一四八人であったが,その後,学生の集団暴力事件の受理は日を逐って激増し,昭和四三年四月から六月までの期間では,一か月平均が五〇〇人をこえ,同年七月から九月までの間は,わずかに減少したものの,その後,再び増勢に転じて,本年一月から四月までの四か月間の月平均受理人員は,八〇二人という数字を示すに至っている。

I-26図 学生事件の1か月平均受理人員の推移(昭和42年10月〜44年4月)

 学生による集団暴力犯罪は,その受理人員,事件数の増加のみならず,その手段方法も,凶悪化・過激化の傾向が看取され,犯行に供され,あるいは,準備される凶器類等も,その性能あるいは用法上いずれも危険性の高いものが増加してきていることが指摘されよう。
 昭和三五年のいわゆる「六〇年安保闘争」の時には,この種凶器類としては,せいぜい旗竿,石塊ぐらいにすぎなかったが,第一次羽田事件では,ヘルメットに身を固め,角材などをもって武装し,さらに,王子事件以降は,石塊,角材のほかに,鉄片,劇薬などまでが用いられるに至っている。また,その態様も激化し,たとえば,街頭をバリケードで封鎖して路上を遮断占拠するとか,主要な駅で混乱をおこし,交通機関を停止麻痺させるなどにおよんでいる。I-97表は,大学構内において押収された凶器等をみたものであるが,さしあたって,昭和四三年九月四日から同年一二月二一日までの三か月余の期間内に押収された凶器等の種類および数を,本年一月一日から五月一日までの四か月間に押収された凶器等のそれと比較すると,たとえば,火炎びんが九〇倍以上,竹槍,竹竿が九〇倍近く,鉄棒等も二〇倍近くと,危険な凶器等の飛躍的な増加が顕著であり,このことは学生による集団犯罪の,最近における過激化,暴力化の傾向の一端を示している。

I-97表 大学構内における押収凶器等の推移

 犯罪の方法が凶悪化・過激化し,より危険な凶器の使用される機会が増加したことに伴って,この種事件によって関係者に負傷者が続出し,さらには不幸にして死亡者をもみていることはまことに注目にあたいするといえよう。I-98表は,昭和四二年二月二六日の砂川基地拡張阻止闘争から,本年四月一二日の岡山大学検証事件までの間,八七件におよぶ学生による集団暴力事件に際して,負傷あるいは死亡した者の数をみたものであるが,負傷者の総数は一〇,八三〇人で,そのうちの九,五一九人が,警察官によって占められており,これは,一件あたり一〇九人余の割合となる。警察官が,法の執行にあたって,一件平均一〇〇人以上が負傷するという事態が,続いているということは,まことに異常というほかはなく,それ自体が,この種学生による集団暴力事件の特色を物語るものにほかならない。

I-98表 学生事件による負傷者数(昭和42年2月26日〜44年4月12日)

 さらに,この種の犯罪による被害は,人身の死傷にとどまるものでないことは言うまでもなく,数多くの大学の施設や,公共交通機関などが損壊され,交通の途絶や,営業の妨害など,一般市民の直接蒙った損失も少なくなく,広範囲にわたり,多種多様の被害がおよんでいるところである。
 このように,学生による集団犯罪のひん発は,社会の各方面に,きわめて深刻な影響を与えているが,それが,わが国の将来をになうベき青少年によって行なわれているという点においても,軽視することのできないものがあろう。
 さらに,この種の事件の発生は,ひとりわが国においてのみ現われた事象ではなく,程度の差こそあれ,いわゆるステューデントパワーの高まりと評される現象として,多くの国において現われている。このような事態に至った原因については,論ぜられるところが多く,その理由として挙げられている事がらも,多岐にわたっているが,本章においては,主として統計により,この種犯罪の実態と問題点の一端に触れることを試みたい。