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 昭和35年版 犯罪白書 第二編/第一章/五/6 

6 無罪の補償(刑事補償)

 裁判で無罪となった者や,有罪の裁判が確定して刑の執行をうけたが後になって寃罪とわかった者は,精神上,肉体上または財産上の幾多の損害をうけたことになるが,これらの者のうけた未決勾留の損害と刑の執行による損害とを金銭に換算して,国が補償するのが,刑事補償法による刑事補償の制度である。
 刑事補償の要件は,二つある。一つは,無罪の裁判をうけたことである。つまり,通常手続や再審または非常上告の手続によって無罪となったことである。免訴や公訴棄却の裁判をうけた場合には,これらの裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判をうけたろうと認められる十分の理由があるときにかぎって,補償の対象となる。その二は,これらの者が未決の抑留または拘禁をうけたか,または刑の執行をうけたことである。
 刑事補償の内容は,未決の抑留,拘禁,懲役,禁錮,拘留,拘置,労役場留置をうけた場合には,その日数に応じて一日二〇〇円以上四〇〇円以下の割合で裁判所が決定し,死刑の執行による補償は,本人の死亡による財産上の損害額に,五〇万円以内で裁判所が相当と認める額を加え,また,罰金,科料,追徴の執行による補償は,すでに徴収した金額に,徴収の翌日から補償決定の日までの期間に応じて年五分の金額を加算した額とすることになっている。
 刑事補償は,補償請求権者からの請求によって行なわれる。昭和二七年から昭和三三年までの刑事補償の運用状況は,II-59表のとおりである。これによると,刑事補償を請求した者の数は,漸減の傾向をたどっており,これに応じて,刑事補償をうけた者の数も,減少の傾向にある。補償を請求した者とこれをうけた者との数にひらきのあるのは,たとえ無罪の裁判をうけたにしても,(イ)本人が捜査または審判を誤らせる目的で虚偽の自白をし,または証拠を作為することによって起訴などされたと認められる場合,(ロ)併合罪の一部につき無罪の裁判をうけたとしても,他の部分について有罪の裁判をうけた場合などには,裁判所は,一部または全部の補償をしないことができることになっているからである。なお,補償額の一件あたりは,平均二万円から四万円程度である。

II-59表 刑事補賞請求人員と補償をうけた人員等

 刑事補償は,被疑者として抑留または拘禁された場合,つまり,逮捕,勾留されたが,結局不起訴処分におわったというのには,適用されない。しかし,これらの者が無実なら補償さるべきは,いうまでもない道理なので,それには,被疑者補償規程というのがある。これによると,逮捕または勾留されたけれども不起訴処分となった者で,罪を犯さなかったことの明白なのには,検察官は補償することができるとされ,実際に補償されている。法務省刑事局の調査によると,昭和三二年から昭和三四年までのあいだに補償の請求のあった事件は一一人,うち補償されたのは六人で,その金額の合計は,二五,五〇〇円である。
 なお,刑事補償や被疑者補償のほかに,国家賠償法によって,賠償をうけることができる。これは,国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員が,その職務を行なうについて,故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国または公共団体がこれを賠償しなければならないという制度で,法務省刑事局の調査によれば,昭和二三年から昭和三二年までのあいだに,行政訴訟を提起された国家賠償事件三三四件のうち,請求を認容する判決のあったのは一五件,その内容が刑事手続に関係のあるものは七件である。