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 昭和35年版 犯罪白書 第二編/第一章/二/4 

4 起訴猶予付微罪処分

 捜査の結果,犯罪を認めるべき証拠がなければ不起訴処分にするが,犯罪の嫌疑が証拠によって認められる場合でも,起訴の手続をとらず不起訴処分にすることがある。これを起訴猶予とよんでいる。すなわち,起訴猶予は,犯罪の嫌疑はあるが,起訴しないという処分である。これに対して,微罪処分は,検察官の一般的な指示にもとづいて警察官のする処分で,同様に犯罪の嫌疑はあるが,犯情がいちじるしく軽微で起訴にあたいしないことのあまりにも明白である事件について行なわれる。

(一) 起訴猶予

 検察官は,犯罪の嫌疑があったとしても,かならずしも,起訴の手続をとらねばならぬわけではない。刑事訴訟法は,犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,不起訴処分ができるとさだめている。このように,起訴猶予を認めるものを起訴便宜主義といい,これに反して,犯罪の嫌疑があれば,かならず起訴しなければならないとするのを起訴法定主義という。わが国では,明治二二年に施行された旧旧刑事訴訟法の当時には,起訴便宜主義の規定がなかったので,当初は,起訴猶予は許されないとする意見もあったが,実際には,すでに明治年間からある程度には行なわれ,大正年間に入ってその適用が活発となった。そして,大正一三年の旧刑事訴訟法と昭和二四年の現行刑事訴訟法とは,明文で起訴猶予制度を認めている。
 さきに述べた刑事訴訟法の規定によると,起訴不起訴の基準として,犯人の性格,年齢,環境のような主として犯人の危険性をあらわす要素が考慮されるとともに,他方では,犯罪の軽重,情状のような犯人の刑事責任に影響をおよぼす事情,ならびに,犯人の改悛とか,示談の成立とか,被害者の宥恕といった犯罪後の情況も考慮されて,起訴不起訴が決定されることになっている。
 諸外国の法制でも,たとえば,ドイツでは,原則として法定主義をとっているが,違警罪および軽罪については,例外的に,起訴猶予制度を採用している。しかし,その適用はきわめて狭くかぎられているのであって,このほかには,明文をもって起訴便宜主義を採用している国は少なく,結局,わが国の起訴猶予制度は,諸外国にその例をみないほど,大幅に活用されているということができよう。II-5表は,昭和二九年から昭和三三年までの五年間と昭和七年から昭和一一年までの五年間とにつき,それぞれ,検察官の処理総件数と起訴猶予人員との比率をみたものである。

II-5表 検察庁処理事件中の起訴・起訴猶予等の百分率

 これによると,戦後の起訴率は,しだいに上昇の傾向にあるが,五〇パーセント以上の事件が不起訴処分になっていること,また,戦後の起訴猶予処分は,戦前の平均である五五パーセントよりは低いが,全事件の四〇パーセント前後がこれに該当していることがわかる。
 起訴猶予処分は,検察官が,刑事政策的立場から,諸般の事情を考察して,必要ならざる処罰を避けようとするところに意義があるのであって,その適用は惜しむべきではないが,反面,その適用を誤ると,国民の規範的意識を低下させるとともに,被害者の立場を蔑視することになるから,この権限の行使にあたっては,検察官に,高い識見と事案に対する鋭い洞察力とが求められねばならないであろう。

(二) 不起訴処分に対する抑制

 起訴猶予をはじめ,起訴不起訴の決定は,検察官にあたえられた強力な権限であるが,その反面,これが濫用されると,刑政が弛緩するおそれが多分にある。これを抑制するために,法は,二つの制度を設けた。その一つは,準起訴の手続で,その二つは,検察審査会の制度である。このほか,告訴,告発のあった事件については,不起訴処分に付したときは,検察官は,告訴人,告発人にその旨を通知し,また,その請求があれば,その理由を告げなければならない,とされている。

(1) 準起訴手続

 公務員の職権濫用罪その他について,告訴や告発のあった事件につき,検察官がこれを不起訴処分に付したときには,これに不服な告訴人,告発人は,地方裁判所に対して,その事件を地方裁判所の公判に付することを請求でき,地方裁判所が,この請求をいれて,事件を裁判所の審判に付する旨の決定をしたときは,その事件は,検察官の起訴がないのに,起訴されたものとみなされて,公判審理が開始されるのである。
 警察官の職権濫用などについては,検察官の不起訴処分を不服として,準起訴手続を請求する場合が少なくない。昭和二四年にこの制度がとりいれられてから,昭和三三年末までのあいだに,この種の審判請求事件は六二四件をかぞえたが(法務省刑事局の調査による),このうち,検察官の不起訴処分を不当として審判に付する旨の決定のあったのは,わずか五件にすぎず,他は,いずれも,不起訴処分を相当として,請求が却下されている。
 審判に付する決定のあった五件のその後の経過をみると,一件は免訴の判決が確定し,一件は禁錮五月執行猶予二年,一件は禁錮八月執行猶予二年で,いずれも確定したが,のこる二件は(昭和三三年末現在で),一は上告審に係属中であり,一は第一審に係属中である。

(2) 検察審査会

 検察審査会は,くじで選び出された一一人の検察審査員で構成され,検察官のした不起訴処分についてその当否を審査するとともに,あわせて,検察事務の改善に関し建議または勧告をする機関である。告訴や告発をした者または犯罪によって害を被った者は,検察官のした不起訴処分について,検察審査会に対し,審査の申立をすることができる。検察審査会は,この申立をうけまたは職権でとりあげた不起訴事件について,その不起訴処分が相当であるかどうかを審査し,不起訴処分が相当でなかったと認めれば,不起訴処分は不相当である旨を議決し,これを検事正に通知する。検事正は,この通知をうけたときは,当該事件の再捜査を行なうほか,その証拠を再検討して,起訴すべきものと思料すれば,あらためて起訴の手続をとるが,やはり不起訴処分を維持すべきものと認めれば起訴の手続をとるにおよばないことになっている。つまり,検察審査会の議決は,法律上,検察官を拘束するものとはされていない。
 II-6表は,昭和二九年から昭和三三年までのあいだの検察審査会の受理および処理の状況と,起訴相当の議決のあった事件のその後の処理経過をみたものである。これによると,起訴相当の議決のあったものは,この五年間に合計五五六人で,処理総数八,六八八人の六・四パーセントをしめている。また,起訴相当の議決があった事件のうち,検察官が再捜査をしまたは再検討した結果,あらためて起訴した件数は,合計一〇六人であるから,その一九パーセントにすぎない。

II-6表 検察審査会の事件受理・処理人員

 ところで,かように検察審査会の議決を尊重された事件であっても,公判の結果無罪とされる比率は,他の一般事件にくらべると高い。すなわち,II-7表によれば,有罪無罪の確定した総件数は五年間で九一人であるが,無罪となった者の合計は一三人で,無罪率は一四・四パーセントとなる。一般事件の無罪率は約一パーセントであるから(II-55表参照),これはいちじるしい高率といわなければならない。このように,審査会が起訴相当の議決をした事件がかならずしも起訴されず,また,起訴したものについても無罪率が高いというのは,検察審査会でのいわゆるしろうとの常識が,厳格な証拠法にもとづいて事件を処理する検察官や裁判所の判断と一致しない場合の少くないことを示しているものといえよう。

II-7表 検察審査会起訴相当議決事件の経過(人員)

(三) 微罪処分

 司法警察員が犯罪の捜査をしたときは,事件を検察官に送致しなければならないとされているが,検察官に送致しても事案軽微との理由で起訴猶予処分になることが司法警察員からみても明白な場合には,正式な事件送致の手続をとらせるのは,無駄なこととしなければなるまい。しかし,その判断を司法警察員に一任することは,不統一をまねく危険があるので,検事正がその一般的指示権にもとづき,管轄区域内の司法警察職員に対し微罪処分の基準を提示することにより,統一をはかることになっている。この基準に該当する事件については,単にその処理年月日,被疑者の氏名,年齢,職業,住居および犯罪事実の要旨を毎月一括して検察官に報告すればたりることとされている。
 現在,微罪処分の対象とされている事件は,おおむね,つぎのようなものである。
(一) 被害僅少かつ犯情軽微で,賍物の返還その他被害の回復が行なわれ,被害者が処罰を希望せず,かつ,素行不良でない者の偶発的犯行で,再犯のおそれのない窃盗,詐欺,横領事件およびこれに準ずべき事由のある賍物事件。
(二) 得喪の目的たる財物がきわめて僅少で,かつ,犯情も軽微であり,共犯者のすべてについて再犯のおそれのない初犯者の賭博事件。
 II-8表は,微罪処分になった刑法犯の人員数とその割合であるが,微罪処分は,警察官の処理した刑法犯総人員のわずか二パーセント弱にあたるにすぎない。しかし,実際には,このほかにも,微罪処分という形式をとることなく,警察かぎりで不問に付しているものがあろうかとおもわれる。

II-8表 刑法犯中の微罪処分人員等