第二編 犯罪者の確定
第一章 犯罪の捜査,検察および裁判
一 序説 犯罪者であることを確定するためには,ある犯罪が特定の人によって犯されたものであることが証拠によって証明されることを必要とする。犯罪者であることを確定する手続が,刑事手続である。刑事手続は,時代を問わず,洋の東西を問わず,犯罪があって,これを処罰しようとするところには,必然的にうまれてくる手続である。 刑事手続の歴史をみると,古代はしばらくおき,糺問的手続から当事者主義の手続へと,しだいに進化してきたといえよう。この進化の基本となったものは,どうすれば事案の真相を把握して誤判をふせぐことができるか,被告人の人権をできるだけ保障するにはどうすればよいか,また,迅速かつ適正な裁判をするにはどうすればよいか,という三つの命題であったに相違ない。現行の刑事訴訟法第一条も,刑事手続の理念として,四つの原理,すなわち,公共の福祉の維持と,基本的人権の保障と,真相の究明と適正迅速な裁判とをかかげているが,この四つの原理こそ,刑事手続をささえる基本的な原則といわねばならない。この四つのうち,手続のある分野では,一つの原理がつよく前面に押しだされて,他の原理は影をひそめることもあるし,ある分野では,二つの原理が相反撥してそのあいだの調和をはかるために苦慮することもあるが,ともあれ,これらの原理のもっともよく生かされ,かつ,調和を保ちつつ合理的に支配している刑事手続が,最善の刑事手続といえるであろう。 現行刑事訴訟法は,フランスやドイツの刑事訴訟法を継受した旧刑事訴訟法に,アメリカ法を大幅にとりいれた世界でもユニークな手続法である。とくに,陪審制を採用せず,職業裁判官が事実認定を行なうというたてまえをとりながら,証拠法の分野では,英米法を大いにうけいれたという点に,大きな特色があるといえよう。また,被疑者,被告人の人権の尊重にとくに意をもちい,逮捕,勾留をはじめ,強制力の行使について厳格な制限に服させているのも,その特色の一つである。さらに,公判審理の段階では,当事者主義,弁論主義を徹底させているのも,その特色に加えられよう。 刑事訴訟法の特色の一,二を右にあげたが,かならずしもこれにかぎられるものではない。このほか,起訴状一本主義とか,継続審理とか,いろいろ新しい制度がとり入れられているが,要は,これらの特色なり制度なりが,右の原理にかなって運用されているかどうかであろう。 もし,その運用が右の原理とあいいれないような状況にあるならば,改善を求めなければならないであろうし,場合によっては法の改正を必要とすることになろう。この意味で,現行刑事手続の運用状況を,主として統計の面からながめようとしたのが,本章の目的である。しかし,現在行なわれている警察統計,検察統計または裁判統計は,この目的をはたすためには,かならずしも十分ではないが,ともあれ,刑事手続の運用を統計の面からながめることは,意義のあることとしなければなるまい。 本章で,とくに重きをおいた点が三つある。 一つは,無実の者を誤って有罪としたいわゆる誤判はなかったか,という点である。神ならぬ人のする裁判であるから,誤判を絶無とすることはできないが,これをもっとも少なくするような刑事手続でなければならないからである。 二つは,被告人,被疑者の人権は守られているか,という点である。逮捕,勾留が主としてこの問題点となる。 三つは,迅速な裁判が行なわれているか,という点である。「遅れた裁判は,裁判なきにひとしい」という格言があるくらいに,裁判の遅延は,裁判の否定に通ずるものがあるので,とくに関心を寄せなければならないからである。 第一の点は,終局判決の項で,第二の点は,逮捕と勾留の項で,第三の点は,公判審理の項で,それぞれ,ふれることとしたい。
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