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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/七/2 

2 選挙犯罪の概況

 選挙犯罪とは,公の選挙に関して行なわなれる特殊の犯罪で,これに対する罰則の規定は,現在主として公職選挙法(昭和二五年法律一〇〇号)に規定されている。この法律は,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の議会の議員および長の選挙などに適用されるが,ほかに,たとえば漁業法が海区漁業調整委員の選挙に公職選挙法を準用するとさだめているように,他の法律でこれを準用するものがある。また,公職選挙法の適用または準用される各種の選挙などのほかに,公の選挙については,旧刑法第二編第四章第九節の「公選の投票を偽造する罪」の適用される場合もある。選挙犯罪は,また,実質犯と形式犯とに区別するのが普通で,買収のようにその行為自体が犯罪性をもついわば刑事犯的なものは実質犯とよばれ,選挙運動の文書の違反のように行政犯的なものは,形式犯とよにれる。
 選挙犯罪の捜査は,厳正公平を旨とし,司法警察職員は,つねに検察官との緊密な連絡のもとに,とくに慎重に捜査をすすめているが,他面,軽微な違反に対しては,警告の措置にとどめているものも多い。その他,検察官が,直接に告訴,告発などをうけたり認知して,みずから捜査する場合の少なくないのが選挙犯罪の一つの特色で,たとえば,昭和三四年四月のいわゆる統一地方選挙の違反では,司法警察員の送致が五四,〇九六人であるのに対し,検察官の直受認知によるのが一一,七四五人にのぼっている(選挙後約六ヵ月の統計による。以下おなじ)。
 選挙違反取締の統計によると(I-71表),選挙犯罪は,最近,ふたたび増加する傾向にあるやにうかがわれる。とくに,昭和三四年の参議院議員選挙と統一地方選挙とは,違反の検挙人員がかなり多かったが,その内容をみると,参議院議員選挙は,買収が四六・一パーセント,文書違反が三七・四パーセント,戸別訪問が六・五パーセント,選挙妨害が〇・六パーセント,不正投票が〇・三パーセントなどとなっている。統一地方選挙では,買収が八八・九パーセントで率がきわめて高く,戸別訪問の四・六パーセントがこれにつぎ,文書違反は二・二パーセントにすぎない。このような相違は,国会議員の選挙では,選挙区がひろく地方選挙とちがって徹底的な買収は困難で,文書による運動の効果が大きいためと考えられる。おなじ傾向は,昭和三三年以前の選挙にもみうけられ,一般に国会議員の選挙では文書違反が多い。また,参議院議員選挙では全国区関係の違反が多く,昭和三四年の選挙のさいの買収事犯の約七六パーセントと文書違反の約七九パーセントは,それぞれ,全国区関係である。

I-71表 選挙違反の検察庁新受理人員等

 昭和三四年の選挙について,買収や文書違反の検挙状況を,警察庁の統計でみると,参議院議員選挙では,全国区が地方区にくらべて買収の少ない反面,文書違反が多くなっており,地方選挙では,都道府県の長および議会の議員の選挙,市の長および議会の議員の選挙,町村の長および議会の議員の選挙といった順で,文書違反のしめる割合が低くなっている。つまり,選挙区のひろいものに文書違反が多い。地方選挙での買収は,都道府県,市,町村の各議会の議員選挙ではあまりちがいがないが,それらの長の選挙では,都道府県知事選挙のがもっとも少なく,町村長選挙のがもっとも多かった。つぎに,同年の選挙について事件の内容をみると,買収事犯や文書事犯のうちにはきわめて大規模なものがあり,参議院議員選挙では,約二千万円にのぼる買収の検挙された例さえあり,地方選挙(県会議員選挙)でも数百万円を費やした買収の例がある。文書違反についても,数万枚から数十万枚の違反文書を頒布したものが検挙された。また,選挙違反が組織的になる傾向もいちじるしく,後援会組織,会社組織,事業者団体組織,労組組織,宗教団体組織,部落組織などあらゆる組織が利用され,それらの政治的,経済的,社会的な諸活動を仮装しての脱法的な選挙運動が多い。選挙運動の時期は,選挙運動期間前に移る傾向があるといわれ,前記の統計では,単純な事前運動の数はあまり多くないが,買収や文書違反などの選挙犯罪が事前運動として行なわれるのがきわめて多い。
 選挙犯罪に対する処分は,悪質事犯に対して厳重処分の方針をとる反面,軽微な事犯に対しては処理がいたずらに苛酷にわたることのないよう留意されている。処分の実情については,昭和三四年の参議院議員選挙違反の処分総員一一,九四六人のうち起訴人員は三,八八六人,起訴率は三二・六パーセント(公判請求五・七パーセント,略式手続二六・九パーセント)で,不起訴人員は八,〇六〇人で六七・四パーセントにあたる。同年の統一地方選挙では,違反の処分総員六四,九三六人のうち,起訴が四〇・三パーセント(公判請求五・三パーセント,略式手続三五・〇パーセント),不起訴が五九・七パーセントであった。もっとも,この起訴率は,罪種によって差異があり,統計によると,不正投票や買収事犯などにおいて高く,文書違反などにおいて比較的に低い。資格別にみれば,候補者,総括主宰者や出納責任者など主要運動者の違反に対する起訴率がもっとも高く,その他の一般運動者に対する起訴率がこれにつぎ,選挙人の違反に対する起訴率はさらに低い。