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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/四/2 

2 財政経済関係犯罪等

 財政経済関係などの犯罪の概況を検察庁新受人員の統計でみると,I-60表のとおりである。そこで,罪種別にその概略をながめてみよう。

I-60表 財政経済関係犯罪の検察庁新受人員

(一) 租税関係

 租税収入はわが国の財政収入の大半をしめ,その確保は,財政の健全を維持する基礎をなすものである。したがって,租税収入をはばむ租税関係犯罪は,その面から重要な意味をもっている。
 税法違反事件は,数では酒税法違反がもっとも多い。戦前にくらべると,酒税や物品税の脱税など間接税の事件は戦前もあったが,所得税や法人税など直接税の脱税事件は,戦後の昭和二三年になって刑事事件としてとりあげられる場合が多くなった。直接税については,この年にそれまでの賦課制度をあらためて申告納税の制度が採用され,納税者の自主的申告にまつとともに,虚偽申告など不正手段による脱税には,体刑や罰金刑でのぞむことになった。検察庁の受理人員をみると,所得税および法人税の脱税事件は,昭和二四年には三〇〇人余にのぼったが,その後は一〇〇人を前後している。だが,その脱税額の合計は累年増加している。一方,間接税の違反事件は戦後急激に増加し,昭和二六,七年には戦後の最高に達したが,国民生活の向上と数次にわたる税制の改正による租税負担の軽減と合理化にともない,その後は減少の傾向にある。しかし,一面,脱税の手段はますます巧妙となっているといわれている。

(二) 金融証券関係

 金融関係事件は,終戦後のインフレにともなう異常な金詰まりで激増し,昭和二九年の保全経済会事件,日本殖産金庫事件で最高潮に達した観があった。その後,金融情勢が安定するにしたがい,この種の事件は減少する傾向にある。昭和二四年に施行された「貸金業等の取締に関する法律」は,昭和二九年には廃止され,あらたに「出資の受入,預り金及び金利等の取締等に関する法律」が,施行され,不特定多数人からの預り金の禁止,日歩三〇銭以上の高金利の禁止などの規定が新設され,この種の事件の取締りがされている。
 また,戦後に,証券民主化政策が推進され,企業の自己資本の充実のためにも証券市場のもつ役割はいちじるしく増大したが,証券取引制度の大規模化と大衆化とにともない,証券取引にからむ犯罪が増加しつつあるのは注目される。

(三) 貿易関係

 わが国の経済は貿易に依存する度合が高く,貿易関係犯罪の取締りはきわめて重要である。密貿易などの関税法違反事件は,終戦後に急激に増加し,昭和二五年には,受理人員が一,八〇〇人をこえて戦後の最高を示し,その後は漸減の傾向にあるが,組織的な密輸出入事件や計画的な関税の脱税事件など,悪質な事犯が少なくない。
 外国為替および外国貿易管理法違反事件は,昭和二七年に講和条約の発効後の貿易の繁忙化とともに増加し,昭和二九年には受理人員四〇〇余にのぼり,その後は減少の傾向にあるが,貿易商社が外国商社と通謀して輸出や輸入の価格を偽わり,いわゆる預り円,預け外貨とよばれる不正な決済関係をつくるなどの計画的な事犯が,なお少なくない。為替および貿易の自由化のすすむにつれ,この種の対外不正取引事犯はおいおいに減少するであろうが,当分は,国際収支の均衡とか,資本逃避の防止とか,国内産業の保護などの見地から,為替や貿易に関する各種の規制がつづく見込だから,かならずしも楽観を許さないであろう。

(四) 産業経済関係

 戦時中から戦後にかけての配給統制や価格統制は,昭和二七年までにほぼ撤廃され,現在統制のつづいている物資として米穀のあるのは前記のとおりであるが,現在も,食糧管理法違反の悪質事犯の取締りの必要はなくなってはいない。なお,昭和三四年秋の伊勢湾台風の災害地では,悪質業者の米穀や建築材料などの暴利による販売がめだち,これは物価統制令を適用して取り締まられた。
 漁業法違反事件は終戦後から漸増し,昭和三〇年には受理人員七,〇〇〇余という戦後の最高にのぼったが,その後は,ゆるやかな上下動をたどり,減少しつつある。農地調整法と自作農創設特別措置法との違反事件については,終戦後の数年は多数の検挙をみたが,農地改革がほぼおわった昭和二七年ごろから,減少の傾向をたどっている。なお,昭和二七年には,この二つの法律が統一されて,農地法となった。

(五) 無体財産関係,独占禁止法違反,商法違反等

 特許,意匠,商標,実用新案など工業所有権関係の事件は,戦後急激に増加し,昭和二五年には,検察庁の受理人員は七〇〇余で,戦後の最高となったが,その後は,ゆるやかな上下動のカーブをたどっている。著作権法違反事件は,戦前と戦後とを通じてきわめて少なく,大きな変化もない。
 このほか,財政経済関係の犯罪には,まず,私的独占の禁止および公正取引の確保に関する法律違反があるが,この罪は公正取引委員会の告発をまって論ずることとされており,この法律の施行いらい刑事事件として起訴されたのは,現在までに八人である。独占禁止の政策は,講和条約発効後,輸出入取引法や中小企業団体組織法によるカルテルの容認などで緩和された。つぎに特筆しなければならないものとして,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反事件がある。この法律は,補助金予算の執行の適正をはかるため,昭和三〇年九月から施行されたが,不正の手段による補助金の受交付,補助金の他用途使用などに罰則があり,国の財政の健全化をはかる見地から取り締まられている。最後に,特別背任,預合などの商法違反事件の検察庁受理人員は,昭和二五年には急激に増加し,昭和二六年から昭和二九年までのあいだは二〇〇人を前後していたが,昭和三〇年以降は,減少して,一〇〇余人に下がっている。