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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第二章/二/4 

4 売春関係の犯罪における問題点

 売春防止法については,補導院収容期間がみじかすぎて,補導の目的を達するのに不十分ではないか,ヒモや単純売春それじたいを罰しないため法の実効があがらないのではないかなどが問題とされている。参考までに,現在わが国で問題となっている点を中心として,諸外国の立法例などを概観すると,つぎのとおりである。

(一) 売春じたいの処罰

 現在,有力な国の立法例で売春じたいを処罰しているのは少ない。イギリスでは,一九五四年に売春問題などの委員会を設けて基本的な検討を行ない,一九五七年にその結論を発表した(Home Office, Report of Committee on Homosexual Offences and Prostitution, 1957)。この委員会は,売春じたいの処罰の問題についても検討したが,その処罰は適当でないという結論に達している。なお,同国では,主としてこの委員会の勧告にもとづいて,一九五九年七月に,Street Offences Actを制定し,道路,公園など公共の場所における売春婦の売春勧誘などに対する刑を重くするとともに,その立証を容易にするなどの措置を講じて,取締りを強化した。

(二) いわゆるヒモの処罰

 現在,イギリス,フランス,イタリー,スイス,デンマーク,ブラジル,ニューヨーク州などでは,売春婦の売春による収益から全部または一部の生活費を得る男子を罰する規定を設けて,いわゆるヒモを処分している。
 この問題は,欧米では,以前から売春取締りに関する重要問題として論議されているのであって,昭和初年,国際連盟に設けられていた婦人児童売買委員会でも,その処罰に関する条項を国際協約に加えるため議題とされたことがある。そして,この委員会(昭和六年四月ジュネーブで開催)では,醜業婦の収益によって生活する者(souteneur)の脱法手段が悪らつで非人道的である点が各委員および顧問から力説され,これを厳罰すべきことに委員会の意見が一致した(以上当時の国際連盟帝国事務局長の外務省宛報告による)。この点を国際協約の内容とすることは実現しなかったがその後,諸外国でヒモの処罰規定を新設しまたは強化したところに,この会議の結論の影響があるとおもわれる。
 この点の立法についてとくに注目すべきは,イギリスには,売春婦と同棲しまたは常習的にともにいることが明らかになった者は,事情を知りながら売春による所得に依存したものと推定される規定のあることである。本人が反対の事実を立証したときはこのかぎりでないが,ある程度に反対の事実があってもそれが立証されないかぎり有罪となる。この種の事犯の立証の困難性を考慮に入れた注目すべき立法であって,フランス刑法もおなじような規定を設けている。とくにイギリスでは,現在は,女子に売春を強要するようなヒモは,まったくいないといってよいほどだといわれる。

(三) 売春婦に対する保安処分

 売春婦を補導するために保安処分を活用している国として,注目すべきものに西ドイツがある。西ドイツには,男女を通じて,紀律ある勤労生活をさせるための労働所(Arbeithaus)収容の保安処分があって,これが売春婦にも適用されている。すなわち,売春常習者が人目をひく方法で公然と売春の相手方となることをすすめるなどの行為によって拘留(六週間以下)を言い渡される場合に,当人を持続して労働するようにさせ,紀律ある生活に馴れさせる必要があるときは,裁判所は,刑とあわせて労働所収容を命ずる。この収容は,刑の執行終了後に行なわれ,その期間の最高は,初度目は二年(二度目以後は四年)であるが,通常少なくとも一年は収容するといわれている。この処分の適用状況は州によってちがうが,全国的には相当に大幅に適用され,売春婦を正業につかせるのにかなり大きな成果をあげているとされている。