第二章 特殊の犯罪とその対策
一 精神障害者の犯罪
1 精神障害とは何か 精神障害者の犯罪は,知能の欠陥や性格偏倚,精神異常などが原因でおきる場合が多いので,常人には理解できないような異常な犯罪が少なくない。ところで,異常な犯罪がおこると,わが国では,報道関係者ばかりでなく,一部の専門家さえ,これを「変質者」のしわざにしてしまう。この「変質」という概念がふるい考え方からきていることはさきに「犯罪の原因」のくだりでも述べた。 精神障害の分類は,学者によって多少ちがってはいるけれども,これを公式に規定しているのは,精神衛生法(昭和二五年法律第一二三号)の第三条で,中毒性精神病を含む精神病,精神薄弱および精神病質に大別される。 現在のわが国で,施設収容を必要とする精神病患者は四三万人といわれているが,実際に精神病院に入っているのはその十分の一程度である。この精神病院に入っている精神病者のうちで,いちばん数の多いのは精神分裂病で,七〇パーセントをしめている。つぎは,この精神分裂病とならんで三大精神病といわれる躁うつ病と,「てんかん」であるが,これらは,入院患者の四パーセント前後にすぎない。そのほか,梅毒性精神病・中毒性精神病(アルコール中毒,麻薬中毒,覚せい剤中毒など),老年性精神病,脳動脈硬化症などいろいろあるが,いずれも五パーセントにみたない。 精神薄弱は,別名を精神発育制止症ともよばれるように,精神の発達が遅れている者で,知能の欠陥と人格の未成熟がおもな症状である。この精神薄弱は,知能の障害の程度にしたがい,白痴(重症),痴患(中等症),魯鈍(軽症)に分けられるのが普通である。文部省の実態調査(昭和二八年)によると,小学校児童のうちで,白痴〇・〇三パーセント,痴愚〇・六パーセント,魯鈍三・九パーセント,計四・五三パーセント,中学校生徒では,白痴〇・〇七パーセント,痴愚〇・五パーセント,魯鈍六・七パーセント,計七・二七パーセントと推定されている。つまり,国民のうち五パーセント前後が精神薄弱である。なお,わが国では,精神薄弱のために施設に収容するのが適当とおもわれる者が四万人ぢかくもいるが,実際に専門の施設に収容されているのは一万人にみたない。 精神病質とは,その人格の異常性のために社会が悩まされるか本人自身が悩まされるような,状態的な不適応者である。この人格障害が遺伝性かどうかは別として,大部分がうまれつきであって,外界の刺激に対する反応の不均衡,人格内部の機能的失調,人格の未熟性などがおもな特徴である。このような特徴は,児童のころから種々の神経症状をともなってあらわれる場合もあるが,大部分は思春期になって顕著にあらわれ,高年になるにしたがって,だんだん弱まる傾向がある。この精神病質人格は,一般に,発揚情性型,抑うつ型,自己顕示型,自己不確実型,気分易変型,爆発型,意志欠如型,情性欠如型,狂信型,無力型などに分けられるが,これらのすべてが犯罪に関係があるわけではない。 精神病質の類型としては,このほかに性的精神病質をあげているのもいる。これは,性欲異常(または性的倒錯)を示すもので,同性愛,児童に対する性愛,若者の老人に対する性愛,動物に対する性愛,自己に対する性愛,物品に対する性愛,死体に対する性愛,異性扮装症,加虐的性愛,被害的性愛,露出症,窃視症など,いろいろある。このような精神病質者が一般国民のうちにどれくらいいるかは明らかではない。一パーセント前後というのから,一〇パーセントとみるのまであって,他の精神障害者のようなはっきりした数字がない。かれらが普通の精神病院に入ることは少ないのであって,多くの者が,社会不適応をおこして,救護施設や矯正施設に入っているからである。
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