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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第一章/二/8 

8 予測研究と今後の方向

 犯罪に対する鎮圧や予防の方策は,犯罪原因に対し,正しい認識と理解のうえに講じられなければならない。しかるに,犯罪原因については,これまで述べてきたように,数多くの学説とさらに数多くの研究成果があって,そのどれをとるかは容易なことでない。また,これらの学説や研究に関連した諸科学は,一方においては協力し,統合されながら,他方においては,ますます専門化し,細分化しつつある現状である。しかし,学問の進歩は,これら多方面にわたる新しい知見のなかから,犯罪性の判定や犯罪人の評価に必要な若干の要因を抽出して,簡便な方式に構成し,客観的,科学的に判断を下すことのできるすぐれた方法を考案するのである。
 科学の進歩は人体測定にはじまって精神測定の方法にすすみ,近ごろは社会測定的方法決をも発展させている。これらが犯罪者の研究にそれぞれ重要な役割をはたしてきたことは,いまさら云々するまでもないことである。犯罪者を理解するのに大切な一つの方向は,関係諸科学を動員してさらに犯罪性測定の標準化された方法を確立することで,これを計量刑事学とよんでいるものもある。最近において話題とされている予測法の研究は,このような動きの先端をゆくものであろう。
 犯罪予測法は,元来,ドイツでは受刑者の矯正教育上の予後の判定として,また,アメリカでは,仮釈放における再犯予測として出発したものである。この場合は,再犯した者と再犯しなかった者とを明瞭に識別するいくつかの徴候―生物学的,精神医学的,心理学的,社会学的諸因子を,統計的な方法によって選びだし,それによって簡便な予測具を作成するのである。
 この再犯予測の研究は,種々の犯罪者や非行少年にこころみられ,仮釈放におけるばかりでなく,保護観察その他の処分に対しても考案されている。グリュック夫妻は,さきに述べた「少年非行の解明」において,将来の非行を潜在非行のうちに早期に予見する方法を世に問うている。その早期とは五,六才ごろとされているから,グリュック夫妻の早期予測の理論には,さきに述べた精神分析学的非行理論がとりいれられているようにおもわれる。このような理論的背景や,予測表作成の方法にはいろいろ批判の余地があるにしても,客観的評価の方法を犯罪者対策の実際に導入して,従来のような主観的,経験的で,先入主や偏見の入りやすい判定の方法を改善しようとする努力は,高く評価されなければなるまい。再犯予測因子や非行予測因子とよばれるのは,一定の犯罪者のグループと,その対照群との比較によって得られたもので,いかに数を多くとってみても,犯罪原因のすベてを網羅するわけにはゆかないが,犯罪原因や犯罪性を明確にうつしだして,その具体的な像を彷彿させる簡便な螢光板の一つといえよう。