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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第一章/一/3 

3 特別法犯の推移

 特別法犯は,刑法以外の法令に違反する犯罪で,最近は,数的には刑法犯をしのいでいる。しかし,その大多数は,行政上の取締りの目的のためにさだめられた法規に違反するいわゆる法定犯である。その主たるものについては,本編の第二章にゆずり,ここでは,きわめて概略の説明にとどめる。

(一) 戦前(昭和二-一一年)

 明治以来の特別法犯の第一審有罪人員数の動きをみると,明治一八年に激増したほかは,ほとんど大きな変化はなく,ほぼ同一の水準にある。昭和初年にもほぼ同様であるが,ただ,後半は前半よりも増加している。起訴猶予人員数においては,昭和初年の後半にかけての増加は顕著である。
 ところで,戦前の特別法犯について注意すべきは,違警罪即決例(明治一八年太政官布告三一号)の適用により警察署長の権限で即決処分に付され,正式裁判の申立をせず,そのまま拘留または科料の刑の確定した者のきわめて多かったことである。とくに,拘留に処せられると,実質的には,軽い罰金よりも重い制裁となることも多かった。さて,一審有罪人員および起訴猶予人員とともに戦前における違警罪即決人員をみると,I-11表のとおりで,これらのうち,一審有罪人員などにつき,戦後までのをグラフにしたのがI-32図である。なお,違警罪即決人員からは,その年の正式裁判申立人員を除いた数が計上してある。

I-11表 特別法犯の一審有罪人員等

I-32図 特別法犯・道路交通取締法令関係の一審有罪人員等

 罪名別では警察犯処罰令違反がもっとも多く,全体の約四分の一をしめ,これにつぐものが,道路交通取締りのための自動車取締令または道路取締令の違反であった。経済統制法令違反は,戦時に入ってからのもので,主として昭和一五年以降である。昭和初年において,質的にもっとも重要な特別法犯は治安維持法違反で,数的にはそれほど多くはないが,この違反のために,当時の警察,検事局および裁判所は大きな力をついやした。その検挙人員,有罪人員等は,I-10表のとおりである。昭和五年までは,五,六千台であったのが,昭和六年から昭和八年までは一万台をこえた。昭和五年までは,数では昭和六年から昭和八年までよりも少ないが,検挙の当初ではあり,いわゆる大物を対象としたため,警察力をわずらわした程度は,むしろ,後者にまさるとも劣らなかったともいえるのではないかと考えられる。

I-10表 治安維持法違反の検挙・一審有罪人員等

(二) 戦後

 戦後の一審有罪および起訴猶予の人員は,I-12表のとおりである。終戦後,昭和二三年までの混乱期には,食糧管理法,物価統制令などの違反の事件がおびただしく発生し,その一部が検挙されたにすぎないが,特別法犯の取締りの主たる対象は経済犯であった。その結果,当時の特別法犯の約三分の二は経済犯で,昭和二四年もほぼ同様であった。しかるに,昭和二四年から配給および価格の統制がしだいに撤廃されるとともに,昭和二五年から経済犯はしだいに減少した。これとは反対に,道路交通取締法令違反はしだいに増加し,昭和二六年にはほぼ同数となり,昭和二七年には,後者が前者をこえた。経済犯は,昭和二七年までに大部分の統制が撤廃されて,主たる統制は米穀に対するもののみとなった結果,大幅に減少し,とくに,昭和三一年以降の減少がいちじるしい。道路交通関係は,昭和二八年以降毎年増加し,最近の特別法犯では,数において,もっとも主たる地位をしめている。

I-12表 特別法犯の一審有罪人員等