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4 女子犯罪の傾向 女子の犯罪は,男子の犯罪にくらべて少なく,男子と異なる特色をもっている。古今東西この点は共通であるが,とくに,わが国は欧米の一般の国ぐに比較して女子の犯罪の少ないことが目だつ。
(一) 女子犯罪の推移 I-13表は,刑法犯第一審有罪人員中における女子の数と,男女合計に対するその百分率とである。この表で明らかなとおり,女子のしめる率はきわめて低く,しかも,時代の推移とともに低下している。司法省刑事統計年報によって大正初年からの統計をみると,大正初年に一〇パーセント前後であったのが,しだいに低く,昭和初年の平時には五パーセント前後になった。戦時中は,もっとも犯罪率の高い青壮年の男子が多数応召するため,女子の犯罪のしめる割合はふえるのが普通で,これは,第一次世界大戦中のドイツについて,統計的に明らかにされた。しかし,わが国の戦時においては,この傾向は認められない。その他,新受刑者中,女子のしめる率も,きわめて低い(III-5表参照)。
I-13表 刑法犯一審有罪人員中女子の人員と百分率 戦後,占領政策として女子の解放が行なわれ,男女同権が実現し,女子の社会的活動の範囲はいちじるしく拡大された。他方,多くの戦争未亡人ができ,戦後の混乱期に窮乏した生活に苦しむ女子がふえた。したがって,女子の犯罪は増加してしかるべきもののように感ぜられるのに,戦後もその割合が全然増加していないのは注目にあたいする。もっとも,戦後の混乱期とその直後には,特別法犯中で女子のしめる割合は増加したのであって,戦前には,刑法犯とおなじ程度またはそれ以下の割合であった女子犯罪が,当時は一五パーセント前後にのぼっていた。これらの特別法犯の大部分は,食糧管理法違反で,その多くは生活費を得るための米のカツギ屋であった。このように,特別法犯の増加したことの影響もあるが,女子の新受刑者とその率は,行刑統計年報によれば,昭和二二年および昭和二三年の両年において,顕著な増加を示している。女子の犯罪の少ないことについては,売春行為が男子の犯罪行為に相当するからで,これを女子の犯罪に加算すれば,女子の犯罪率は男子とひとしくなろうと主張する有力な学説があった。しかし,最近ではこれを支持する者はほとんどなく,売春は,その無力性からみて男子の浮浪や乞食に類するとされている。わが国では,戦後の混乱期に売春婦が増加したが,女子の刑法犯が増加しなかった理由とはならないであろう。 (二) 女子犯罪の特色 女子の犯罪は,罪種別に,男子にくらべて特色がある。昭和三〇,三一年の女子の主要罪名別通常第一審有罪人員と,その男女合計に対する百分率と有責人口に対する率は,I-14表のとおりである。全体の傾向は,女子の特性から,暴力を行使する犯罪の少ないことである。堕胎や嬰児殺がその性質から女子に多いのは当然であるが,殺人が比較的に多いのは,毒殺または睡眠中を利用するなどの手段をとることができるためと考えられる。放火も,女子が恨みをはらす手段として,比較的多くみられる犯罪である。絶対数と人口に対する率では,窃盗がもっとも高く,詐欺がこれにつぐ。
I-14表 刑法犯主要罪名別女子の通常一審有罪人員と百分率等 行刑統計年報によって女子新受刑者の罪名別統計をみると,刑法犯については,ほぼおなじ傾向を認めることができる。ただ,注意すべきは,最近に特別法犯のしめる割合がいちじるしくふえていることである。戦後の推移をみると,刑法犯中でもっとも数の多い窃盗と詐欺との合計が,昭和二一年には女子新受刑者の七五パーセント,昭和二五年には八五パーセントであったのが,昭和二九年には五三パーセント,昭和三三年には六〇パーセントと減少している。これは,最近,特別法犯中の麻薬,覚せい剤関係の受刑者が増加したためで,両者の合計は,昭和二八年は一二パーセントであったが,昭和二九年には三二パーセント,昭和三〇年には四四パーセントと増加し,その後減少したが,昭和三三年にも一九パーセントをしめている。この二種の犯罪において,実刑を言い渡される程度に犯情の重いものがきわめて多いことは,最近の女子犯罪の一つの大きな特色といわなければならないであろう。 |