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令和元年版 犯罪白書 第2編/第1章/第1節/コラム2

コラム2 平成期における窃盗事犯の増減と各種施策

刑法犯の認知件数は,平成に入った後も増加傾向にあり,平成14年には285万4,061件と平成期最多を記録したが,15年に減少に転じた後は年々減少して30年には平成期最少の81万7,338件となった(2-1-1-1図参照)。刑法犯の認知件数が増加傾向にあった元年から13年までの間,刑法犯の認知件数全体に占める窃盗の認知件数の割合は80%台後半を保って推移していたが,刑法犯の認知件数が最多を記録した14年に85%を切ると,それ以降,この割合は低下傾向を示し,30年には71.2%にまで低下した。このことは,窃盗が,刑法犯の認知件数が増加していた時期においては,窃盗以外の刑法犯と同じような勢いで増加していたものの,これが減少に転じると,窃盗以外の刑法犯の減少を上回る勢いで減少したということを意味する。

犯罪の増減には,経済,教育,福祉,地域特性等の多くの要素が複雑に絡み合って影響しており,その要因を特定することは容易ではない。しかしながら,犯罪動向を客観的データに基づいて分析し,犯罪対策等を講ずる上での基礎資料を提供するという犯罪白書の使命を果たすべく,平成期の犯罪白書においては,犯罪,殊に窃盗の認知件数の増減について,その傾向や要因を分析・紹介してきた。

刑法犯の認知件数が増加していた時期に発刊された平成13年版犯罪白書では,「増加する犯罪と犯罪者」と題する特集の中で,窃盗を中心として,刑法犯の増加要因について分析を行った。平成13年版犯罪白書では,窃盗について,手口別の認知件数では,路上での暴力的手段を用いたひったくり,自動販売機ねらい,車上ねらいの増加率が高く,ピッキング用具を用いるなど職業犯的な色彩の強い事務所荒し,空き巣等の増加が顕著であること,検挙件数から見た共犯態様では,自動販売機ねらいについて共犯事案の構成比が高い傾向が固定化しつつあり,ひったくりについて共犯事案の構成比が上昇していること,検挙人員を見ると,50歳代以上の中高年齢層,再犯者(何らかの前科又は前歴を有する者)及び窃盗前科者(窃盗により有罪判決を受けたことがある者)の増加が目に付くことなどを指摘した。

刑法犯の認知件数が減少に転じて間もない時期に発刊された平成18年版犯罪白書は,「刑事政策の新たな潮流」と題する特集の中で「最近の犯罪動向の分析」という章を設け,窃盗を始めとする刑法犯の動向を分析した。平成18年版犯罪白書では,平成15年以降,万引きを除き,多くの手口で認知件数が減少に転じたこと,特に,街頭窃盗(車上・部品ねらい,自動販売機ねらい,自動車盗,オートバイ盗,自転車盗及びひったくり)が急減していることを指摘している。もっとも,窃盗の検挙人員については,万引きがその大部分を占める非侵入窃盗の人員が増加していたこともあり,15年以降も増加を続けていることを指摘している。

そして,刑法犯の認知件数の減少が続いていた時期に発刊された平成26年版犯罪白書では,「窃盗事犯者と再犯」と題する特集の中で,窃盗事犯の動向について詳細な分析を行った。平成26年版犯罪白書では,窃盗の検挙人員について,窃盗全体に加え,主要な手口である侵入窃盗と万引きを取り上げて,年齢層別,男女別,職業別の構成比の推移を見ることにより,万引きの検挙人員について高年齢化が進んでいることなどを指摘した。その上で,平成26年版犯罪白書では,犯罪情勢の好転・悪化には様々な事情が複合的に影響しており,各種施策の実施の有無のみをもって窃盗事犯の増減要因を一概に論ずることはできないという前提に立った上で,窃盗を含めた犯罪の抑止に向けた各種施策や民間の取組の実施時期と窃盗事犯の増減との関係について検討を行い,以下の施策・取組が窃盗の発生にとって一定の抑止要因となり得ていたのではないかとも考えられるという指摘をしている。

<1> 街頭犯罪対策

平成15年1月から,警察庁において,「街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策」が推進されており,街頭犯罪等について,犯罪発生の実態を多角的に分析するとともに,犯罪多発地域・時間帯における警戒活動や取締活動が強化されている。

平成15年12月,犯罪対策閣僚会議(本項コラム3参照)において,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画―「世界一安全な国,日本」の復活を目指して―」が策定され,自主防犯活動に取り組む地域住民やボランティア団体の支援についても積極的に取り組むこととされ,警察官等の増員や防犯ボランティア団体の構成員数の大幅増加により,官民一体となった防犯対策がなされている。

<2> 侵入犯罪対策

平成14年11月,警察庁等関係省庁と建物部品関連の民間団体によって「防犯性能の高い建物部品の開発・普及に関する官民合同会議」が設置され,それまでの侵入犯罪の手口を踏まえ,建物への侵入を防ぐための各建物部品の基準等について検討が重ねられ,16年以降,侵入までに5分以上の時間を要するなどの一定の防犯性能を有すると評価された建物部品がウェブサイトで公表され,普及に努めるなどの措置が講ぜられている。

平成15年9月に特殊開錠用具所持禁止法(第1編第1章第2節3項(1)イ参照)が施行され,ピッキング用具等に対する取締りが強化された。

<3> 車両関連の窃盗事犯対策

平成5年法律第97号による自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律(昭和55年法律第87号)の改正により(平成6年6月施行),自転車の利用者に自転車防犯登録が義務付けられ,自転車防犯登録によって盗難自転車の早期発見等が図られるようになった。

平成13年に設置された「国際組織犯罪等対策推進本部」の決定に基づき,同年9月,警察庁等関係省庁と民間団体によって「自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム」が設置され,盗難防止性能の高い自動車の普及,イモビライザー等の盗難防止装置の普及促進,自動車所有者や駐車場管理者等への防犯指導や啓発活動,港湾における盗難自動車の不正輸出防止対策等の措置が推進されている。

<4> 自動販売機ねらい対策

平成8年,業界団体である一般社団法人日本自動販売システム機械工業会が,自動販売機の施錠設備等を破壊されることを防止するための「自動販売機の堅牢化技術基準」を定め,堅牢化自動販売機の普及に努めている。

偽造通貨や変造通貨による犯罪の増加を踏まえ,平成12年に新五百円硬貨が,16年には新紙幣が発行された。

<5> 万引き対策

平成22年9月,警察庁が全国の都道府県警察に「万引き防止に向けた総合的な対策の強化について」を発出し,被害対象となり得る小売店舗を始めとする業界団体に対し,万引きを認知した場合における警察への届出の徹底を要請するとともに,被害関係者の時間的負担等を軽減するため,捜査書類等の合理化を図るなどの取組がなされた。

全国各地で万引き防止に向けた協議会や官民合同会議が開催されるなどし,警察や小売業界だけでなく,学校等の教育機関やPTAをも含めた関係機関・団体が連携して,万引き犯罪に対する啓発活動等が積極的に推進されている。

現在も,「「世界一安全な日本」創造戦略」(平成25年12月閣議決定)の下,「公共空間における街頭犯罪や住宅等における侵入犯罪等への対策の推進」,「自転車盗等身近な窃盗事犯への対策の推進」として,これらの施策・取組は継続されている。

さらに,刑法犯の認知件数が戦後最少を更新し続ける時期に発刊された平成30年版犯罪白書では,「進む高齢化と犯罪」と題する特集の中で,高齢者による窃盗事犯の特徴の分析・指摘を行った。すなわち,高齢者の刑法犯検挙人員のうち窃盗が過半数を占め,主要な手口である万引きにより検挙された高齢者の人口比は非高齢者と比べて高く,再犯者率も5割を超え,毎年1万人以上の女性高齢者が万引きにより検挙されているなど,高齢化が進む中,高齢者の窃盗事犯,万引き事犯対策が重要な課題であることを指摘した。そして,窃盗罪により有罪の裁判が確定した者を対象とした特別調査により,高齢窃盗事犯者については,普段から買い物を利用する店で少額の食料品を万引きするというのが典型例であるところ,非高齢者と比べて困窮している者が少ない上に,その多くが年金を受給し,対人交流面を見ても,同居人がいるか,一人暮らしでも近親者との交流が保たれているにもかかわらず,節約のために万引きに及ぶ例が多いこと,高齢女性のうち半数は60歳を過ぎてから初めて検挙され,微罪処分等を経て短期間で犯行を繰り返していることなどの高齢犯罪者の特徴を指摘した。平成30年版犯罪白書では,これらを踏まえ,頼るべき相手のない生活困窮者に対しては,入口支援(第3編第1章第2節4項コラム6参照)や受刑者に対する特別調整(同章第4節3項(5)及び第5節2項(2)参照)等の福祉的支援につなげることが重要であり,高齢女性等のうち,更生に資する環境がありながら再犯を繰り返す者に対しては,保護観察所や少年鑑別所の専門的な知識や経験も活用し,対象者の問題性を解明・把握し,これに応じた専門的な指導を積み重ねることが有効な対応策として期待されるとしている。