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平成30年版 犯罪白書 第7編/第5章/第2節/2

2 高齢受刑者支援・指導等についての近年の取組
(1)社会復帰支援指導プログラムの実施

刑事施設においては,従来から,高齢受刑者等の特性や問題性を踏まえた指導に努めていたものの,高齢受刑者等を対象とした一般改善指導には標準的なプログラムがなく,その実施の有無や指導内容が全国的に区々にわたっていた。また,高齢受刑者等の中には,福祉的支援の必要性が認められるにもかかわらず,社会復帰に向けた意欲の不足や,福祉制度そのものへの理解の不足等から福祉的支援を受けることを拒否し,結果として在所中に必要な支援を受けられないまま出所する者が存在することなどが,高齢受刑者等の再犯防止上の課題となっていたことから,高齢又は障害を有する受刑者のうち,福祉的支援を必要とする者又は受講させることにより改善更生及び円滑な社会復帰に資すると見込まれる者を対象に,比較的早期の段階から,出所後の円滑な社会生活を見据えた指導を実施することを目的とした「社会復帰支援指導の標準プログラム」が策定され,平成29年度から全国的に展開されている(一部の刑事施設においては,26年度から試行的に実施)。

具体的な指導内容は,生活能力(金銭管理,会話スキル,対人関係スキル等)の習得,動作能力・体力の維持・向上,健康管理能力の習得といった,日常生活を送る上で必要となる基本的な内容に関する指導のほか,各種福祉制度に関する基礎的な知識を習得させるための指導,再犯防止のための自己管理スキルの習得など多岐にわたっている。同プログラムは,刑事施設の職員による指導のほか,地方公共団体,福祉関係機関等の職員や民間の専門家を指導者として招へいするなど,関係機関との連携の下で実施されている。

(2)女子刑事施設における窃盗防止指導の実施

刑法犯の検挙人員の罪名を男女別に見ると,女性における窃盗の割合は男性と比べて顕著に高い(4-7-1-2図参照)。さらに,高齢女性における窃盗の割合も高齢男性と比べて顕著に高く,全体の約9割が窃盗である(7-3-1-5図参照)。

このような状況に鑑み,一部の女子刑事施設においては,以前から一般改善指導の枠組みの中で窃盗防止指導を実施していた。平成27年度からは,一般改善指導の枠組みの中で,女子受刑者特有の課題に係る標準的な実践プログラム等が策定され,同プログラムの一つとして窃盗防止指導を実施しており,高齢の女子受刑者についても,グループワークへの参加が可能な者を対象に,窃盗に至った自己の問題について自己理解を深めさせたり,窃盗をしない生活を送るための具体的な方法を考えさせるなどしている。

(3)各矯正管区の基幹施設における取組

平成30年度から,各矯正管区の基幹施設8庁(札幌刑務所,宮城刑務所,府中刑務所,名古屋刑務所,大阪刑務所,広島刑務所,高松刑務所及び福岡刑務所)において,高齢又は障害を有する受刑者が刑事施設に入所した後の早期の段階から,出所後の円滑な福祉サービスにつながるよう,以下の対策(本項(4)オを含む。)を行っている。

ア 認知症の早期診断の実施

60歳以上の受刑者の入所時に認知症検査を実施し,同検査の結果,認知症の疑いがあると判定された者に対して,医師による診察を行うこととしている。

イ 介護専門スタッフの増配置等

各矯正管区の基幹施設8庁に介護専門スタッフ(詳細は本項(4)ウ参照)を新たに1名増配置し,介護の充実を図るとともに,特に介護に当たり困難を伴う入浴場面における介護環境を改善するため,介護用入浴設備(入浴用リフト,キャリー,シャワートロリー)を整備することとしている。

ウ 帰住予定施設の事前利用体験の実施

出所後,福祉施設等に帰住し,社会福祉サービスを受ける予定の高齢受刑者の中には,これまで社会福祉サービスを利用した経験が乏しい者もいる。そのような者に対して,自らの目で出所後の生活環境等を事前に確認させ,具体的な生活のイメージを持たせるために,帰住予定施設の事前利用体験を実施することとしている。

(4)職員等による支援・指導体制の整備
ア 福祉専門官等の配置

刑事施設においては,特別調整を始めとする福祉的支援を必要とする者の増加に対応するため,社会福祉士又は精神保健福祉士(以下「社会福祉士等」という。)の資格を有する非常勤職員を配置してきたほか,平成26年度からは福祉専門官(社会福祉士等の資格を有する常勤職員)を配置している。社会福祉士等の配置施設数の推移(最近11年間)は,7-5-2-5表のとおりである。27年度以降,福祉専門官の増配置が進められており,30年度は,刑事施設48庁に配置されている。

7-5-2-5表 刑事施設における社会福祉士等の配置施設数の推移
7-5-2-5表 刑事施設における社会福祉士等の配置施設数の推移
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さらに,平成28年度,東京矯正管区と大阪矯正管区に,社会福祉士若しくは精神保健福祉士の資格又は社会福祉主事任用資格を有する常勤職員が配置され,刑事施設で勤務する社会福祉士等への助言や指導,社会福祉士等が配置されていない刑事施設への助言のほか,関係機関や地方自治体等との調整等に当たっている。

イ 健康運動指導士の招へい

高齢受刑者には,運動機能を始めとする身体的機能の低下が認められる者が少なくないが,こうした受刑者の社会復帰に向けた意欲を喚起し,効果的に矯正処遇を実施するとともに,出所後の社会生活において必要となる体力等の維持・回復を図る目的で,平成30年度には,刑事施設40庁において,健康運動指導士による身体機能や生活能力を維持・向上させるための指導が実施されている。

ウ 介護福祉士・介護専門スタッフの配置

刑事施設においては,認知能力や身体機能の低下した高齢受刑者等に対し,必要に応じて,刑務官や看護師等が食事・入浴等の日常生活の介助を行ってきたところ,このような対応が刑務官等の業務負担を増加させる要因となっているほか,専門的な知識・経験を有する者が介助を行う方が適当であることを考慮し,平成23年度から介護福祉士を,29年度から介護専門スタッフ(介護職員実務者研修又は介護職員初任者研修の修了者等)を配置している。30年度の配置施設数は,介護福祉士が8庁,介護専門スタッフが32庁であった。

エ 地域連携モデル事業による取組

平成29年度から,女子施設地域連携事業(第4編第7章第2節2項(1)イ参照)の仕組みを参考にして,男性を収容する刑務所2庁(黒羽刑務所及び神戸刑務所)において,地域の医療・福祉等の専門家の協力・支援を得られるネットワークを作り,専門家の助言・指導を得て高齢受刑者(特に認知症傾向のある者)特有の問題に着目した処遇の充実を図ることにより,高齢受刑者の円滑な社会復帰を促進し再犯を防止するとともに,安全・安心な地域社会を実現するため,地域連携モデル事業が開始されている。

具体的には,地域の医療・福祉等の専門家の協力・支援を得ながら,高齢受刑者の心身機能の維持・向上を図るほか,認知症傾向のある受刑者の認知症予防と早期発見・進行の防止に努めている。また,出所後の継続的支援に向けた地方公共団体との連携協力体制を構築するため,高齢受刑者に対する専門家による助言・指導,医療,福祉,介護等の専門家による専門的知識・経験に基づく職員研修の実施,地方公共団体等の関係機関との協議などを行っている。

オ 職員による福祉実習体験

平成30年度から,各矯正管区の基幹施設8庁において,高齢受刑者の生活全般に関わる刑務官に対して認知症サポーター養成研修等を実施するための講師を招へいすることとしているほか,処遇能力向上を図るため,外部の福祉機関での実務修習を実施することとしている。

また,矯正研修所においては,任用研修課程などの一部の研修において,平成15年度から特別養護老人ホーム等の社会福祉施設における実際の介護業務,補助業務等の福祉施設体験実習を実施している。

研修員による福祉施設体験実習【写真提供:法務省矯正局】
研修員による福祉施設体験実習
【写真提供:法務省矯正局】