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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第3章/第3節/4 

4 受刑者の特性に応じた処遇の推進

(1) 分類処遇及び累進処遇の見直し

 我が国の行刑は,個々の受刑者の資質及び環境に応じて改善更生を図り,円滑に社会復帰させるための基本制度として,分類処遇制度を採用している。また,受刑者に改悛を促し,更生意欲を持たせるとともに,徐々に社会に適応させていく方策として,処遇内容に四つの段階を設け,受刑者の努力と成績に応じて異なる優遇と責任を与えていく累進処遇制度が採られている。
 これに関し,行刑改革会議から,現行の分類処遇制度では分類と処遇内容が必ずしも有機的に関連していない旨の指摘と共に,受刑者の特性に応じた実効的な処遇を行うため,分類とこれに基づく収容の在り方を根本的に検討すべきであるとの提言がなされている。また,現行の累進処遇制度についても,[1]すべての新入受刑者を一律に最下級の段階に位置付ける仕組みとなっている,[2]運用上,仮釈放との結び付きを欠いている,[3]行刑施設内の生活水準の全般的な向上によって,上位級に認められる優遇の内容が魅力的でなくなっているなどの問題があることから,これを廃止して,私物の所持範囲,外部交通の頻度・態様,外出・外泊を含めた開放的処遇の実施などについて,受刑者にとって魅力のある特典を含めた複数のランクを設定し,真に受刑者の改善更生の意欲を喚起することが可能となる報奨制度を設けることが提言されている。これらの提言は,行刑の基本的制度について根本的見直しを求めるものであり,その実現は,監獄法などの基本法令の改正とも密接にかかわる事柄であって,今後の課題であろう。
 ところで,前記各提言は,いずれも個々の受刑者の特性に応じた処遇を実現すべきであるという考え方によるものであり,現行法下においても,そのような観点から様々な施策が講ぜられている。以下では,諸施策のうち,処遇類型別指導と職業訓練について取組の現状を紹介することとする。

(2) 処遇類型別指導

ア 概要

 処遇類型別指導は,罪名,犯罪の原因となった性行,社会復帰の障害となる要因等に着目して,同じ類型に属する受刑者を少人数のグループに編成した上,生活指導の一環として,社会適応上の問題点を改善するための指導を行うものである。グループの人数は通常数名から十数名であり,行刑施設の教育担当職員,外部講師,ゲストスピーカーなどにより,講話,討議,グループカウンセリング,課題作文などのカリキュラムで,1回60分の指導を数回行って一つのコースとするものが多い。
 主要な指導項目としては,覚せい剤乱用防止教育,酒害教育,交通安全教育,暴力団離脱指導,累犯窃盗防止教育,被害者の視点を取り入れた教育,高齢受刑者指導などがあり,5-3-3-6表は,平成9年度及び16年度における各種指導の実施状況を見たものである。最も広く実施されているのは覚せい剤乱用防止教育であるが,これについては,本章第2節4を参照されたい。以下では,近年活発に実施されている「被害者の視点を取り入れた教育」と高齢受刑者指導について紹介する。

5-3-3-6表 処遇類型別指導の実施施設数

イ 被害者の視点を取り入れた教育

 近年,被害者やその親族の心情等について一層の配慮を行うことが求められており,行刑施設においても,加害者たる受刑者に対して,犯した罪の大きさや被害者の心情等を認識させる指導を充実させることが求められている。そのような観点から,「被害者の視点を取り入れた教育」を実施する施設が増加しており,平成16年度においては,28施設が処遇類型別指導としてこれを実施しているほか,更に3施設が導入を検討中である(法務省矯正局の資料による。)。
 「被害者の視点を取り入れた教育」の内容・方法については,各行刑施設ごとに工夫をしているが,一般に,講義・講話,VTR視聴,集団討議,課題作文作成,個別面接,ロール・レタリング(役割交換書簡法。例えば,事件の被害者などにあてることを想定して手紙を書き,次に手紙を受け取った相手の立場に立って,自分あてに返事を書くということを繰り返すもの。),カウンセリングなどの方法によって,「被害者・遺族の心情及び心身の苦境を理解させる」,「被害者・遺族が,法的,経済的にどのような立場に置かれているか理解させる」,「被害者の立場に立って加害行為を考えさせ,二度と犯罪を犯すことのないよう内省を深めさせる」,「慰謝の方法について考えさせる」ことなどを目的として実施されている。
 「被害者の視点を取り入れた教育」における指導は,行刑施設の教育担当職員,篤志面接委員のほか,被害者の保護・支援について十分な知識と理解を持つ第三者を講師(ゲストスピーカー)として招へいして行う場合もある。ゲストスピーカー制度は,平成13年度に導入された後,16年4月現在,34施設において実施されている。15年度における指導実績は407回(実施対象人員8,351人)であり,これを実施態様別に見ると,処遇類型別指導の一環として実施されたものが174回(同1,254人),刑執行開始時の指導99回(同1,240人),個別面接56回(同56人),釈放前指導36回(同404人),全体講話9回(同4,540人)などとなっている。16年4月現在,講師は,精神科医,臨床心理士,被害者支援センター職員,法曹関係者,警察活動関係者等83人であり,被害者及び遺族の苦しみを事実に即して具体的に話してもらうなどしている(法務省矯正局の資料による。)。
 なお,法務省では,「被害者の視点を取り入れた教育」への取組について検証するとともに,同教育の在り方や内容・方法等を充実させる方法を検討するために,平成16年6月から民間有識者を含めた研究会を開催しており,そこで提起された意見等を,今後の教育プログラムの整備等に反映させることとしている。

ウ 高齢受刑者指導

 受刑者の高齢化が進行していることを受け,平成16年4月1日現在,12施設が「高齢受刑者指導」を実施している。高齢受刑者は,通常であれば,職業生活から引退して余生の過ごし方を模索する年代に差し掛かっており,身体的に衰えのある者も少なくない。各行刑施設では,このような高齢受刑者特有のニーズを踏まえた指導を実施する努力を重ねている。
 指導内容は施設ごとに異なるが,健康管理・成人病予防,高齢者の安全な運動と留意点,環境調整及び出所後の生活,年金・健康保険等福祉に関する事項,社会経済情勢や求人状況などのほか,高齢者の生きがい探しに関する事項も含まれており,高齢受刑者が,健康な体力と精神的充実感を維持しながら,出所後の生活設計に意欲を持って取り組むことができるよう配慮されている。

(3) 職業訓練

 職業訓練は,職業に必要な技能を習得・向上させるために行われる訓練である。職業訓練は,適格者を選抜した上で,刑務作業の一形態として実施されており,個々の受刑者の特性に応じた処遇の一環としても位置付けられる。職業訓練の種目としては,理容,美容,溶接,電気工事,船舶職員,自動車整備,情報処理,数値制御機械といったものがあり,その時々の労働需要に合わせて随時見直しが行われている。平成5年度以降に新たに導入された種目としては,フォークリフト運転,小型車両系建設機械,介護サービス,就職支援コース(建造物のく体工事に関する職業的知識・技能を習得させ,併せて雇用情報の提供を行うもの)などがある。
 職業訓練の実施に当たっては高度の技術指導が必要となることから,資格のある職員や民間の専門家が指導に当たっている。訓練の実施期間は様々で,中には,2年間(理容及び美容)あるいは1年間(自動車整備,溶接,電気工事,船舶職員など)という長期間にわたって実施されるものもあり,受刑者の意欲次第で各種の公的資格又は免許を取得することも可能となっている。
 5-3-3-7図は,昭和59年以降の出所受刑者中の職業訓練修了人員及び主な資格・免許取得人員の推移を見たものである。毎年1,000人以上の出所受刑者が職業訓練を修了しており,また,多数の者が資格・免許を取得している。

5-3-3-7図 出所受刑者の職業訓練修了及び資格・免許取得状況の推移

 職業訓練は,勤労意欲を高めるだけでなく,再就職を容易にするなど出所後の生活に直接的に役立つものであり,再犯防止を図る上でも非常に有益である。特に,近年,新受刑者中の無職者の比率が上昇し,平成15年には66.8%に達しているところであり(5-3-2-9図参照),そのような中で職業訓練を行う意義は極めて大きいといえる。行刑改革会議提言も,このような観点から,より多くの受刑者に職業訓練の機会を与えるよう求めている。
 職業訓練を実施するには,特別な機械設備の導入,専門技官の配置,訓練場所の確保などが必要になることから,過剰収容下で新たな科目を開講することは必ずしも容易ではないが,職業訓練の重要性を考えると,過剰収容下においても実施が可能で,就職に有利となるような種目を開拓していく努力が必要であろう。また,資格・免許の取得を目的とする職業訓練は,これまで主として初犯受刑者を収容する施設を中心に実施されてきたが,社会復帰の直接的な支援策であることからすれば,出所後の生活により大きな困難を抱える累犯受刑者の受講機会を拡大していくことも,今後の検討課題であろう。
職業訓練ってどんなもの?
 職業訓練は,職業に必要な技能を習得・向上させるための訓練で,本文で述べたとおり,多くの種目について実施されています。写真1は自動車整備の訓練風景で,訓練生は,真剣に説明に聞き入っています。自動車整備の訓練を行う刑務所の中には,国から自動車分解整備事業の認証及び指定自動車整備事業の指定を受け,外部からの依頼で,点検,整備及び車検の手続を行っているものもあります。また,写真3は,女子刑務所の受刑者が,フォークリフトの訓練を受けているところです。男女共同参画社会の実現や福祉サービスの拡充が求められていることを背景に,フォークリフト運転科,介護サービス科など,女子受刑者に対する職業訓練の充実が図られています。

写真1

写真2

写真3