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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第3章/第2節/4 

4 覚せい剤受刑者

(1) 覚せい剤受刑者の収容動向

 覚せい剤は,かつてはヒロポン等の商品名で市販されており,薬事法による規制によっていたが,乱用が広がったことから,昭和26年に覚せい剤取締法が制定・施行された。26年及び27年については,統計数値が取られていないことから,以下では,28年以降における覚せい剤受刑者(覚せい剤取締法違反による受刑者をいう。以下同じ。)の収容動向を見ることとする。
 5-3-2-33図は,昭和28年以降における覚せい剤新受刑者数の推移を見たものである。覚せい剤新受刑者数は,30年に最初の山を迎えた後,長期間にわたって200人以下という時期が続いているが,これは,覚せい剤取締法が新たに制定され,同法律による取締りが実施されたことにより,第1次乱用期が比較的速やかに終息したことを示している。覚せい剤新受刑者は,40年代後半から再び急増し,54年以降は一貫して5,000人を超える水準で推移し,平成15年は6,774人となった。このうち昭和59年を頂点とする時期を一般に第2次覚せい剤乱用期と呼び,また,平成9年を一つの頂点とする時期を,現在を含め,第3次覚せい剤乱用期と呼んでいる。
 5-3-2-34図は,昭和29年以降における覚せい剤受刑者の年末在所人員及び年末在所受刑者中に占める比率の推移を見たものである。覚せい剤受刑者は,32年から47年までは年末在所人員の1%以下であったが,その後,著しく増加し,平成15年年末においては,受刑者6万851人のうち1万5,098人(24.8%)が覚せい剤受刑者であった。

5-3-2-33図 覚せい剤新受刑者数の推移

5-3-2-34図 年末在所覚せい剤受刑者数及び比率の推移

(2) 覚せい剤受刑者の特質

ア 年齢

 5-3-2-35図は,昭和48年以降における新受刑者の年齢層別構成比の推移を,覚せい剤受刑者とそれ以外の受刑者の別に見たものである。受刑者の高齢化が著しいことは本節2で述べたとおりであるが,覚せい剤受刑者は,60歳以上の者が比較的少なく,また,近年においては,30歳代の者の比率が高くなる傾向が見られるなど,受刑者全体とは異なる特徴が認められる。

5-3-2-35図 覚せい剤新受刑者及びそれ以外の新受刑者の年齢層別構成比の推移

イ 入所度数

 5-3-2-36図は,昭和48年以降における新受刑者の入所度数の推移を,覚せい剤受刑者とそれ以外の受刑者の別に見たものである。近年,覚せい剤受刑者以外の受刑者については,初入者の増加傾向が見られるのに対し(5-3-2-7図も参照。),覚せい剤受刑者については,初入者の比率は横ばいであり,異なった傾向が見られる。初入者比率が横ばいとなっているのは,依存者による再犯が後を絶たないためであると考えられるが,同時に,常に一定数の新たな使用者が生じていることもうかがわれる。

5-3-2-36図 覚せい剤新受刑者及びそれ以外の受刑者の入所度数分布の推移

ウ 刑期

 5-3-2-37図は,昭和48年以降における覚せい剤新受刑者の刑期別構成比の推移を見たものである。非営利の使用事犯について,言渡し刑期の長期化傾向が見られることは本章第1節で述べたが(5-3-1-14図参照),覚せい剤受刑者全体についても同様の傾向が見られる。

5-3-2-37図 覚せい剤新受刑者の刑期別構成比の推移

エ 使用側の者の比率

 覚せい剤受刑者を大別すると,末端において使用する側の者と密売に関与する側の者とに分けられる。使用側と密売側とでは刑期の長さが違うだけでなく,改善更生に向けた処遇上の重点も異なると考えられることから,覚せい剤受刑者のうちどれくらいの者が使用側であるのかが問題となる。
 これを直接把握し得る統計は存しないが,一つの目安として,覚せい剤取締法違反によって実刑に処せられた人員のうち「営利目的」であった者と営利目的を有していなかった者の比率の推移を見ると,5-3-2-38図のとおりである(なお,一定の要件を満たす悪質な密売行為は,平成4年からは,覚せい剤取締法違反ではなく,麻薬特例法違反としてより重く処罰されることとなったので,同年以降は,麻薬特例法違反による実刑言渡し人員も「営利目的」に含めて計上した。)。
 同図によって明らかなとおり,実刑言渡し人員の大半は営利目的を有していなかった者(その多くが使用側の者と考えられる。)であり,平成10年以降その比率はおおむね93%となっている。

5-3-2-38図 覚せい剤取締法違反による実刑言渡し人員(営利・非営利別)

オ 覚せい剤受刑者の再入状況

 覚せい剤には依存性があり,覚せい剤受刑者は再犯の危険性が高いといわれるので,この点について統計資料を見ることとする。
 5-3-2-39表[1]は,平成8年以降に出所した覚せい剤受刑者について,各年ごとにどれくらいの者が再入したかを示したものであり,同表[2]は,8年以降に出所した覚せい剤受刑者以外の受刑者について,同様に再入状況を示したものである。覚せい剤受刑者の5年内再入率は,満期出所者が59.0%ないし64.0%,仮出獄者が45.3%ないし46.7%となっており,覚せい剤受刑者以外の受刑者の5年内再入率(満期出所者おおむね54%前後,仮出獄者33%前後)と比べて高いことが分かる。
 また,5-3-2-40表は,平成8年以降に出所した覚せい剤受刑者について,各年ごとにどれくらいの者が覚せい剤取締法違反によって再入したかを示したものである。仮出獄者に注目すると,覚せい剤受刑者以外の受刑者の5年内再入率(すべての罪名による再入率)が33%前後であるのに対し(5-3-2-39表[2]参照),覚せい剤受刑者の5年内再入率は,覚せい剤取締法違反によるものに限っても,各年とも35%を超えており,覚せい剤受刑者の同種再犯の危険性が高いことが分かる。

5-3-2-39表 覚せい剤受刑者及びそれ以外の受刑者の再入状況

5-3-2-40表 覚せい剤受刑者の覚せい剤取締法違反による再入状況

カ 覚せい剤受刑者の再犯期間

 5-3-2-41図は,平成8年から11年までの間に出所した覚せい剤受刑者につき,出所後何年目にどれくらいの者が覚せい剤取締法違反によって再入したかを示したものである。同法違反による再入は,出所後2年目及び3年目が多く,出所後3年目までが再犯の危険性の高い期間となっている。

5-3-2-41図 覚せい剤受刑者の覚せい剤取締法違反による再入状況

(3) 覚せい剤受刑者の処遇

 覚せい剤新受刑者が急増し,5,000人を超えるようになった昭和54年ころから,一部の施設で薬物事犯者に対する特別の処遇が行われるようになり,やがて全国的に実施されるようになった。さらに,平成5年4月以降は,覚せい剤乱用防止教育が処遇類型別指導の一環として実施されている。処遇類型別指導とは,罪名,犯罪の原因となった性行,社会復帰の障害となる要因等に着目して,同じ類型に属する受刑者を少人数のグループに編成して,社会適応上の問題点を改善するための指導を行うものであり,その詳細については,本章第3節4を参照されたい。
 法務省矯正局の資料によって,平成15年度における覚せい剤乱用防止教育の実施状況を見ると,全国の74の行刑施設(本所)のうち68施設がこれを実施しており,参加人数は合計3,562人(支所を含む。)であった。具体的な指導内容・日程等は各施設ごとに異なるが,1コマ1時間の指導を週1回から月1回の頻度で実施し,全6回ないし12回で1プログラム終了とするものが多い。プログラムの参加人数は5名〜15名程度であり,実施68施設中59施設では,複数のグループを対象に,年に複数のサイクルでプログラムを実施していた。プログラムの実施サイクル数は,年2回から4回というものが多く,最高は13回であった。また,初犯者コースと再犯者コースを区別するなど,受刑者の特性に応じて複数種類のプログラムを実施しているものが8施設あった。
 指導を担当するのは基本的に各施設の職員であるが,実施68施設のうち45施設においては,精神科医,保護観察官,薬剤師,警察職員,薬事業務に従事する県職員,薬物乱用防止に取り組む民間団体のメンバー等を外部講師として招いて,覚せい剤の作用や害悪に関する講話,集団カウンセリング,断薬体験談などを実施している。5-3-2-42表は,B級受刑者(犯罪傾向の進んでいる者)を収容するある刑務所における覚せい剤乱用防止教育の指導計画表であるが,各回ごとにテーマを設定した上,グループワークと感想文作成を中心にカリキュラムが編成されている。グループワークは,参加者にそれぞれの体験や意見を発表させ,互いの問題点を指摘し合うことを通じて自覚や認識を深めさせる処遇技法であり,その他,第2回指導時における発言内容をビデオに収録した上,第9回の指導時に視聴させて自分自身の意識の変化を考えさせるなど,単なる知識の伝達や受け身の教育にとどまらないよう工夫されている。

5-3-2-42表 覚せい剤等薬物乱用防止教育指導計画の例

覚せい剤乱用防止教育が目指すもの
 覚せい剤は依存性が高く,ひとたび依存に陥ると,そこから抜け出すのは簡単ではないといわれています。
 覚せい剤をやめるためには,なぜ覚せい剤がいけないのかを理解するとともに,自分が依存に陥っていることに気付き,心から「やめたい」という強い気持ちを持つことが必要です。しかしながら,覚せい剤事犯者の多くは,「自分は覚せい剤をやめることができる。」と考えていて,自分が依存に陥っていること,つまり,簡単にはやめられない状態にあることに気付いていないといわれています。そのような考えを捨てて,「覚せい剤をやめるのは簡単なことではない。本気で努力しなければならない。」と自覚することが,覚せい剤と縁を切るための第一歩になるのです。
 現在,覚せい剤乱用防止教育は,ほとんどの刑務所で行われていますが,このような「依存」に気付かせるための働き掛けとして,「グループワーク」を取り入れる施設が増えています。グループワークでは,10人程度の少人数のグループを編成し,覚せい剤依存者同士が,覚せい剤を使用するときの気持ち,状況,覚せい剤を使用して得たもの,失ったものなどについて話合いをします。そして,受刑者は,それを通じて依存の事実を認めるようになり,乱用のために多くのものを失ったことを自覚し,自分が何をしなければならないのか理解することが期待されるのです。
 覚せい剤乱用防止教育の効果を,目に見えるような形で示すのは難しいことです。覚せい剤を本当にやめることができた人は,刑務所に戻ってきませんので,その人から話を聞いて確かめることができないからです。また,1度覚せい剤乱用防止教育を受けただけでは目立った効果の上がらない人もいます。しかしながら,できるだけ多くの覚せい剤受刑者に対して,自らの依存問題に取り組むきっかけを与えることが重要であり,そのための努力は効果を上げているはずです。刑務所では,薬物依存から離脱させるための教育プログラムを充実強化するとともに,民間の薬物離脱支援団体を含めた関係機関などとの連携を図り,覚せい剤乱用防止教育の効果をより一層高める努力を続けています。