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 平成16年版 犯罪白書 第5編/第3章/第3節/3 

3 刑務作業と矯正処遇の調和

 我が国の受刑者のほとんどは懲役受刑者であり,刑法12条によって,「所定の作業」が課される。また,作業義務のない禁錮受刑者等も,自ら希望して請願作業を行うことが認められており,これら受刑者が行う作業を刑務作業という。刑務作業は,懲役刑の要素であると同時に,受刑者の改善更生・社会復帰のための処遇としても積極的な意義を有しており,行刑改革会議も,「刑務作業を処遇の重要な内容として位置付けることに異論はない。」としている。
 しかし,他方,同会議からは,刑務作業に関する現行の運用は,1日8時間という作業時間を一律に確保しようとする余り,処遇内容の硬直化を招いているとの指摘があり,個々の必要に応じて作業時間を短縮し,カウンセリング,教誨,教科指導,生活指導など刑務作業以外の処遇を行うなど,より柔軟な刑務作業の在り方を検討すべきであるとの提言がなされている。そこで,以下では,刑務作業の意義,実情及び課題を示した上で,前記提言に対する取組の状況を紹介することとする。

(1) 刑務作業の意義

 刑務作業は,懲役受刑者にとっては刑罰の一部であるが,それと同時に,受刑者の改善更生・社会復帰に向けた処遇方策としても大きな意義を持っている。受刑者の中には,勤労習慣を持たない者,自己中心的で協調性を欠く者,忍耐力に乏しい者などが少なからず含まれているが,刑務作業を通じて,[1]規則正しい勤労習慣と規律ある生活態度を身に付けさせる,[2]心身の健康を維持する,[3]他人との共同作業を通じて社会生活への順応性を養う,[4]勤労意欲及び職業的な知識・技能を養う,[5]忍耐力や集中力を養うといった効果が期待されており,刑務作業は,我が国の行刑上重要な位置を占めている。
 刑務作業は,また,行刑施設の運営上も一定の役割を果たしていることが指摘されている。すなわち,受刑者を刑務作業に従事させることにより,少数の職員で,所内秩序と安定した処遇環境を維持することが可能になっているほか,生産作業及び自営作業は,行刑施設の運営に対する納税者の経済的負担を軽減することにもつながっている。これらは刑務作業本来の目的に属するものではないが,このような付随的・実際的効用も軽視し得ないものがある。
 これらの意義と機能を考えると,刑務作業は,今後も受刑者処遇の重要な内容として位置付けられるべきであると考えられる。

(2) 刑務作業の現状と課題

 前記のような意義に照らすと,刑務作業については,不就業状態が発生することのないよう,十分な作業量を安定して確保することが大前提であり,さらに,内容面においても,受刑者の勤労意欲を引き出し,社会復帰に役立つ有用なものであることが求められる。しかしながら,近年においては,過剰収容に伴って就業しなければならない人員が増加する一方,低迷する景気の影響により企業からの受注が落ち込んでおり,作業の量と質を確保することが必ずしも容易でない状況にある。
 5-3-3-4図は,最近10年間における刑務作業の歳入歳出状況を見たものであるが,歳出額(作業を実施するための経費)に大きな変化がないのに対し,歳入額は,平成6年度には130億円を超えていたのが,15年度には約73億円まで落ち込んでおり,行刑施設においては,企業との小口の契約の集積によって,何とか作業量を確保しているという実情にある。今後の刑務作業運営に当たっては,刑務作業の意義,ひいては刑務所そのものが果たしている役割について国民の理解を得る努力を積み重ねるとともに,新たな契約企業の開拓等に,より一層努めることなどが必要になると考えられる。

5-3-3-4図 刑務作業の歳入歳出状況の推移

(3) 刑務作業の在り方の見直し

 以上のとおり,刑務作業は,受刑者の改善更生及び社会復帰に資するという積極的意義を有しており,行刑施設においては,努力を重ねながら作業の量と質を確保してきたところであるが,行刑改革会議からは,これとは異なる観点から,刑務作業の在り方の見直しが求められている。
 すなわち,行刑改革会議は,刑務作業を,今後も処遇の重要な内容として位置付けることには異論がないとする一方,受刑者によっては,カウンセリング,教誨,教科指導,生活指導など刑務作業以外の処遇や治療が改善更生・社会復帰を図る上で有効な場合も多いと指摘している。その上で,従来の処遇の在り方は,1日8時間という作業時間を一律に確保しようとする余り,処遇内容の硬直化を招いているから,これを見直して,現行の刑法の枠組みの中で,刑務作業の有用性に十分に配意しながら,必要に応じて作業時間を短縮するなど,より柔軟な刑務作業の在り方を検討すべきであるとしている。
 この提言を受け,法務省では,平成16年4月から,市原刑務所,長野刑務所及び奈良少年刑務所の3施設において,刑務作業時間を短縮し,その時間を作業以外の教育的処遇等に充てる施策の試行を開始している。
 具体的な時間短縮の方法としては,毎日1時間ずつ就業時間を短縮する方法と,月に2回,平日の作業を免じて,その日1日を教育的処遇等に充てるという方法が試行されている。また,教育的処遇等の具体的な内容としては,各施設及び個々の受刑者の特性,各施設の人的・物的資源に応じて,様々な科目及びプログラムが企画立案されており,被害者感情理解プログラム,対人関係円滑化プログラム,社会復帰支援プログラム,自己啓発プログラム等として,処遇類型別指導やグループワーク,カウンセリングなどが実施されているほか,情操・教養のためのクラブ活動,健康・体力の増強のための体育指導や運動などが取り入れられている。一例として挙げた5-3-3-5表は,交通事犯による受刑者を集めて収容する市原刑務所において試行した,免業日における教育的処遇の内容である。
 受刑者の改善更生・社会復帰という行刑目的をより良く達成するためには,刑務作業とこれらの教育的処遇の調和を図り,全体としてバランスの取れたものとしていくことが必要であり,今後は,これらの試行結果を踏まえて,作業時間短縮の具体的な実施方法,教育的処遇プログラムの質的向上・体系化,教材の開発などについて検討を進めていくことが必要となろう。

5-3-3-5表 教育的処遇プログラム(試行)【市原刑務所】