第3章 犯罪者の処遇
第1節 検察及び裁判
1 概 説 (1) 裁判所及び検察庁の構成 ア 戦前の制度 戦前の裁判所及び検察庁の構成は,明治23年2月公布(同年11月1日施行)の裁判所構成法等により定められ,通常裁判所については,大審院,控訴院,地方裁判所,区裁判所の4種とされ,昭和元年当時には,大審院は東京に,控訴院は東京,大阪,名古屋,広島,長崎,宮城,札幌に7庁が(20年8月,長崎控訴院が福岡に移転し福岡控訴院となったほか,新たに高松控訴院が設けられた。),地方裁判所は各道府県庁所在地と函館,旭川,釧路,樺太に51庁が(10年5月,東京地方裁判所が廃止され,東京民事地方裁判所と東京刑事地方裁判所が設立された。),区裁判所は281庁がそれぞれ設置されており,各裁判所(民事地方裁判所を除く。)に検事局が付置されていた。大審院に大審院長が,控訴院に控訴院長が,地方裁判所に地方裁判所長がそれぞれ置かれ,各裁判所に判事が置かれた。また,大審院検事局に検事総長が,控訴院検事局に検事長が,地方裁判所検事局に検事正がそれぞれ置かれ,各裁判所(民事地方裁判所を除く。)検事局に検事が置かれた。 昭和元年当時における各裁判所の刑事事件の事物管轄は次のとおりであった。 大審院は,上告,地方裁判所の第二審としてなした決定及び命令に対する法律で定める抗告,控訴院の決定及び命令に対する法律で定める抗告,地方裁判所又は区裁判所のなした上告棄却の決定に対する抗告につき終審として裁判権を有し,不敬罪を除く皇室に対する罪,内乱に関する罪及び皇族の犯した罪で禁錮以上の刑に処すべきものの予審及び裁判につき第一審にして終審として裁判権を有するものとされた。 控訴院は,地方裁判所の第一審判決に対する控訴並びに地方裁判所の第一審としてなした決定及び命令に対する法律に定める抗告(大審院の権限に属するものを除く。)について裁判権を有するものとされた。 地方裁判所は,第一審として,区裁判所の権限及び大審院の特別権限に属しない刑事訴訟と,第二審として,区裁判所の判決に対する控訴並びに区裁判所の決定及び命令に対する法律に定める抗告(大審院の権限に属するものを除く。)について,裁判権を有するものとされた。 区裁判所は,予審を経ない,拘留又は科料に当たる罪及び有期の懲役若しくは禁錮(短期1年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を除く。)又は罰金に当たる罪につき裁判権を有するものとされた。 検事は,裁判所に対し独立してその事務を行うものとされ,単独官庁としての性格が明らかにされている。 イ 戦後の制度 戦後の裁判所及び検察庁の構成は,昭和22年4月に公布された裁判所法(同年5月3日施行),検察庁法(同年5月3日施行)等に定められ,それまで裁判所に付置されていた検事局が廃止され,裁判所とは別に,独立して検察庁が設置された。最高裁判所が東京に置かれ,下級裁判所は,高等裁判所として東京,大阪,名古屋,広島,福岡,仙台,札幌,高松に8庁が,地方裁判所として各都道府県庁所在地と函館,旭川,釧路に49庁(47年5月,那覇地方裁判所が設置された。)が,簡易裁判所として557庁がそれぞれ置かれた。24年1月には少年事件の審判等を行う家庭裁判所が,上記の地方裁判所所在地に49庁(47年5月,那覇家庭裁判所が設置された。)設置された。また,検察庁については,最高検察庁は最高裁判所に,高等検察庁は各高等裁判所に,地方検察庁は各地方裁判所に,区検察庁は各簡易裁判所に,それぞれ対応して置かれた。 最高裁判所の裁判官として最高裁判所長官及び最高裁判所判事が,各高等裁判所に高等裁判所長官及び判事が,各地方裁判所及び各家庭裁判所に判事及び判事補が,各簡易裁判所に簡易裁判所判事がそれぞれ置かれた。また,最高検察庁に検事総長,次長検事及び検事が,各高等検察庁に検事長及び検事が,各地方検察庁に検事正及び検事が,各区検察庁に検事及び副検事がそれぞれ置かれた。 各裁判所の刑事事件の事物管轄については次のとおりである。 最高裁判所は,上告及び訴訟法において特に定める抗告について裁判権を有するものとされている。 高等裁判所は,地方裁判所の第一審判決,家庭裁判所の判決及び簡易裁判所の刑事に関する判決に対する控訴や,地方裁判所及び家庭裁判所の決定及び命令並びに簡易裁判所の刑事に関する決定及び命令に対する抗告(最高裁判所の権限に属するものを除く。),さらには,内乱の罪など高等裁判所が第一審の裁判権を有するものに係る訴訟の第一審について,裁判権を有するものとされている。 地方裁判所は,罰金以下の刑に当たる罪以外の罪(内乱の罪など高等裁判所が第一審の裁判権を有するものを除く。)に係る訴訟の第一審について裁判権を有するものとされている。 家庭裁判所は,少年法で定める少年の保護事件の審判や成人の児童の福祉を害する刑事事件に係る訴訟の第一審の裁判などについて裁判権を有するものとされている。 簡易裁判所は,罰金以下の刑に当たる罪,選択刑として罰金が定められている罪,常習賭博罪,賭博開帳罪,窃盗罪,同未遂罪,横領罪及び駐物罪に係る訴訟(家庭裁判所の専属管轄に係る訴訟を除く。)などについて,第一審の裁判権を有するものとされている。 (2) 刑事訴訟手続 ア 戦前の制度 戦前の刑事訴訟手続は,大正11年5月公布(13年1月1日施行)のいわゆる旧刑事訴訟法,12年4月公布(昭和2年6月1日一部施行,3年10月1日全面施行)の陪審法,明治18年9月布告の違警罪即決例等で定められていた。戦前に存在し,戦後行われなくなった制度は,予審制度,陪審制度,違警罪即決処分等である。 旧刑事訴訟法では,第一編(総則)で,裁判所の管轄,裁判所職員の除斥,忌避及び回避,訴訟能力,弁護及び補佐,裁判,書類,送達,期間,被告人の召喚,勾引及び勾留,被告人尋問,押収及び捜索,検証,証人尋問,鑑定,通訳並びに訴訟費用について,第二編(第一審)で,捜査,公訴,予審及び公判について,第三編以下で,上訴,大審院の特別権限に属する訴訟手続,再審,非常上告,略式手続,裁判の執行及び私訴についてそれぞれ規定されていた。旧刑事訴訟法は,公訴の提起を審判の要件とし,明治23年10月公布(同年11月1日施行)のいわゆる旧々刑事訴訟法が現行犯,附帯犯等に認めていた不告不理の原則に対する例外を廃止し,公訴提起について従来から行われていた起訴便宜主義を明文化するとともに,公訴の取消し,上訴の放棄及び取下げを認め,捜査機関が強制力を用いる範囲を広げ,公訴の提起があれば公判においてはもちろん,予審中でも弁護人を付し得るとするなどの内容となっていた。 旧刑事訴訟法に規定されていた予審制度は,公判前に,予審判事が,必要な事項を取り調べ,被告事件を公判に付すべきか否かを決める手続である。予審判事は,区裁判所には置かれていなかったので,区裁判所に専属する事件は,予審を経ずに直接公判に付されていた。検察官は,地方裁判所に管轄のある事件について公訴を提起する場合は,直接,公判を請求することも,予審を請求することもできた。予審は,原則として検察官から請求を受けた事件について行われ,予審の請求があった場合,予審判事は,押収,捜索及び検証を行い,公判において召喚しがたいと思料される証人を尋問し,被告人を尋問するなどし,最終的に検察官の意見及び被告人の弁解を求めた後,公判に付するに足る犯罪の嫌疑があるときは公判に付する旨の決定を,その嫌疑がないときは免訴の決定をし,その他一定の要件が存在するときは,管轄違い,公訴棄却又は免訴の各決定をした。 陪審法に定められている陪審制度は,いわゆる公判陪審であり,刑事事件の第一審の公判において,12人の陪審員が,裁判長等の行う被告人尋問及び証拠調べ,検察官,被告人及び弁護人の各意見陳述の後に,犯罪事実の有無を評議し,裁判長に意見を答申する制度であり,犯罪構成事実を肯定するには陪審員の過半数の意見によることを要するとされた。裁判所は,陪審の答申を不当と認めるときは,事件を更に他の陪審の評議に付することかできた。陪審の対象となる事件は,大審院の特別権限に属する罪など特殊な事件を除き地方裁判所の管轄に属する,死刑又は無期の懲役若しくは禁錮の事件(法定陪審)と,被告人から請求のあった長期3年を超える有期の懲役若しくは禁錮に係る事件(請求陪審)で,いずれも被告人が公訴事実を認めていないものについて行われた。陪審の答申を採択して事実の判断をなした事件の判決に対しては,控訴をすることはできなかったが,事実誤認以外の上告理由により上告することはできた。陪審法は昭和3年10月1日から全面施行され,18年4月1日に施行を停止した。法定陪審該当事件であっても,公訴事実を認めている者や陪審を辞退する者が多く,請求陪審該当事件であっても,陪審を請求する者が極めて少なく,刑事統計年報によれば,陪審制度が施行されていた期間中(14年6か月間)の陪審既済事件の終局区分別人員は,刑の言渡しを受けた者403人,無罪の言渡しを受けた者94人,公訴棄却の裁判を受けた者88人,他の陪審の評議に付された者26人などであった。 違警罪即決例に規定されていた違警罪即決処分は,警察署長及び分署長又はその代理たる官吏が,その管轄地内において犯された違警罪(拘留又は科料に当たる罪)を即決する処分である。この即決処分は,被告人の陳述を聞き,証拠を取り調べ,直ちに刑を言い渡すか,被告人を呼び出すことなく若しくは呼び出しても出頭しないときに,直ちに言渡書を本人又はその住所に送達する方法で行われた。即決処分に対しては,言渡しがあったときは3日以内に,言渡書の送達があったときは5日以内に,正式の裁判を請求することができ,その請求があったときは,区裁判所で正式裁判が行われた。 イ 戦時立法 戦時中の昭和16年3月に,国防保安法(同年5月10日施行),治安維持法(同年5月15日施行,大正14年4月公布の治安維持法を全面改正したもの)が相次いで公布された。前者には,国家機密の漏泄等の犯罪について,後者には,いわゆる国体を変革することを目的として結社を組織する等の行為をし又は情を知ってこれに加入する等の行為をするなどの犯罪について,それぞれ特別の刑事手続が定められた。両法ともに,検事が被疑者の勾留,公訴提起前の押収,捜索若しくは検証等の強制捜査ができるとしたこと,弁護人は司法大臣があらかじめ指定した者の中から選任するとしたこと,第一審の判決に対しては控訴できないものとし,上告理由がある場合に直接上告できるとしたことなどが定められていた。さらに,治安維持法には,同法第一章の罪(国体を変革することを目的として結社を組織する等の行為をし又は情を知ってこれに加入する等の行為をするなどの罪等)を犯し刑に処せられた者を対象とする予防拘禁制度が新設された。 昭和17年2月公布(同年3月21日施行)の戦時刑事特別法により,戦時における刑事手続に関し,弁護人の数の制限,判決書の簡素化等が定められ,翌18年10月公布の同法の一部改正(同年11月15日施行)により,略式命令で1年以下の懲役(窃盗等については3年以下の懲役)若しくは禁錮又は拘留を科し得る略式手続の特例などが定められた。また,17年2月公布(同年3月21日施行)の裁判所構成法戦時特例により,安寧秩序に対する罪,強盗,窃盗等の罪の第一審判決に対しては控訴できず,上告理由のある場合に直接上告し得ることなどが定められ,翌18年10月公布の同法の一部改正(同年11月15日施行)により,短期1年以上の有期の懲役又は禁錮に当たる罪等についても,予審を経ないものは,区裁判所が事物管轄を有することとなり,全事件について控訴を許さない二審制が採用された。 ウ 戦後の制度 終戦後,昭和20年から22年にかけて,治安維持法,国防保安法,戦時刑事特別法,裁判所構成法戦時特例,違警罪即決例などがそれぞれ廃止された。 (ア) 新刑事訴訟法の制定等 昭和21年11月3日に日本国憲法が公布(22年5月3日施行)されたのに伴い,22年4月19日に「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」が公布(同年5月3日施行)された。同法は,勾留中の被疑者の弁護人選任権及び被告人に対する国選弁護制度の各新設,強制捜査に裁判官の令状を必要とすること,不利益な供述の拒否権を認めること,自白の証拠能力及び証明力の制限,予審の廃止等を内容とするものであり,旧刑事訴訟法に応急的措置を講じたものである。 昭和23年7月,現行刑事訴訟法が公布(24年1月1日施行)され,これによって刑事訴訟手続が大きく変わった。現行刑事訴訟法は,日本国憲法の精神にのっとり実体的真実発見とともに被告人,被疑者の人権保障を基本理念として,大陸法系の理念や規定に英米法のそれを大幅に加えて,旧刑事訴訟法を改正したものである。その主な改正点を述べると,起訴状一本主義を採用し,予審制度を廃止したこと,公判審理及び証拠に関して公判中心主義を徹底し,自白の証拠能力及び証明力の制限,伝聞証拠の制限等を規定したこと,強制捜査は,原則として,あらかじめ発する裁判官の令状を得て,検察官,司法警察職員等が行うこと,被疑者及び被告人の供述拒否権,拘束中の被疑者の弁護人選任権をそれぞれ認めたこと,被告人に対する国選弁護の制度や勾留理由開示の制度をそれぞれ設けたこと,控訴審を事後審に改めたこと,単なる法令違反のみでは上告理由にならないとしたことなどである。 (イ) 刑事訴訟法の改正等 その後行われた刑事訴訟法の改正等は,次のとおりである。 昭和23年12月に略式手続の一部を手直しする改正(24年1月1日施行)が,24年5月に家庭裁判所設置に伴う改正及び身体の拘束を受けている被疑者の指紋等の採取等についての規定の新設等の改正(同月28日施行)がそれぞれ行われた。また,27年7月に破壊活動防止法の施行に伴う改正(同月21日施行)が,同月に法務総裁を法務大臣と読み替える改正(同年8月1日施行)がそれぞれ行われた。 昭和28年8月,語句の改正なども含む刑事訴訟法の一部改正(同年11月5日施行)が行われたが,この時の主な改正点は,起訴後における勾留期間の更新の回数に制限のない罪及び権利保釈が認められない罪として,短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪が加えられたこと,権利保釈が認められない場合として,被告人が被害者等に害を加え又は畏怖させる行為をすると疑うに足りる充分な理由がある場合が,保釈等が取り消される場合として,被告人が被害者等に害を加え若しくは加えようとし又は畏怖させる行為をした場合がそれぞれ追加されたこと,貧困の被告人に対し訴訟費用を免除することができるとしたこと,捜査機関による供述拒否権の告知の在り方を改正したこと,出頭を拒否する被告人に対する公判手続を定め,被告人が事実を争わない一定の公判審理手続を簡素化する簡易公判手続を新設したこと,控訴審における事実の取調べの範囲が拡大されたことなどである。また,同年8月,再度の刑の執行猶予が認められたことに伴う刑事訴訟法の一部改正(同年12月1日施行)も行われた。 その後,昭和29年4月に土地管轄に関する改正(同年7月1日施行)が,同年6月に警察法の施行に伴う改正(同年7月1日施行)がそれぞれ行われた。また,33年4月に刑事訴訟法の一部改正(同年5月20日施行)が行われ,権利保釈が認められない場合及び保釈等が取り消される場合として,被告人が被害者等の親族に害を加えるおそれがあるなどの場合が追加され,また,公判期日及び公判期日外における証人尋問の際,証人が被告人の面前において圧迫を受け充分な供述をすることができないと認められる場合に,被告人を退席させる手続規定が設けられた。さらに,46年4月に鑑定料等に関する改正(同年7月1日施行)が,51年5月に訴訟費用に関する改正及び無罪の判決が確定した際の裁判に要した費用の補償に関する規定等を新設する改正(同年7月1日施行)がそれぞれ行われた。また,54年3月に民事執行法の施行に伴う改正(55年10月1日施行)が,61年5月に外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法の施行に伴う改正(62年4月1日施行)がそれぞれ行われた。63年12月には裁判所の休日に関する法律の施行に伴う改正(64年1月1日施行)が行われた。 (ウ) 刑事事件における第三者所有物の没収手続 刑事事件における被告人以外の者(第三者)の所有物を没収するに当たり,所有者たる第三者を保護するため,刑事事件手続の中で事前の告知,弁解,防御及び事後救済を保証する制度が必要となり,昭和38年7月,刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法が公布(同年8月1日施行)され,没収されるおそれのある物を所有する第三者が,被告事件の手続へ参加する手続が定められた。 (エ) 交通事件簡易処理の制度 いわゆる交通事件が増大し,通常の裁判手続では処理が遅延する上,同事件はその内容が単純で違反の態様も定型化していることから,特別の手続で処理する方法が考案された。昭和29年2月に東京において,警察,検察庁,裁判所の三者が即日のうちにそれぞれ送致,起訴,裁判の手続を行う,いわゆる在庁略式手続が採用され,その後全国でも同様の手続が行われるようになった。29年5月には交通事件即決裁判手続法が公布(同年11月1日施行)され,簡易裁判所は,交通に関する刑事事件について被告人に異議がない場合には,公判前の即決裁判で,5万円以下(47年6月公布の罰金等臨時措置法の一部改正により,同年7月1日から20万円以下)の罰金又は科料を科することができることとなった。また,38年1月から事件記録を簡易書式にするいわゆる交通切符制度が採用(41年から全国で実施)され,また,42年8月公布の道路交通法の改正(43年7月1日施行)で交通反則通告制度が採用された。この通告制度は,自動車等の運転者が,危険性の低い一定の違反行為(反則行為)をしたとき,運転免許を有しない者など一定の者を除いて,反則金等の告知等を受け,その反則金を納付すれば公訴提起されないという制度である。当初は少年が除外されていたが,45年5月公布の同法の改正(同年8月20日施行)で,少年にもこの制度が適用されることとなった。その後61年5月公布の同法の改正(62年4月1日施行)で,交通反則通告制度の適用範囲が拡大された。 (3) 起訴猶予制度 明治18年に起訴猶予制度が事実上開始されたが,それは,処罰の必要性の乏しい軽微事件の裁判を避けるという刑事政策上の理由と,在監者の増加による監獄関係経費を削減するための国家財政上の理由により行われたものである。起訴猶予制度は,大正11年5月に公布(13年1月1日施行)された旧刑事訴訟法において法律上初めてその根拠を得たが,その後,現行刑事訴訟法にも引き継がれている。旧刑事訴訟法279条には,犯人の性格,年齢及び境遇並びに犯罪の情状及び犯罪後の情況により訴追を必要としないときは公訴提起をしないことができると規定され,現行刑事訴訟法248条にも同様の規定があり,我が国における起訴猶予制度は,戦前・戦後を通じて変わりはない。 (4) 刑の執行猶予制度 刑の執行猶予制度は,明治38年4月公布(同年4月1日施行)の刑ノ執行猶予ニ関スル法律によって初めて採用された。同法によると,前に禁錮以上の刑に処せられたことのない者及び前に禁錮以上の刑に処せられた者で執行終了又は執行免除の日より10年以内(前科による欠格期間)に禁錮以上の刑に処せられたことのない者が,1年以下の禁錮に処せられるとき,情状により,裁判確定の日より2年以上5年以下の期間内その刑の執行を猶予できることとされた。40年4月公布の現行刑法(41年10月1日施行)においても刑の執行猶予が規定され,その要件も上記とほぼ同様であるが,ただ前科による欠格期間が7年以内となり,また,2年以下の懲役若しくは禁錮に処せられるとき,裁判確定の日より1年以上5年以下の期間内その刑の執行を猶予できるものとされた。昭和22年10月公布の刑法の一部改正(同年11月15日施行)で,3年以下の懲役若しくは禁錮又は5,000円(23年12月公布の罰金等臨時措置法により24年2月1日から5万円,47年6月公布の同法の一部改正により47年7月1日から20万円となる。)以下の罰金に対して執行猶予が認められることとなった。28年8月公布の刑法の一部改正(同年12月1日施行)で,前科による欠格期間が5年に短縮されるとともに,執行猶予中の者に対しても,1年以下の懲役若しくは禁錮な言い渡す場合に再度の執行猶予が認められることとなり,この場合執行猶予の期間中,保護観察に付することとなった。また,29年4月公布の刑法の一部改正(同年7月1日施行)で初度の執行猶予の場合でも保護観察に付することか可能になった。 (5) 略式手続 略式手続は,大正2年4月公布(同年6月1日施行)の刑事略式手続法によって初めて認められ,区裁判所は,検察官の請求により,その管轄に属する刑事事件につき,被告人に異議のない場合に,公判前に略式命令で罰金又は科料を科することができるようになった(略式命令に対して7日以内に正式裁判の申し立てをすることができた。)。 その後,大正11年5月に公布(13年1月1日施行)された旧刑事訴訟法も,これとほぼ同じ内容の規定が設けられ,略式命令で罰金又は科料を科することができた。昭和18年10月公布の戦時刑事特別法の一部改正(同年11月15日施行)により,略式命令で,1年以下の懲役(窃盗罪等については3年以下の懲役)若しくは禁錮又は拘留をも科することができるようになったが,21年1月に同法が廃止され,略式命令で懲役若しくは禁錮又は拘留を科することはできなくなった。23年7月公布(24年1月1日施行)の現行刑事訴訟法では,簡易裁判所は略式命令で5,000円以下の罰金又は科料を科することができると定められ,その後,略式命令で科することのできる罰金の最高額は,23年12月公布(24年2月1日施行)の罰金等臨時措置法により5万円となり,さらに,47年6月公布の同法の一部改正(同年7月1日施行)により20万円となった。
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