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 昭和35年版 犯罪白書 第一編/第一章/二/6 

6 多面的研究―グリュックの方法

 以上において,犯罪原因についての各方面からのアプローチが,どのような立場からどのような結果に達したかを概括してみた。これらの学説や成果は,みなそれぞれ特長をもっていて,どれを定説としてとるべきかを一概にはきめられない。また,生物学,精神医学,心理学,社会学などの隣接諸科学にわたり,しかも,専門化しながら日進月歩しつつある見解や方法をいかに統一して,包括的な視野をうるかということは,今日の刑事学や刑事政策における重要な課題であるが,決して容易なことではない。このような総括的な研究のこころみとして,第一にあげねばならないのは,グリュック夫妻のそれであろう。
 グリュック夫妻の研究は「少年非行の解明(一九五〇年)」のなかで,詳細な内容が発表されているので,ここではその概要だけを述べよう。まず,五〇〇名の非行少年と,これに対するコントロール・グループ(対照群)として非行のない少年五〇〇名を選んで,非行の要因と考えられる四百をこえる項目について比較検討した。この要因は,それぞれ専門家による社会学的調査,心理学的検査,身体的診査,精神医学的面接診断などによって得られたもので,研究が着手されてから発表をみるまでに一〇年を要し,その後もフォロー・アップが継続されている。しかも,研究計画や調査の実施,資料の整理には,統計学者,人類学者,分析的心理学者,体質学者,精神医学者でアメリカ一流のものが参加している。グリュック夫妻は,このような立場で非行少年のグループと非行のない少年のグループを精密な統計的処理によって比較した結果,非行少年の特徴として,つぎのようないちおうの結論を得た。
 (1)身体的には,体型的に中胚葉性(筋肉質,クレッチマーの闘士型に相当)に傾き,(2)気質的には落着きがなく,精力的,衝動的,外向的,攻撃的,破壊的(しばしば加虐的)な特性をもっている。(3)態度においては,敵対的,攻撃的,怨恨的で疑い深く,頑固,社会主張的,冒険的,反因襲的で,権威に対し服従的でない。(4)心理学的には,象徴的な知的表現よりも直接的かつ具体的表現をとる傾向があり,課題の処理のしかたは計画性にとぼしい。(5)社会―文化的には理解,愛情,安定性または道徳性にとぼしい家庭で,人格形成の初期に,保護者や指導者として適当でない親によって育てられている。
 このように,グリュック夫妻は,非行の原因をどれか一つの要因だけに限定せずに,多くの要因による原因複合体として把握しようとしているのである。このような多面的アプローチは,さきに述べたヒーリーの方法とはきわめて対蹠的である。