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 昭和43年版 犯罪白書 第二編/第三章/四 

四 精神障害者の犯罪をめぐる諸問題―精神障害と犯罪との関係についての概括的考察―

 精神障害と犯罪との関係を明らかにするためには,精神障害者の中に,どれくらいの率で犯罪者が発現するのか,あるいは,逆に,犯罪者のうちに,どれくらいの率の精神障害者が含まれているのか,この二つの方向からの考察が必要である。しかしながら,全国的な規模における精神衛生実態調査によっても,先に引用したような,精神障害者のばくぜんたる推定数が得られるだけであり,また,逆に,あらゆる犯罪者について,精神鑑定を行なうことは不可能であるから,結局,犯罪者中に含まれる精神障害者についての正確な数値や頻度を示すことは不可能といわざるをえないが,なお,得られたいくつかの資料を参考にしつつ,精神障害と犯罪との関係について概括的な考察を試みるとともに,若干の問題点を指摘することは可能であろう。
 II-111表は,昭和四一年の新受刑者の各罪名別人員の中に,各種の精神障害者が,それぞれ占めている割合を計算し,その割合の比較的多い罪名を列挙したものであり,少年院の新入院者について,同様の試みをしたのが,II-112表である。

II-111表 新受刑者罪名別人員中精神障害者の占める比率(昭和41年)

II-112表 少年院新入院者罪名別人員中精神障害者の占める比率(昭和41年)

 ところで,精神薄弱者の犯罪については,放火と性犯罪,それに売春が,その特徴的な犯罪形態といわれている。新受刑者についてみると,右のような精神薄弱者の犯罪の特色が顕著に示されており,少年院の新入院者についても,かなり共通した傾向がみられる。ただ,少年院においては,住居侵入,銃砲刀剣類所持等取締法違反が,比較的上位にあがっているが,これは,成人の場合には,この種の事犯,ことに精神薄弱者のそれが,自由刑の実刑に処せられることは多くないのに反し,少年の場合には,その保護,育成が配慮されて,少年院送致決定をみることが少なくないことによるものと考えられ,犯罪の傾向には,成人と少年との間に,大きな差はないように思われる。
 精神病質者の犯罪については,傷害,暴行といった粗暴犯を,その特徴的な犯罪と考える人が多い。もっとも,ひとしく精神病質といっても,その類型によっては,犯罪と密接な関係のあるものと,そうでないものとがあり,前者に属するものとしては,意志欠如型,発揚型,情性欠如型,爆発型,気分易変型などがあげられる。後者に属するものとしては,自信欠乏型,無力型,抑うつ型などで,これらは,むしろ,神経症との関連がより密接であり,犯罪者の中に発見することは比較的少ない。先のII-110表によると,受刑中の精神障害者の過半数は,精神病質者となっているが,II-111表の罪名別人員の割合をみると,精神病質者は,特定の罪種に集中することなく,平均的に,各種の犯罪を行なっている傾向がうかがわれる。従来の研究や報告によると,精神病質者の犯罪の特徴として,社会的予後が不良で,再犯への危険性が著しく高く,したがって,常習化ないし累犯化の傾向のあることが明らかにされている。同表にみる罪名では,傷害,暴行,恐喝と,粗暴犯に走りやすい精神病質者の特徴を顕著に示している反面,常習化,場合によっては,職業化しやすい,賍物犯や,窃盗犯中に占める比率の高いことが,精神病質犯罪者の持つ,もう一つの危険な特徴を示しているように思われる。ちなみに,昭和四一年の新受刑者中に,入所度数三度以上に及ぶ者の割合を,各精神診断別にみたのがII-113表であるが,精神病質者にあっては,新受刑者の実に七割以上が,三度目以上の入所者という,驚くべき結果を示して,右のような傾向を裏づけている。

II-113表 精神診断別,新受刑者中に入所度数3度以上の人員の占める比率(昭和41年)

 ところが,少年院の精神病質者をみると,受刑者の場合とは異なって,むしろ,精神薄弱者のそれに類似した特徴をみせていることは興味深い。精神薄弱者の中では,精神病質との合併(純粋な知能障害だけでなく,性格偏倚を伴なうもの)と思われる者が,最も犯罪を犯しやすいといわれているが,少年院に入院している精神障害者には,その種のものが多く含まれていることによるものと想像される。
 最後に,神経症・その他の精神障害については実数が少ないうえ,障害の種類も多様であるため,この傾向を論ずることは困難である。しかし,この中に含まれる精神病者の犯罪については,粗暴犯のほか,殺人,放火といった凶悪な犯罪が多く,一方,精神病症状が,直接,犯罪行為と結びつくことは比較的まれで,発病以前からあった反社会的傾向が,精神病症状によって,強化,具体化される場合がむしろ多いとされている。ところで,精神病者は,他の精神障害者に比べて,矯正施設より精神病院に収容されることが多く,右のような,犯罪を犯す精神病者の特質が,看護上,また施設管理上困難な問題を生ずる原因となっているので,この種の精神病者に対する専門施設の設立が望まている。