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 昭和43年版 犯罪白書 第二編/第三章/一 

一 精神障害の意義および種類

 精神障害とは,精神機能の障害のことであるが,一般に,精神機能は,身体機能と密接な関係にあり,なかでも,中枢神経系とくに脳の機能とは,きわめて深い関係がある。しかしながら,精神機能そのものは,むしろ,心理学的にとらえられるものであるから,精神障害者の臨床や行政対策に際しては,精神医学のほかに,心理学,教育学,社会学などの知識が広く応用されねばならないことはいうまでもない。精神障害に対する理解の始まりは,遠く古代ギリシャ時代にまでさかのぼることができるが,中世の暗黒時代を経て,精神障害者が人道的取扱いを考慮され,科学的研究の対象と考えられるようになったのは,一八世紀後半以後のことである。したがって,精神障害を自然科学的にとらえる方法の歴史に,比較的浅く,今日なお,いくつかの学説が相互に対立しており,それらの統合が図られてはいるが,依然,各学派の間に共通した疾病分類が確立されていない実情にある。このような事実を前提としたうえで,今日,わが国で,一般に用いられている精神障害の分類を示すと,次のとおりである。
[1] 外因性精神病および器質性精神病
 ある精神症状が,特定の身体的疾患に基礎をもつことが明確である場合に,外因性あるいは器質性精神病と呼ぶ。急性の外因性精神病には,脳炎,脳膜炎などの脳内感染症,肺炎やチブスなどの重症全身性感染症,薬物や毒物の中毒症,外傷,脳血栓や心臓病などの循環器障害,尿毒症などの新陳代謝障害等を原因とする場合があげられ,譫妄などの意識障害や,幻覚などの症状を示すことが多い。慢性の器質性精神病には,先天性異常,梅毒,慢性の薬物や毒物の中毒症,頭部外傷後遺症,脳動脈硬化症やその他の循環器障害,老人性疾患,新陳代謝障害,脳内腫瘍などによるものがあげられ,痴呆,人格変化などの症状をみることが少なくない。
[2] 内因性精神病
 内因性精神病は,一般に,その人の生来の素質がおもな基礎となって起こる精神障害で,主として,遺伝的に条件づけられたものと考えられている。しかし,むしろ消極的に,明らかな身体的原因の把握できないものと概念づけている学者もあり,要するに,まだ,原因の明確にされていない疾患群ということができよう。そのおもなものは,初老期精神病,躁うつ病,精神分裂病であるが,それぞれが,さらに,いくつかの亜型に分かれる。
 初老期精神病は,更年期から初老期にかけての年代に起こる,主として,抑うつ気分を主症状とする疾患である。過度の心配,不眠,過度の責任感,いら立ちなどを示すが,消化障害や循環障害などの身体症状の訴えから始まることが多い。
 躁うつ病は,病相の周期的なまたは交替的な感情障害を主症状とし,その多くは,精神欠陥を残さずに回復する。繰とうつの両病相期を交互に繰り返すのが典型的な例であるが,躁かうつのいずれかのみを繰り返す例も少なくない。
 精神分裂病は,現実との接触や概念形成の障害を主症状とし,冷たく,固定した表情や不自然で奇異な言動などによって発見されることが多い。症状の増悪を繰り返すうちに,しだいに,感情や意欲が全般的に鈍麻し,特有の精神荒廃に陥っていく。
[3] 心身症
 感情の障害が,身体,ことに,内臓の症状として表現されるものをいう。感情の動揺は,たとえ,健康な人においても,生理的動揺を伴うものであるが,それが,異常に誇張されたり,長びいたりすれば,心身症を疑うことができる。皮膚,循環器,消化器などに症状の固定する場合が多い。
[4] 神経症
 多くの神経症患者は,多少とも,不安状態を呈しているが,抑圧や代償などの心理的防衛機制によって,不安が,外面に明らかには,現われていない場合もある。神経症患者を詳細に観察すると,幼児期からしばしば,環境に対する不適応を示していることが多い。したがって,一見,原因と考えられる心理的刺戟は,急性症状をもたらした動因(誘因)であって,神経症の原因は,深層の心理機制によるものと理解されている。
[5] てんかん
 突然に発生し,自然に消失し,さらに反復傾向をもつ,発作性の意識障害やけいれん発作を主症状とする疾患の総称である。ただし,糖の代謝異常,ビタミンB6欠乏症,脳腫瘍,熱疾患など,既知の進行性疾患が原因となっている場合には,てんかんとは呼ばない。上述の発作は,脳の律動異常に対応して起こり,その症状は,脳内における律動異常の発現部位と,広がる範囲によって定まる。したがって,その症状は,はなはだ多彩で,これを系統的に把握することは容易でない。
[6] 精神薄弱
 先天性および早期後天性(胎生期,出産時および生後ほぼ一年以内)の,なんらかの器質的障害によって生じた,知能水準の全般的低下の状態をいう。ただし,遺伝性または原因の判明しない特発性の場合のみを精神薄弱と呼び,梅毒,脳内感染症,外傷などの,原因の明確に把握されている場合には,器質性精神病として処理することが多い。
 精神薄弱は,その知能低下の程度によって,低い方から,白痴,痴愚,軽愚(魯鈍)の三段階に分類される。また,一般に,精神薄弱の診断に際しては,この三段階評定に加えて,知能検査によって得られた知能指数を添えて示されることが多い。すなわち,白痴とは,日常生活全般にわたって保護を必要とするもので,知能指数おおむね二五以下のもの,痴愚とは,特別の教育や訓練を施せば,ようやく独立した日常生活を送りうるもので,知能指数おおむね,二十六以上四九以下のもの,軽愚とは,日常生活に軽い障害を示す程度で,特別の訓練により職業につくことも可能であり,知能指数おおむね五〇以上六九以下のものとされている。
[7] 精神病質(異常性格あるいは異常人格)
 性格(人格)に著しい欠陥,不均衡あるいは偏りを示すものをいう。多くの場合,一生を通して,日常生活における言動に異常性を認めるものであるが,この場合の異常性といのは,普通,心的資質の異常変異と呼ばれ,疾病の症状ないし結果としての異常性からは区別される。たとえば,脳の器質性障害は,性格上の欠陥,不均衡,偏りを残すことが多いが,この場合には,精神病質(異常性格)の中には含めず,器質性精神病として処理する。
 わが国では,「異常人格(性格)とは,われわれの念頭に浮かんではいるが,はっきり規定しえない平均範囲の人格(性格)からの変異であり,逸脱であり,その人格(性格)の異常性に悩むか,または,その異常性のために社会が悩むところの異常人格(性格)を精神病質人格(性格)と呼ぶ。」と定義づけた,ドイツの精神医学者シュナイダーの考え方が広く支持されている。かれの定義の特徴は,まず,その前段で,変異ないし逸脱という概念を用いて,異常人格(性格)を疾病の中からはずしたことである。次いで,精神病質人格を異常人格の下位概念に位置づけ,これに社会的価値判断を導入した。このような定義は,少なくとも,精神衛生業務の実用性の上からは,すぐれたものということができるが,刑事政策の面では,精神病質者の処遇をめぐって問題がないではない。つまり,精神病質を疾病ではないとするなら,この種の変わりものたちの刑事責任と,かれらに対する矯正保護をどのように系統づければ良いのかが,大きな問題となるわけである。
[8] 一過性・状況性精神障害(心因反応)
 元来,異常性格や神経症傾向を示していなかった人が,大きな心理的衝撃を受けた際などに,急性,一過性に異常な言動を示す場合をいう。
 ところで,現行の精神衛生法第三条では,「精神障害者とは,精神病者(中毒性精神病を含む。),精神薄弱者及び精神病質者をいう。」と規定している。右の八分類のうちの「外因性・器質性」と「内因性」のすべて,および「一過性・状況性」の重症例が同法にいう「精神病」にあたり,「精神薄弱」および「精神病質」は,同法にいうそれぞれ同名の精神障害にあたる。また,八分類中の「てんかん」「心身症」および「神経症」は,事例ごとに原因,背景の性格,主要症状等を検討して,それぞれ,「精神病」「精神薄弱」「精神病質」のいずれかに該当するものとして取り扱われているようである。