2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大に伴い、英国においても、同年3月から外出制限措置が執られ、人々の生活は大きな影響を受けた。社会内処遇においても、その実施方法等がそれまでと大きく変わることになった。本コラムでは、主に1度目の外出制限措置下の英国の社会内処遇における「エクセプショナル・デリバリー・モデル(Exceptional Delivery Model)」の取組について、英国の監査機関である王立保護観察総監(Her Majesty's Inspectorate of Probation)の報告書(A thematic review of the Exceptional Delivery Model arrangements in probation services in response to the COVID-19 pandemic)(同年11月)に基づき紹介する。なお、本コラムにおける英国は、イングランド及びウェールズをいう。
2020年3月23日に外出制限措置が発表されたその翌日から、英国の社会内処遇は「エクセプショナル・デリバリー・モデル」に移行した。これによって、社会内処遇の実務を担う保護観察サービス(NPS:National Probation Service)及び社会内更生会社(CRCs:Community Rehabilitation Companies)の多くの事務所は閉鎖され、全ての社会奉仕活動や新たな処遇プログラムの実施が停止され、多くの職員は自宅で勤務することになった。社会内処遇では、保護観察対象者を監督するため、通常は対面による面接が行われるが、「エクセプショナル・デリバリー・モデル」では、職員は各保護観察対象者の現状のリスクを再評価して、個々の状況に応じて面接等の種類や頻度を見直し、これにより、他者への加害リスクが非常に高いと評価された者を除いて、ほとんどの保護観察対象者については、対面に代わり、電話やメッセージアプリを使用したリモートの面接が行われることになった。一方で、他者への加害リスクが非常に高いと評価された者、拘禁措置が解かれたばかりの者などについては、対面による面接が行われ、「訪問(door-step visiting)」又は「ドライブスルー」の活用など、各対象者の状況に応じ、必要な面接の機会が確保された。また、電話を持っていない者には、携帯電話が提供されて連絡手段が確保されたほか、住居がない者には、地方自治体の協力もあり緊急宿泊施設が用意された。
外出制限措置により、メンタルヘルスに関する支援、薬物やアルコールの乱用の再発防止のための支援を始めとする社会内処遇に必要不可欠な様々な支援の提供が困難となった。そのような状況下では、生活環境が比較的安定している対象者は、電話等による新しい監督体制にうまく適応し、職員との連絡を密に取ることができたが、複雑な問題を抱え不安定な状態の対象者は、人間関係から切り離されて孤立し、精神的に不安定になるなどした。新型コロナウイルス感染症感染拡大下においては、様々なデジタル技術を駆使した支援が試みられており、例えば、家庭内暴力の被害者を対象とした「ライブチャット」サービスにより、訓練を受けたカウンセラーにチャットで相談できるようにしたり、孤立した状況にある保護観察対象者を支えるためビデオ通話を活用した面接を行うなどの工夫がなされた。一方で、例えば、相談者が家庭内暴力の加害者と同居している場合、常に加害者が側にいるために、支援者とのビデオ通話が利用できないということもあった。
柔軟な勤務形態は、職員におおむね歓迎された。在宅勤務に必要な電話やデジタル機器は、可能な限り職員へ配備され、管理職が職員との打合せを頻繁に行うなどしたため、職場の人間関係が良好となった。また、在宅勤務を行っている新人保護観察官への業務のフィードバックが効果的に行われた例が見られた。在宅勤務は、移動の少なさや、ビデオ会議により様々な機関との連絡会議への参加を可能にした。一方、在宅勤務の実効性は、職員自身の生活環境にも左右され、例えば他の家族がいる自宅では、複雑なニーズを持つ保護観察対象者と電話を介したやりとりを行うことの難しさもあり、不安を抱える職員も多かった。
この報告書では、上記の実態を踏まえ、保護観察サービス(NPS)の上級機関である王立刑務所・保護観察庁(Her Majesty's Prison and Probation Service)に対し、関係機関におけるデジタル技術の互換性を確保すること、対面による面接を補完するリモートサービスの選択肢を増やすことなどを提言している。
なお、外出制限措置実施後すぐに「エクセプショナル・デリバリー・モデル」に移行できた背景には、刑事司法機関を管轄する英国司法省において、2010年代初頭からデジタル人材の採用を行って業務におけるITインフラの開発やセキュリティ環境の整備を進めており、専門人材が組織内部にいたという事情があった点にも留意する必要がある。