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令和4年版 犯罪白書 第7編/第3章/第2節/コラム05

コラム5 新型コロナウイルス感染症の感染拡大下での諸外国における犯罪動向等

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により、全世界において、人と人との関わりの在り方や経済活動の在り方は大きく変化した。2020年4月の第一週までには、世界人口の半数を超える39億人が、都市封鎖(ロックダウン)(外出制限措置を含む。以下このコラムにおいて「都市封鎖」という。)を始めとする外出や行動を一部制限する措置の下にあり、その後、各国では、同感染症の流行の程度に合わせて、様々な制限措置が執られることとなった(UNODCの資料による。)。これらの変化は、人々の生活の様々な側面に影響を及ぼしており、犯罪もその例外ではない。このコラムでは、同感染症の感染拡大下での諸外国における犯罪動向等について、UNODCが公表したレポート2本の概要を紹介する。以下は、同レポートの内容を要約して紹介したものであり、ここで紹介する分析は、全て同レポートによるものである。

1 「Effect of the COVID-19 pandemic and related restrictions on homicide and property crime」(新型コロナウイルス感染症の世界的な流行とそれに伴う規制が殺人及び財産犯に与えた影響)

本レポートは、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行(以下このコラムにおいて「パンデミック」という。)が殺人、強盗、窃盗(侵入盗を除く。以下このコラムにおいて同じ。)及び侵入盗の四つの犯罪類型に与えた影響を評価するため、都市封鎖前後の犯罪動向の比較を行ったものである。各国・地域の分析結果からは、犯罪動向は、犯罪類型、国・地域及び時期により多様であるということが分かった。

犯罪学における「機会理論」と「緊張理論」の見地から見ると、機会理論からは、都市封鎖は、人の移動や社会的相互作用の制限により犯罪の機会を減少させると予測され、緊張理論からは、都市封鎖によって引き起こされた社会経済的な緊張が、特に社会的弱者に影響を与え、人を犯罪へ駆り立てるような圧力を生み出すと予測される。このように、各見地からは、都市封鎖は、その厳しさや、政府によって提供される社会経済的な支援、その地域における従前からの犯罪動向や刑事政策の内容等の様々な要因によって、犯罪の減少・増加双方の方向に作用し得るものと言える。

(1)殺人

殺人について、世界各地の21か国のデータを分析した。そのうち、中南米の8か国(ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、エルサルバトル、グアテマラ、ホンジュラス及びメキシコ)並びに南アフリカ共和国及びカザフスタンでは月別のデータが比較可能であり、これらの10か国のうち7か国において、2020年3月及び4月の殺人被害者数は、2015年から2019年までの同月の平均値と比べ25%以上少なかった。国別に見ると、コロンビア及びグアテマラでは、都市封鎖が始まった後に殺人被害者数が顕著に減少しており、2015年から2019年までの同月の平均値と比較し、2020年4月の殺人被害者数は、コロンビアが32%少なく、グアテマラが26%少なかったものの、同年6月にはパンデミック前の水準に戻った。ブラジルでは、2015年から2019年までの同月の平均値と比べ2020年3月は16%多くなるなど、同年1月から3月は殺人被害者数が増加していたところ、都市封鎖後は減少傾向へ転じた。メキシコでは、中南米の他の国と異なり、2020年3月末からの都市封鎖後も殺人被害者数はほぼ一定であり、2019年と同様の傾向であった。南アフリカ共和国及びカザフスタンでは、2015年から2020年までの間で、それぞれ都市封鎖直後の同年4月、3月に殺人被害者数が最も少なかったが、その減少は一時的なものであった。

ヨーロッパの11か国(アルバニア、クロアチア、ギリシャ、イタリア、ラトビア、リトアニア、北マケドニア、モルドバ、セルビア、スロベニア及びスペイン)の殺人被害者数(北マケドニアとモルドバは殺人加害者数)を2019年10月から2020年8月まで月別に見たとき、まず同11か国の合計を見ると、11か国全てが都市封鎖下にあった同年4月は、他の月より少なかったが、その差はわずかであった。しかし、個々の国を見ると、例えば、イタリア、モルドバ及びスペインでは、制限措置が執られた同年3月又は4月における殺人被害者数が、他の月と比べて顕著に少なかった。ただし、その数か月後にはパンデミック前の水準に戻った。

(2)強盗、窃盗及び侵入盗

強盗、窃盗及び侵入盗について、世界各地の22か国・地域(モンゴル、マカオ(中国)、アルバニア、クロアチア、ギリシャ、アイスランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、北マケドニア、モルドバ、セルビア、スロベニア、スペイン、コロンビア、グアテマラ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ニュージーランド、エスワティニ及びナミビア)を分析したところ、強盗、窃盗及び侵入盗は、パンデミックの初期段階においては、その認知件数の減少が確認されている。世界中の国が、新型コロナウイルス感染症の広がりにより社会経済活動を制限したため、これらの犯罪が行われる機会が減少した。前記22か国・地域における、これらの犯罪の認知件数の総数を見ると、同感染症感染拡大の抑制策が実施されている中において、2020年4月は、同年2月と比べて、強盗が58%、侵入盗が58%、窃盗が72%それぞれ減少した。一方で、その減少については、犯罪そのものの減少、犯罪の通報の減少、当局による犯罪の記録の計上や検挙活動の抑制等、異なるメカニズムの結果として起こった可能性が考えられることに留意を要する。

メキシコの70都市における世帯の犯罪被害調査によると、2020年上半期に強盗、窃盗又は侵入盗の被害にあった世帯は、全世帯の21.8%であったが、2019年上半期と比較すると37.5%減、同年下半期と比較すると38.2%減であった。住宅以外の場所における犯罪が最も減少率が大きく、2020年上半期に公共の場で強盗又は窃盗の被害を受けた世帯は8.5%であり、2019年下半期と比較すると47.2%減であった。

前記22か国・地域のうち、データが入手可能であった21か国の中では、2020年3月末までの間に、3か国は厳格な都市封鎖、11か国は必要不可欠な活動以外による外出の制限、4か国は外出自粛要請のみの措置をそれぞれ執っており、その他の3か国は制限措置や要請を行っていなかった。Google COVID-19 Community Mobility Reportsのデータを用いて、これらの国々における都市封鎖に関連する「人の動き」と強盗、窃盗及び侵入盗の認知件数との関係を見ると、同年2月から4月までの人の動きの変化の程度(小売業やレジャースポットへの訪問・滞在)と認知件数の変化の程度との間に強い正の相関があり、厳格な都市封鎖の措置を執った国の方が強盗、窃盗又は侵入盗の減少幅が大きいことが示された。また、スーパーマーケットやドラッグストア、公園、公共交通機関の乗換地点、職場における人の動きについても、同様の相関が見られた。

社会経済の状況別に見ると、中程度の所得がある国でも高所得の国でも、都市封鎖下において、強盗、窃盗及び侵入盗の認知件数が減少し、特に人の動きが減少した国ほどこれらの犯罪の減少幅が大きかった。このことは、これらの国において、強盗、窃盗及び侵入盗に関する変化の大部分は都市封鎖と関連していることを示唆している。一方、低所得国については、データがなく、同様の傾向があったかどうかは分からなかった。

2 「What crime and helpline data say about the impact of the COVID-19 pandemic on reported violence against women and girls」(犯罪統計や相談窓口の統計から見た、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が女性に対する暴力に与えた影響)

パンデミックの始まりの頃から、国際機関を含む世界の共通認識として、都市封鎖は女性に対する暴力及び家庭内暴力を増加させるという懸念があった。これは都市封鎖に伴う制限措置が、女性を家庭に留め、パートナーや家族からの被害に遭う危険性を増加させるのではないかというものである。本レポートは、UNODCが世界各地の34か国から集めたデータに基づき、当局に通報された犯罪や相談窓口へ報告された事件に焦点を当てることにより、新型コロナウイルス感染症の流行が女性に対する暴力に与えた影響についての理解の促進を目的としている。他方で、使用したデータは、行政の犯罪統計や相談窓口の統計であるため、女性が経験する暴力を全て網羅したものではないことには留意が必要である。パンデミック下において、女性は、加害者による報復への恐怖や、友人や家族といったインフォーマルな支援を求める機会が限られること、警察等へのアクセスの困難さといった多様な状況に直面しているため、女性に対する暴力のうち、かなりの件数については報告がなされていないとも言われている。パンデミックにより、このような状況が更に悪化した可能性もある。

(1)性暴力と家庭内暴力

21か国・地域(アルバニア、マカオ、チリ、クロアチア、エスワティニ、ギリシャ、グアテマラ、アイスランド、ラトビア、リトアニア、メキシコ、モンゴル、ミャンマー、ナミビア、ニュージーランド、北マケドニア、モルドバ、セルビア、スロベニア、スペイン及びウルグアイ)におけるレイプ及び15か国・地域(アルバニア、マカオ、クロアチア、エスワティニ、グアテマラ、アイスランド、ラトビア、リトアニア、ニュージーランド、北マケドニア、モルドバ、セルビア、スロベニア、スペイン及びウルグアイ)におけるその他の性暴力の認知件数の総数を見ると、2020年3月及び4月は、同年2月以前に比べ、顕著に減少している。これは、都市封鎖により人の移動が制限され、対人関係の相互作用や一定の犯罪が起きる機会が制限され、家庭以外で発生する性暴力が減少した可能性が考えられる一方、都市封鎖により、女性が警察や相談窓口へ報告する手段や機会を制限された可能性も考えられる。女性に対する暴力に関する国連特別報告者(国連人権理事会によって任命された専門家)の報告によれば、多くの国では、都市封鎖により裁判所が閉まっていたり業務時間を短縮したりしていたため、刑事手続が遅れていたと言われている。さらに、制限措置により、女性がパートナーに行動を管理されることが増え、支援サービスにつながったり家庭内における暴力を報告したりする機会が限られていたということも考えられる。

英国では、家庭内暴力の被害者調査によると、都市封鎖が行われている間、女性は家庭内暴力に関する支援サービスや心理的サポートへのアクセスが困難になっていた。

南アフリカ共和国では、2020年の4月から6月までの性犯罪の件数を過去4年間の同期間と比較すると、2020年は大幅に減少していた。同国においては、2020年3月23日に都市封鎖が開始されており、この大幅な減少はパンデミック及び都市封鎖と関連している可能性がある。

ブラジルでは、調査対象の各州における2020年3月の家庭内暴力による身体的被害件数は、2019年の同月と比較して複数の州において減少した。もっとも、2020年4月から都市封鎖が開始したリオグランデ・ド・ノルテ州における同年3月の同件数は、前年同月よりも増加した。

ホンジュラスでは、2020年1月から4月に集計された家庭内暴力事件数の週別のデータを見ると、都市封鎖から3週間にわたってその数が激減したが、都市封鎖前の2020年当初にも激減した時期があり、都市封鎖の前後で大きな違いは見られなかった。

インドでは、2020年3月25日の都市封鎖から数週間にわたって、それまで減少していた国家女性委員会への苦情相談件数が増加したが、これは、都市封鎖後すぐに、WhatsApp(メッセージアプリ)のチャットで相談ができるようになるなど、アクセスが容易な方法が使用可能となったことなども影響していると推測され、都市封鎖終了後数か月間、苦情相談件数は増加していた。最近の研究によれば、インドにおいて報告された女性に対する暴力の事件数は、都市封鎖後、最初の数週間は減少したものの、都市封鎖が進むにつれて連続して増加した。また、家庭内暴力や女性をターゲットにしたサイバー犯罪の事件数も、都市封鎖がより厳しい地域で増加した。

アメリカのテキサス州では、家庭内暴力の報告件数が、都市封鎖直後の2週間は増加したが、その後は減少した。

(2)相談窓口へ報告された女性に対する暴力

電話相談や家庭内暴力の通報の件数は、イタリア、ペルー及びスペインでは、都市封鎖開始後に増加した。一方、デンマークでは、都市封鎖開始後の最初の3週間はわずかに減少し、その後増加した。国連女性機関(UN Woman)や他の国連機関の報告においても、都市封鎖開始後に、キプロス、フランス、シンガポール及びチュニジアにおける相談窓口の受付件数が増加したことが示されている。

米国の警察が受理した電話の件数に関するデータを用いた調査では、社会的距離を保つための措置導入後の2020年3月から5月までの間、14都市における家庭内暴力の通報件数が7.5%増加したことが示された。

イタリアでは、相談窓口への通報件数は、厳格な都市封鎖が始まった2020年3月9日の週から急増した。都市封鎖直前や2019年の同時期と比較すると、同国における暴力被害者による通報件数は、都市封鎖期間中に約4倍に増加していた。

メキシコでは、2020年3月末の都市封鎖開始から2か月間は、緊急通報窓口への女性に対する暴力に係る通報件数は減少したが、その後都市封鎖前の水準に戻った。

アルゼンチンでは、女性に対する暴力の被害に対応する相談窓口が受けた通報件数は、都市封鎖が差し迫っていることを懸念した女性によるものが急増し、2019年の同時期に比べ高い水準となった。同国における通報件数の急激な増加の理由としては、隔離措置がメキシコよりも厳格であったことや、相談窓口が女性に対する暴力の被害に特化していたため、この種の事案の通報に結び付きやすかったことが考えられる。