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令和3年版 犯罪白書 第8編/第4章/第2節/コラム13

コラム13 被害者から被害に関する心情等を伝達された保護観察対象者に対する指導の実例

このコラムでは,詐欺の保護観察対象者に対する処遇の一例として,詐欺の被害者から,心情等伝達制度(第6編第2章第1節5項参照)等により,被害弁償の希望を含む被害に関する心情等を伝達された保護観察対象者に対してなされた指導の実例を紹介する。なお,事例の内容は,個人の特定ができないようにする限度で修正を加えている。


会社を経営していたA男(50歳代)は,顧客等の知人数名から多額の金をだまし取り,実刑判決を受けた。A男は,離婚し,両親とも疎遠であったことから,刑事施設仮釈放後に更生保護施設に入所し,6か月間の職業訓練を受けることとなった。担当保護観察官は,厳しい被害感情を踏まえ,被害者の立場を理解させ,現実的で具体的な被害弁償の方法を考えさせることを処遇方針の一つに挙げ,指導に当たることとした。

A男は,更生保護施設入所後,「現時点では被害弁償をすることはできない。それなのに謝罪の手紙を送ればかえって被害者の怒りを買うのではないかと心配している。かといって,生計が安定した後で謝罪しても,それまで連絡がなかったことで不快な思いをさせてしまうと思う。自立した段階で,弁護士等を間に挟んで被害者に直接謝罪するような形がよいのではないかと考えているが,悩んでいる。」といったことを述べた。それ以後,A男は,被害弁償や謝罪を検討したものの,収入に乏しく被害弁償ができない段階では,かえって口ばかりの謝罪となって被害者を憤慨させるのではないかと考え,被害弁償も謝罪もできずにいた。

仮釈放から約1か月後,被害者の一人が心情等伝達制度を利用したため,担当保護観察官は,A男にその結果を伝達した。A男は,神妙な面持ちで覚悟を持って聞いている様子であったが,被害金額全額の返済計画をどう立てたらよいかという悩みを述べた。担当保護観察官は,自分が今できることについて真摯に対応することが必要であり,たとえ少額であっても被害弁償を継続することで誠意を見せるしかないのではないかと説示した。また,担当保護観察官は,できないことをできると伝えることは被害者を更に傷つけることになることから,就労して自立した後は必ず被害弁償を行うように指導した。

仮釈放から約3か月後,担当保護観察官は,A男に対し,被害者二人の心情等を伝達した。A男は,改めて謝罪の気持ちを述べるとともに,できる限り被害弁償に努めたい旨述べた。担当保護観察官は,被害弁償のためにも生活を安定させ,被害者に対して現状が説明できるような生活を送ること,被害者の気持ちを考えながら継続した返済を行っていくことについて指導した。また,A男が問題を抱え込みやすい性格であったことから,更生保護施設入所中は担当保護観察官が相談に乗ること,同施設退所後も一人で問題を抱え込まないような対人関係を築くことが必要であることを説示した。加えて,一人の被害者からは同施設入所中から返済を求められていたことを取り上げ,その理由について本人に考えさせた上で,実際に詐欺の被害を受けた被害者は,言葉だけでは信じられないこと,被害者に対する謝罪の言葉や手紙も大切であるが,何よりも行動で示していくことが重要であることを指導した。

A男は,「本来なら面と向かって謝罪するのが筋であり,きちんとした対応をするためにも刑が終了してから被害者に連絡しようと考えていた。」と述べていたが,被害者の心情等を知ったこともあり,更生保護施設入所中に被害弁償を行うことを決断し,同施設入所から約5か月後,二人の被害者に対して謝罪文と弁償金を送付した。A男は,「被害者から今後厳しいことを言われるかもしれないが,それだけ大きなことをしたのだということを痛感している。今後も丁寧に対応していくしかない。毎月弁償を続けたい。また,今は保護観察官に相談できるが,期間満了後に相談できる相手も見つけなければいけない。」といったことを述べた。担当保護観察官は,A男の被害者に対する気持ちを整理し,被害弁償を継続して実施していけるようサポートすることとした。

A男は,翌月も二人の被害者に対して弁償金を送った。A男は,「現在は少額しか返済できないが,今後収入が増えれば増額したい。できない約束はせず,相手の気持ちを受け止めたい。他の被害者にも同じように弁償できるようにしたい。許してはもらえないが,これからが本当の償いである。」などと述べた。担当保護観察官は,A男が被害者の心情を真剣に考えていると受け止め,誠実に対応すれば気持ちは被害者にも伝わるとA男を励ました。

A男は,6か月の職業訓練終了後間もなく仕事を決め,就職先の寮に転居した。その後も就労を続けながら被害者への弁償金の送金を続け,期間満了により保護観察が終了した。


保護観察所においては,保護観察対象者に対し,自己の犯罪行為を振り返らせ,犯した罪の重さを認識させることを通じて再び罪を犯さない決意を固めさせるとともに,被害者等に対し,その意向に配慮しながら誠実に対応することを保護観察における指導の柱の一つとしている。そのため,保護観察期間中はもとより,同期間が終了した後も謝罪や被害弁償等を継続して実施できるよう,相談・支援機関となり得る法テラス等の公的機関や専門家を保護観察対象者に紹介したり,これらの機関等と連携した支援体制を整えることが重要である(第2編第5章第3節2項(2)エ参照)。

なお,本事例においては,保護観察対象者からの被害弁償は,保護観察期間が終了した後も金額が増額されて継続されているとのことである。