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令和元年版 犯罪白書 第7編/第2章
第2章 おわりに

平成期において,我が国は戦争による災禍の当事者とならずに済んだ一方,地震・異常気象等の自然災害が多発したことなどから,安全・安心への意識が高まった。犯罪に対する意識も例外ではないと思われるところ,平成31年1月から2月にかけて実施した第5回犯罪被害実態調査の結果によれば,現在の我が国の治安に関する認識は「良い」と回答した者の比率が上昇するなど,安心・安全な社会の構築が進んでいるものと思われる(第6編第1章第2節参照)。しかし,他方で29年9月に実施された内閣府による「治安に関する世論調査」では,ここ10年間で日本の治安が悪くなったと思うと回答した人がなお60.8%おり,また,今の日本社会について「新しい手口の犯罪が出現した」,「地域社会の連帯意識が希薄となった」などと考えている人が多いことが明らかになっている。

本編第1章で少人数世帯の増加を指摘したように,核家族化が進み,ライフスタイルが多様化するとともに,価値観も多様化している。グローバル化の進展やインターネットの急速な普及はそれに拍車をかけ,少子高齢化の進展と相まって,家族的結合や地域社会の連帯意識の希薄化に伴う地域社会の崩壊,コミュニケーションの希薄化等が不安視されている。これらを背景に児童虐待や配偶者間暴力等の犯罪を外部から見えにくくしてはならない。また,平成30年版犯罪白書特集で触れたように,高齢犯罪者の問題がますます存在感を増しているところ,例えば万引き事犯の背後には高齢者の経済的窮乏や孤立化のみならず,実際の状況とは乖離した経済的な不安の存在や万引きに対する抵抗感の乏しさがうかがえ,また殺人の背景には将来悲観・自暴自棄,介護疲れや問題の抱え込みといった事情があることが明らかになっている。

窃盗等財産犯罪に影響を及ぼす可能性のある経済情勢や雇用情勢の変化は予断を許さないが,各種犯罪対策を継続し,犯罪に及びにくい社会の構築を引き続き進める必要があろう。高齢者等を狙った詐欺事犯への対応も求められる。

グローバル化の更なる進展は,国籍を超えて共生する社会への変化をもたらすが,同時に,国際的犯罪,とりわけ国際的テロ組織等が暗躍する土壌ともなり得るものであり,共生と犯罪抑止の両立が求められる。さらに,環境問題や,持続可能な社会の構築への意識も高まっているが,環境犯罪は国境を越えて影響をもたらすものであり,国内における厳格な対処と国際的な連携の両方が求められる。また,刑事司法分野における国際研修・法制度整備支援等も引き続き重要な役割を期待されている。

インターネットを中心とした高度情報ネットワーク社会においては,電子商取引の拡大や,就業の在り方の変化,キャッシュレス化等をもたらし,例えば現金を狙った窃盗・強盗等の従来型犯罪を減少させる効果も期待されるが,対人関係の有様の変化が指摘され,さらに,インターネット空間上におけるセキュリティの確保,プライバシー保護,電子商取引上のトラブル抑止,各種犯罪への悪用防止,システム障害時や電子商取引に参加できない高齢者等を狙った詐欺等犯罪の抑止等が課題となり,この分野においても国際的に連携した取組が重要となろう。

平成29年には,法制審議会に対し,少年法における「少年」の年齢を18歳未満とすること並びに非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方並びに関連事項について諮問がなされており,令和の時代において法整備がなされる可能性がある。

このように,平成期には,わずか30年前に予想すらできなかったような状況があちこちで生じている。刑事政策においては,昭和期から課題となっていた刑法,少年法,監獄法等の改正が行われるとともに,社会の変化への対応が求められる都度に各種犯罪対策が進められてきた。社会変化の速度に伴い,平成期の刑事政策における対応速度も上がったことで,長年にわたる課題が蓄積していた平成初期時点と異なり,新たな令和の時代に向けた今後の課題を見通すことはなかなか困難な状況である。ただ,少なくとも社会の高齢化や人口減少が更に進むとともに,グローバル化に伴って様々なバックグラウンドを有する人々が共生するようになり,また,情報化もますます進み,これらの社会変化に応じた新たな各種対策が求められることは間違いないであろう。平成期における刑事政策の一つの傾向として,裁判員制度,被害者参加制度,防犯ボランティアの活動や処遇への被害者等の声の反映など,国民や当事者の参加の機会が広まったことが挙げられるが,その傾向は今後も続くものと思われる。国民による司法参加を支えるものとして,一般の人々が,法や司法制度,これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身に付けるための法教育の必要性も高まっている。

さらに,令和の時代においても,再犯防止は引き続き刑事政策上の重要テーマとなるものと思われる。平成後期からは,団塊の世代が大量退職し,活動の場を会社から地域へと移す人が増えている。バブル崩壊から期間が経過し,経済的豊かさより心の豊かさを求める傾向が見られる。ボランティア活動や,地域活動への参加意識も高まっており,自然災害の発生した後においても,ボランティアが活躍する場面はよく見られる。平成期には,処遇プログラムにおける矯正・更生保護の連携や,入口支援における検察・更生保護の連携のように,刑事司法機関相互の連携が深まったが,司法と福祉との連携や心神喪失者等医療観察制度のように,刑事司法機関の外部にも刑事政策の輪が拡大する動きが見られた。出所者らが戻るべき場所も地域社会であることから,子供から高齢者まで全ての人々が,性別,障害の有無や出自にかかわらず,共に支え合い,安心して生活ができる地域社会の実現が刑事政策の観点からも求められているといえる。

平成期における犯罪被害者施策の発展は,昭和期には余り見られなかった大きな動きであるが,刑事司法手続における適正な刑罰の実現はもちろん,捜査機関に被害申告のされない暗数の把握や,様々な段階における適切なサポートを実現するための関係機関・団体等の連携,刑事司法関係者を始め犯罪被害者等に関わる人々の犯罪被害への理解の促進等,なお継続して取り組むべき課題もある。

法務総合研究所においては,昭和,平成,令和と時代の変遷があっても,引き続き,各種の基礎的な犯罪統計に基づいて,犯罪全般に関する実証的調査・研究を積み重ね,我が国の刑事政策の基礎資料を提供するとともに,グローバル化の更なる発展に対応するため,国際協力や国際連携に資する資料の情報発信にも意を用いることとしている。