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平成30年版 犯罪白書 第7編/第5章/第3節/コラム10

コラム10 ドイツにおける条件付起訴猶予制度の運用状況

ドイツには,日本と同様,検察官が公訴を提起しないことのできる起訴猶予制度があるが,それとは別に,一定の事件について,検察官が公訴の提起を暫定的に猶予し,被疑者に対して賦課事項又は遵守事項を課し,被疑者が賦課事項又は遵守事項を履行したときは,訴追することができなくなる条件付起訴猶予の制度がある。連邦制を採用するドイツでは州によって運用の仕方に多少の違いがあるが,条件付起訴猶予制度はドイツ全土に適用される刑事訴訟法に153条aとして規定されている。

バイエルン州にあるミュンヘン地方検察局の検察官によれば,連邦全体の検察官処理総数の約4%に条件付起訴猶予制度が適用されており,同州に限定すると,2016年は全体の3.3%に対して同制度が適用され,対象は窃盗,詐欺,交通事犯,租税犯罪,軽微な暴行,単純な経済事犯等,広い範囲にわたる(なお,同年における条件を付さない起訴猶予は全体の27.4%。)。適用の判断は個別の事件ごとに検察官が行うが,検察局内部には,被疑者が前科を有さず自白していることに加え,損害が軽微であることに関し,条件付起訴猶予を適用できる基準が存在し,条件を付さない起訴猶予処分と,罰金刑や懲役刑を求める起訴処分との間に位置する中間的処分として用いられている。

被疑者に対して課す賦課事項又は遵守事項としては,社会技能訓練への参加等も存在するが,大半は公共の施設又は国庫への金銭の支払であり,損害の回復を伴う被害者との和解がそれに続くという。公共の施設に対する金銭支払を求めるに当たり,検察官は,公共の施設から提出された応募リストから支払先を決定するが,粗暴事案であれば医療機関,子供が対象の事件であれば教育関係機関というように,被疑者が犯した罪に関連した支払先を選定するようにして,被疑者の納得と反省を促すようにする。被疑者及び裁判所が同意しないときは,同制度は適用されないが,被疑者にとっては,自己の犯罪が前科として取り扱われないメリットもあり,同制度の適用を進んで受け入れる者がほとんどである。検察官にとっても,再犯防止の観点から,何も条件を付さない起訴猶予よりも,一定の金銭支払等の負担を課すことにより,被疑者がその履行を通じて主体的に犯罪と向き合い,次の犯罪を回避するモチベーションとなるのではないかという期待がある。また,社会から見て,直ちに訴追するほどではないが,かといって被疑者が何の負担も負わないのもふに落ちないというような犯罪につき,刑罰そのものではなくとも,賦課事項や遵守事項という被疑者にとっての一種の負担を課すことは,公平や合理的妥当性の観点に沿うものでもある。

平成30年版高齢社会白書によれば,ドイツにおける2015年の総人口に占める65歳以上の人口の割合(高齢化率)は21.1%であり,同年における日本の高齢化率(26.6%)と比べれば低く,同年にドイツ全体で犯罪により検挙された者のうち60歳以上の者の割合も6.6%にとどまる。そのため,高齢犯罪者の問題はいまだそれほど強く意識されていないようであるし,高齢のみを理由に直ちに他の者より有利な取扱いをすることに対して慎重な見解も存在する。しかし,前科のない高齢者が犯罪に及んだ場合,条件付起訴猶予処分をすれば,当該高齢者が長年にわたり訴追されずに真面目な生活を送ってきたことを,訴追を回避する方向で考慮した上,賦課事項又は遵守事項の履行という相応の負担を課しつつも,手続上の負担軽減や裁判所出廷の回避等により,高齢者特有の健康問題への配慮が可能となるため,条件付起訴猶予処分は,高齢犯罪者の特性に応じた対応として,選択肢の一つとなっている。