韓国における2015年の犯罪全体(刑法犯及び特別法犯)の検挙人員のうち高齢者は5.5%,同年の刑法犯検挙人員のうち高齢者は5.4%と(韓国大検察庁「犯罪分析」2016年による。),我が国の2015年の刑法犯検挙人員に占める高齢者の割合19.9%と比べると著しく低く,また,韓国の同年の高齢化率(65歳以上の高齢者が人口全体に占める割合)は未だ13.0%と,我が国(26.6%)と比べて相当低い。しかし,アジア地域の中では高い高齢化率であり,今後急速に高齢化が進み,我が国同様の高齢社会を迎えることが予測されている(平成30年版「高齢社会白書」による。)。
韓国の人口が高齢化する中で,毎年末の在所受刑者(既決)のうち,高齢受刑者の占める割合も,2010年末の3.2%から2016年末の6.7%(我が国の同年末は12.7%(法務省大臣官房司法法制部の資料による。))まで急速に上昇しており(韓国法務研修院の資料による。),今後,更なる高齢犯罪者の増加が想定される。韓国の大検察庁は,高齢者犯罪の状況について,「65歳以上の高齢者人口増加による経済活動の拡大のほか,高齢者一人世帯の増加による経済的な問題・心理的な不安などの増大が原因と推定される。」と分析している。
こうした状況を先取りし,2007年に制定され,翌年施行された「刑の執行及び被収容者処遇に関する法律」は,高齢受刑者処遇に関する特則を設けて,高齢者の特性に応じた処遇を実施することを明記したことから,高齢者はその処遇を専門的に担当する施設(専担矯正施設)に収容されることとなり,韓国内にある4つの矯正管区(ソウル,テグ,テジョン及びクァンジュ)ごとに高齢受刑者の処遇を担う専担矯正施設(ソウル南部矯導所,テグ矯導所,テジョン矯導所及びクァンジュ矯導所)が設けられた。
このうち,韓国の首都ソウル市郊外の九老区天旺洞に位置するソウル南部矯導所の高齢受刑者処遇設備について紹介すると,同矯導所は,1949年に開庁されたプチョン刑務所を起源とし,2011年5月に大統領令によって改称された男性用刑務所(収容定員1,100人)である。
同矯導所では,他の専担矯正施設と同じく,高齢者処遇エリア内に,床暖房やシャワー,壁面のハンドレール(手すり)や段差のないスロープ(バリアフリー),クッション性の床面等が整備されている上,高齢受刑者の負担を考慮して,作業時間を軽減したり,紙製の封筒や紙箱製作等の軽作業を居室内で行わせるといった取組を実施している。認知機能強化のための演芸(お笑い),健康体操,楽器演奏,園芸等のプログラムの実施や,身体機能保持のために屋内用エアロバイクを利用に供していることも注目される。
医療面での対応としては,高齢受刑者に特有の認知症,高血圧症等への対策が講じられており,常勤の医務官が定期的に直接診察をするほか,施設外の精神科等の医師がテレビ回線を通じてモニター越しに診察し,必要な治療等を行うとともに,毎年1回認知症検査を実施している。
2017年12月12日時点で,同矯導所における既決受刑者の総数が931人,このうち65歳以上の高齢受刑者が96人(全受刑者の10.3%)であったが,うち40人が一般の居住棟に収容され,居室内で紙箱の製作作業等に従事する一方, 56人が病棟に収容されていた。高齢受刑者のうち,認知症と診断された者が2人いたほか,認知症の疑いのある者が2人いた。なお,最高齢の受刑者は88歳であった。
そのほか,高齢受刑者に特化したものではないが,ソウル南部矯導所には,スマート接見室と呼ばれる接見室が設けられており,ここでは,受刑者が,スマートフォン等に専用アプリをダウンロードした刑務所外の家族等と,インターネットを介した接見をすることが可能であり,同設備を用いることで,高齢受刑者も,遠方や高齢のため刑務所に来られない家族や,出所後の受入先と連絡を取ることができる。
ある刑事司法関係者は,「現時点では,高齢者犯罪の問題が社会的関心を集めるまでには至っていないが,犯罪者の高齢化は着実に進んでおり,現在の日本における高齢者犯罪の状況が,韓国の未来を予見させるため,今後を注視している。」と述べていた。